③-10
杏奈が「ほどけちゃったぁ~」とさして緊張感のない声でつぶやく。
そして…振袖を脱ぎ始めた!
「な、なにやってんだ! まだ着てろよ!!」
俺は急いで杏奈の腕をつかんで、止めにかかる。
「なんで? いいでしょ。脱いでも…」
「よくない!」
俺は腕を締め上げる。
「にいに! 腕が痛い! はなしてよ!」
その瞬間、リビングのドアが開けられ、都さんが能面のような顔でこちらをふりかえって見た。
「……なに、やってるの、かなぁ?」
その冷たい微笑みに、杏奈と俺は凍りついた。
はっと目の前を見ると。
杏奈は帯がほどけて、まるで花魁のように胸がはだけていた。
その両腕をつかんでいる俺。
そして「はなしてよ!」というきわめつけの言葉。
完全に誤解されたー(涙)
この現状は…俺が杏奈を襲ってる…光景そのものじゃないかー!
「あの、違うんですよ。クモがいて、ですね……で杏奈がキャーっつって俺に……抱き、いや、その紐が絡み合って…」
しどろもどろで言い訳する俺を、都さんが表情も変えずに見下ろしている。
「杏奈が脱がしてって言ったんだよ」
「よ、余計なこと言うな」
「いいから、杏奈。着替えなさい。いつまでもアイドルがそんな格好してて、見苦しいわよ。あと、瞬くん。今朝は杏奈のこと、送ってくれてありがとう」
杏奈はぶーたれた顔で、その場で脱ぎ始めようとする。
「部屋で着替えてきなさい」
都さんが階段の方を指さすと、杏奈は俺の方をちらっと見て、その場を立ち去った。
沈黙の間がしばらく続き、俺はドッキドッキ心臓が鳴り続けていた。
都さんは険しい顔で、階段方向を見つめたままだ。
言い訳ばっかりしてるのも見苦しいかもしれないけど、ちゃんと何があったか言わなきゃいけない。
俺は、意を決して声を出そうとしたとき、
「……瞬くん。杏奈はああいう天真爛漫なところがあって、人を振り回しがちなの。だけど、本当はビクビクしてとても繊細で臆病な子なのよ」
「……はい」
それはわかっている。約1週間過ごしてきたなかで、杏奈は普通の子よりも喜怒哀楽が激しいような気がしていた。
とても…ほうっておけない女の子だ。
「杏奈が瞬くんを気に行って、頼りにし始めているのはよくわかるの。瞬くん、とても良い青年だもの。私だって、瞬くん好きよ。とても面倒見がいいし、優しいし……」
いきなり褒められて、俺は顔が上気し始めた。
おおいに照れてしまう。
女の子だったら、両手をおおって「もぉ」と顔を赤らめて言いたいくらいだ。
「でも、杏奈のことを女の子として見ないで、あくまでも妹として見てほしいわ」
「……」
「あの子、昔ね…」
言いかけた都さんの言葉を、突然入ってきた親父がかき消した。
「瞬く~ん! いま、買い物行ってきたんだけど、駅前でなんか騒ぎがあったらしいよ。なんか、屋台の女の子が……って! なに、都さん。その顔!」
都さんが驚いて、親父の顔を見る。
「眉間にしわが寄ってるよ。きれいな顔が台無しだ。都さんは……笑顔が似合うんだゾ」
人差指で、都さんの眉間にちょんと、触れる親父。
「幸平さんたら…」ポッと顔を赤らめる都さん。
なんか……とてつもなく……気持ち悪い現場に遭遇してしまったゾ(真似)
俺の存在を忘れてその場でいちゃいちゃしはじめた俺は、そっとそこから立ち去った。
お腹が空いているが、とりあえず部屋に戻ろう。
親父の言いかけていた「屋台の女の子がうんたらかんたら」も気になったが、
都さんの「女の子じゃなくて、妹として杏奈を見る」という言葉が、胸にひっかかった。
俺はとっくにそう見ている。
なんだか、接触ハプニングがやたらとあったここ最近のことだけど、杏奈はあくまでも妹なんだ。
そう思って、対応してきたつもりだ。
つまり、恋愛対象として見るなってことを、都さんは言いたいのだと思う。
心配しなくても……妹となんか……恋愛なんかできるかよ!
俺はわけもなくイライラして、手元にあった枕を放り投げた。
杏奈も杏奈だ。あんなに俺を信じきるなよ。隙を見せるなよ。
俺はふぅっと大きなため息をつくと、帰ってきてからずっと触ってなかったスマホを手にとった。
と、そこには、ももてぃんのLINEが……届いていた。
「HAPPY NEW YEAR! 持田瞬さま。今年もよろしくお願いします」
ももてぃん……。
そうだ、俺にはももてぃんがいるのだ。
返事をするべく、俺は指を画面に落とした。そして…ほんの勇気も出して、
会える日を聞いてみたのだった。




