③-9
「ば、バカ言ってんじゃないよ!!」
思わず、声がうわずってしまう。
子どもならまだしも、俺は一応成人男性の部類に入る。
中学生の義妹と、「お代官様ごっこ」なんてやってるなんて、
…痛すぎないか?
というか、それよりも俺の理性の方が…心配だ…。はだけた着物を見て、果たして正常でいられるか?
杏奈は頬を膨らませる。
「ふーんだ。にいにのわからずや。キモッ!」
出たっ! キモッ!
あっかんべーをすると、俺に背を向けて歩いて行ってしまう。
向かうのはリビングだろう。
……う~ん。ちょっと惜しかったか…。
帯を解くくらいやってあげても…良かったんじゃないかな、なんて今さら思う。
俺は、やりきれない気持ちで頭をガシガシとかいた。
と、その途端
「キャー!!!」と杏奈の悲鳴が聞こえてきた。
もしや、さっきの男たちが後を追いかけてきたのか?!そして、家に侵入してきたとか?!
俺は血の気がさーっとひく。
急いで、リビングの横にある畳の部屋に向かうと、
杏奈がしゃがんでブルブルと震えていた。
「ク、クモがいる~~」
部屋の片隅に、やたら手足の長いクモが佇んでいた。
小さい頃、昆虫図鑑を見るのが好きだった俺は、
「へー。こんなクモもいるのか」と興味がわいた。
近寄って、近くにある新聞紙の上に誘導する。
それを目の前に持ってきて、まじまじと観察する俺を、杏奈がなんとも言えない顔で見ていた。
俺は少しいたずら心がわいて、「ほれほ~れ」と杏奈に近づける。
「やめて! にいにのバカッ!」
「よく見ると、可愛いよ」
「…………」
「杏奈?」
下を向いたまま動かない杏奈をのぞきこむと、目にいっぱいの涙をためてこちらをにらみつけていた。
「す、すまん!」
「さっきだって怖かったのに……なんでまた、怖い目に合わなきゃいけないの?」
涙がポロリと頬に流れ落ちた。
これじゃあ、気になる女の子にちょっかいを出していじめるクソガキと変わらない……。
「悪かったよ」
俺は、新聞紙を静かに折りたたみ、クモさんと永遠のお別れをした。
「ほら、もう大丈夫だ」
「にいにのバカッ!」
杏奈はそう言うなり、俺の胸ぐらに突進してきた。
そしてそのまま、ぼかすかぼかすか、けっこう本気で叩いてきた。
「あ、杏奈さん…けっこう痛いんですけど」
「ぅえ〜ん。怖かったよぉ」
杏奈は俺のセーターをつかんだまま、胸に顔を押し当てて泣きはじめた。
まるで小さな女の子のようで、俺は頭をポンポンと優しく撫ぜてしまう。
「あ、すまん!」
すると杏奈は、両手を俺の腰に回してきた…。つまり、抱きついてきたのだ。
この21年、生身の女の子と接触がなかった俺にとっては、こうした杏奈とのふれあいは、拷問にも近いはずなのだが、犬のりんたろうのように、とても抱きごこちがよく、いつまでもこうしていたい…と思わせるものだった。
俺も…と思ったが、抱き合うのは色々と辞めた方がいいと思い直し、右手でひたすら頭を撫でることに集中した。
普段腰までのびた長い髪が、今日はきっちりとアップにされている。
仕事してきたんだよなぁ。
正月なのに頑張ってきたんだよなぁ。
そう思うと、この健気で小さな女の子がいとおしいような気持ちになる。
俺は昔から、頑張ってる女の子に弱い。
すぐ惚れてきていた。
杏奈もわももてぃんも、まりあちゃんも、タミーもジュリーもみんな頑張っているんだ。
俺は1人でコクコクとうなずく。
ふとリビングの壁時計を見ると、すっかり夕飯どきが訪れていた。
「そろそろ夕飯、食べるか」
杏奈も胸のなかでうなずく気配があった。
離れようとしたとき、杏奈の着物の帯をとめていた紐に手がひっかかった。
「あれ、あれ?」
俺はからまる紐をたぐりよせる。
その瞬間、杏奈の帯が崩れるのが見えた。
そして…タイミングの悪いことに、
「ただいまー」
という、親父と都さんの声が玄関から聞こえてきた。
た、大変だ!




