④-9
都さんが、「今夜は夕飯作らないからね!」とノリノリで言ってくれた言葉が、
北風と共に、身にしみる帰り道だった。
期待にそえなくて、情けない…。
コートを前で合わせて、身をかがめながら歩く。
右手に持っているチョコレートケーキの箱が、やけに重かった。
もしこれが、ももてぃんと一夜を過ごした帰りだったら、
もっと気分もアゲアゲ↑↑なんだろうな…。
チョコレートケーキの箱も、きっと宙に浮いちゃうカモね?!(キモイ)
しかし、そんなハッピーデイが近くないことがよくわかった1日でもあった。
まだ320万円もあるのかよっ!!(泣)
憎いぞ、借金め!
いやいや、大石さんが一番憎い。
180万円でいいだろうがっ!なんでそんなにかかるんだよ。
紫の若返り薬って、どんな薬なんだよ!!
チクショ~~!!
そう毒づきたい俺の気持ちを代弁するように、遠くでワオ~ンと犬の鳴き声がした。
頑張るももてぃんの前で決して言えない言葉の数々だ。
俺はしばらく賢者モードで耐えるしかない。
はあっと大きなため息をついて、家の玄関にたどり着いた。
灯りもなく、家全体が静寂に包まれている。眠りについているかのようだ。
外灯もついていなかった…。(都さんが俺の朝帰りを信じて、消したのだろう)
闇闇ガールズのライブのあとに、ここで杏奈と鍵の開錠で格闘したことを思い出して、思わず笑みを浮かべた。
今日はさすがに…インフルエンザだから寝てるだろう。
熱は下がっただろうか…。
案の定、鍵はすんなりと開いた。
玄関に入ると、ますます、しんとした群青色の静寂が俺をとりまいた。
起こさないように、抜き足差し足でリビングに向かう。
電気をつけないまま、ももてぃんのケーキを冷蔵庫に入れた。
今夜は時間も遅いし、お腹もいっぱいだし…で明日みんなで食べることにする。
そのまま、2階に上がり、自分の部屋に向かった。
こんな日は俺もさっさと寝るしかない。
ふて寝してやる。枕を涙で濡らしてやる。
期待していた分、やはりがっかり度は高かったようだ。
さっきからため息ばかりついてしまう。
俺も30過ぎたら、魔法使いの資格が得られんのかな…。
そしたら、大石さんは俺にも若返りの薬売ってくれるのかな。
いやいや…俺は元の顔が悪いから、ゲテモノ薬にしてもらおうか。
そうすっと、俺は吸血鬼?フランケンシュタイン?…河童?
どんな化け物になるんだろうか。
もちゃ顔だから、水木しげる先生の描いた子泣きじじい……
いやいや…アイドルに子泣き爺は……人気出る…かぁ?!
ぼんやりそんなことを考えていたら、俺の部屋の右にある杏奈の部屋がカチャっと開いた。
おでこに冷えピタを貼った杏奈が出てきた。
「……にいに…」
真っ暗な廊下で、杏奈の両目だけが光っている。
だんだんと闇に慣れてきた俺の目が、やせ細った杏奈の輪郭をとらえた。
「水、飲みたい……」
「水か? 水だな! 今持ってきてやるから、部屋で寝てろ」
確か1階の階段下の物置に、買いためた冷水ペットボトルが置いてあるはずだ。
きびすを返し、階段を降りようとした俺だったが、うしろからひっぱられ、危うく転倒しそうになった。
杏奈が俺の服の背中部分をひっぱったらしい。
「なんだよ。今持ってくるから、離せよ」
「おしっこ……」
「はいぃぃ?!」
俺は、のけぞった。
お、おおおおおおしっこだとおお?
「暗くてトイレわかんない。にいに…連れてって」
はう~そういうことか。
そういうことですよねっ。
はあ…俺もヤキが回ったようだ。なに妹に動揺してんだか。
2、3歳児の幼児相手と同じように接すればいい。
「肩組んで……1人じゃ歩けない」
かなり弱っているようだ。
俺は杏奈の腕を、首にからませた。
杏奈の速度に合わせて、廊下奥のトイレまで杏奈を連れていく。
※ちなみにその真正面が、親父と都さんの部屋。
階段から見て、左側が俺、杏奈、親父&都さんの部屋、そして右側がトイレの間取りになっている。
トイレのドアを開けて、灯りをつける。
まぶしそうに、杏奈が目を細める。
「ほら、あとは便器に座って。1人で…できるだろ」
「うん……」
そのままヨロヨロとトイレに入るなり、杏奈はパジャマのズボンを下げ始めた。
「ちょ、ちょっと、閉めろよ」
「え?」
目の下が落ちくぼんだ杏奈は、なんで?という顔で俺を見た。
「だって、俺……男だし、用足すところなんて見られたくないだろ」
「別に…いいよ。にいに…になら見られても」
杏奈がぼそっとつぶやいた。
いやいやいやいやいや……!!
ダメだから!!
まだ熱で浮かされているようだ。
俺は「水持ってくるから」と言い置いて、階段を降りていった。
さっき、ズボンを下げかけたときに見えた、イチゴのつぶつぶパンツが頭をよぎる。
いくら熱に浮かされたからといって、あれはヤバイだろ。
本当に…杏奈って奴は……。
俺は、高鳴る胸に手を当てて、再び深いため息をついた。




