⑤-8
あともう少しで家というところで、ボソボソと言い争う声が聞こえた。
な~んか聞き覚えがあって嫌な予感…。おそるおそる門の中を覗き込んでみると、
智毅が俺の家の玄関のドアをドンドンドンッ!!と強く叩いていた。
…ああ……やっぱりぃ……。
「だからああ、俺は瞬の友達だって言ってんだろお。トモキって名前、聞いたことない?」
ドアをまたいだ家の中から「ないもん!」と杏奈の怒った声が響いてくる。
「とにかくさあ、開けてよ。俺は怪しい奴じゃないっ! 至って真面目な青年なんだっ!」
おいおい…自分で言うのかよ。
俺も至って真面目な青年なのだが、このやりとりが面白くてついついその場に隠れてしまう。
「井坂智毅、今年22歳。瞬と同じ黒山大学の4年生で、学生ナンバーは……」
ご丁寧に自己紹介をして言いきった智毅。「さあこれでどうだ!」といわんばかりに鼻の穴を広げる。
「……」
杏奈側からは、しばらく沈黙が続いた。しかし…
「そのイサカさんって人に、なりきってる場合だってあるもん。実は若い声のおじさんだったりするんじゃないの?」
「キー!!! わっかんねえ奴だなっ! だから22だって言ってんだろおおっ!」
智毅の大絶叫が聞こえたところで飛び出していく。
近所の人が騒ぎだして警察なんか呼ばれたら…たまったもんじゃない。
そのとき、智毅にも負けないような大音量で杏奈が叫んだ。
「だって! にいにが言ってたんだもん! 変な人がいるって! 杏奈のこと心配してくれたんだもん!」
俺はその場に立ち尽くした。
まさか…さっき俺が言ったことで?
杏奈は智毅を不審者だと思ってたのか…。
「ごめん、杏奈。正真正銘、俺の友達だ」
俺が玄関の前に現れると「しゅん~」と抱きつかんばかりに、智毅が寄ってきた。
「智毅もごめん。でも杏奈さ、来客用カメラ見ればよかったじゃないか」
「見たよ。でも……おじさんだと思ったんだもん」
ちらっとそばの智毅を見る。確かに…。久しぶりに見る智毅はすっかり、おっさんになっていた。
よれよれのジーパンに、チキンラーメンのあのヒヨコちゃんがプリントされたTシャツ(…いつのだ?)
髪は寝ぐせ全開で、そして顔には、口まわりにうっすらと髭が生えていた。
玄関のドアが静かに開いていく。その間から杏奈が気まずそうにこちらをのぞいてきた。
「あっ!」
智毅が杏奈を見て、口に手を持っていく。知ってる人に会ったような反応だ。
目は杏奈からそらされることがない。
まあ…ひとめぼれするよな。智毅だって……人間に恋したことだってあるんだし(失礼)
「とりあえず入ったら?」
杏奈が態度を一転、つ~んとした感じで言い放って、家に入っていく。
「入ったらって……」
俺はブツブツ言いながら、まだ口に手を押さえている智毅の肩を押して、一緒に家の中に導いた。
ひとまず2階の俺の部屋に入って、ちゃぶ台を用意する。
用意してた紙皿、紙コップに、買ってきた茶菓子を入れる。
そして、俺は部屋を出て、1階でテレビを見ているであろう杏奈に呼びかける。
「杏奈~~~。一緒にお菓子食べないか? 改めて、俺の友達紹介するからさ~」
「…………」
返ってくるのは沈黙ばかり。すっかり機嫌をそこねてしまったらしい。
まあ、後でもいいか。ケーキって言えば、きっと何もしなくても俺の部屋に来るだろうし。
「んじゃ、そういうわけで課題やりますか」
振り返ると、智毅が視点を一点に集中して、じっと考えている。
「ほら、やるぞ。智毅休んでたからけっこう遅れてるぞ。俺も手伝うからさ、早く……」
急かす俺に対して、智毅が「アイドルなのか…」とゆっくりとつぶやいた。
「へ?」
もしかして、杏奈に惚れた? 恋わずらいか?
半分予期していたにも関わらず、やっぱり杏奈を好きになったと言われたら…俺…
素直に応援できるだろうか……。
智毅はけっこうメンクイだし、杏奈にひとめぼれする可能性だってあるってわかってたけど…。
けど、3次元の人に恋してる智毅を、現実に引き戻してやりたいって気持ちが優先したわけで。
俺の心の中は、複雑だった。俺…智毅と杏奈が付き合うことの意味をよく考えてなかった…。
もやもやと考える俺に向かって、智毅が言葉を発した。
「あれでアイドルなのか……」
「あれでって?」
「あんな礼儀がなってない小娘がアイドルと名乗っていいのか?」
俺の方に顔をずいっと近づける智毅。
唇と唇の間が15cmほど。お互いが、むいっと顔を出したらキスできちゃう距離だ(泣)
どんどんと俺に近づいてくる智毅。その唇からのがれるように後ずさる俺。
ついに…!
壁ドンをされてしまう。このあいだ、俺も壁ドンをしたことがあったっけ…。
でもあれは街中だった。人の目があった…。でもここは…
密室。
なにが起きてもおかしくないのだ。
アッー!
「三上杏奈だろ、あれ。俺、ネットで見たことあるよ。2ちゃんねらーのあいだでは、今年ブレイクしそうなアイドル(地下アイドル含む)ベストテンで、7位に入ってた」
「へ、へーそうなんだ(棒読み)」
「自意識過剰なんじゃねえの。もし俺がファンだとしても、あんな鬼対応したらすぐ離れるぞ」
つまり……智毅にとっては杏奈の第一印象がよくなかった、と。そういうことらしい。
心のどこかで安心する俺がいる。
「美少女だと思うぞ。瞬の可愛い妹だと思うぞ。でもな……でも、俺にはな、理想ってもんがあってェ!だな」
力が入りすぎたのか、壁ドンMAX。その衝撃で近くの本棚からばらばらと降ってきた。
さっきの掃除で緊急避難させたものばかり……! や、やばい…!




