⑤-5
「持田くん」
熊谷教授が、いつも俺に頼みごとをするときのように呼びかける。
隣に座る智毅がぴくっと動いた。
「あ、なんですか? 教授」
俺はまたプリントを配る手伝いをするのかと思い、立ち上がる。
もしくは、教育実習の書類になにか不備でもあったか…?
熊谷教授は、立ち上がった俺を「?」という感じで、不審そうに見ると、こう言い放った。
「君が3人目だよ。静蘭の実習の!」
ふーん、あっそう……って、ええええええええっ!!!!!
思わずのけぞって、机の角にガツンっと腰をぶつけてしまう。
机がその衝動でおもいっきりななめに動いてしまったため、
座っていた智毅に「ごめん」と謝ろうとすると、
ガックリとうなだれる姿が目に入ってきた。
そうだ!
俺なんかよりも智毅の方がふさわしい!
むしろ俺は静蘭なんかに行きたくないのだっ!!
それを智毅が勝手にリストに書くもんだから…。
これは…一種の事故!そう…事故だ。
もし仮に、俺が杏奈のいる静蘭なんかに行ってみろ。
どんな事態になるか…考えるだけでも震えがくる。
だから俺は「俺は辞退して、智毅…いや、井坂くんが替わりに行くことはできますか?」と尋ねた。
赤西軍団から、非難の声がザワザワとあがる。
赤西太一以外は、選考から落ちたからまあ…当たり前といっちゃ当たり前。
あわよくば、みんな行きたいはずだ。
それを智毅1人を替わりにするなんて不公平だ。と思っているに間違いない。
熊谷先生は……「無理だ」と即答した。
「成績順はもちろん、性格や趣味なども選考判断の1つだ。
静蘭も何か考えがあってのことだから、替わりなんて、不可能だよ、持田くん」
それでも俺は畳みかける。「でも! 俺は県立あさひやまが第一希望なわけで!」
「持田くん……この黒山大学は、隣の静蘭とは、思っている以上に深い関係があるのだよ。
あの時計台は、空襲で焼けたとき…静蘭の寄付金で再建されたって知ってるかい?」
…………。俺は無言になる。
「それに、君は学園長じきじきの推薦らしい。よほど気に入られたらしいな。そんな君が断ったりしたら、来年から……教育実習の枠が減らされてしまう…かもしれないよ…?」
すると赤西軍団がいっせいにブーブー言い始めた。
「は? なにそれ。持田のせいで、後輩たちが静蘭に行けなくなるわけ~? 最悪じゃね」
「行けよ! 持田ァ」
それを聞くと……俺も心が苦しい。。
杏奈さえいなければ…これがもし、去年だったら、ノリノリで「行きま~す!」と言えてたかもしれないが…。
静蘭には杏奈がいる。それに…運悪く今年から高校1年生なのだ。
アイツのクラスを持つことだってあるかも…しれないし。そーすると、俺は…正常じゃいられない。
熊谷教授が…話を続ける。
「僕としては県立あさひやまよりかは、静蘭をお勧めしたい。
静蘭は教育実習者を優先的に雇用するらしいから。来年の就職も……まあ安心かもしれないよ」
俺はぼうぜんと立ち尽くす。
ますます…静蘭に行きたくない……のだが、俺を見る周りの目がすごく冷ややかで狼狽してしまう。
あの飯村さんでさえ、俺をにらみつけるように見ているのだから…。
と、そのとき、隣にいる智毅が小声で「行けよ」とつぶやいた。
「俺に気を使ってんなら…やめてくれ。俺は……俺は…同情されるのが嫌いだ」
智毅はそう言い切ると、くうう~と悔しそうに声を出して、机につっぷした。
同情するな、と言われても……。あんなにお祈りをしていた智毅が行けないなんて……。
俺は深い深いため息をつく。




