①-3
スマホを取り出して、発信者を確認すると親父だった。
「もしもぉ~し。瞬くんかい?」
緊迫感のない、のんきな声が耳に伝わってくる。
俺のスマホにかけてんだから、俺が出るに決まってるのに、親父は必ずこう聞くのだ。
「瞬くんに話したいことがあるんだけど、もう家に帰ってくるかな?」
「ああ。いま駅に着いたとこ。夕飯食べてきた。てか、親父今夜は夜勤じゃなかったっけ?」
「ああ…今夜はね…くすくす……代わってもらったんだ」
くすくす…?
えらく上機嫌な様子だ。それに…よく耳を澄ますと、ガサゴソ後ろで動いているようなノイズ音が混ざる。
「あれ? 誰かいるの?」
「え!あ……いや、そうじゃないんだけど」
いるんだ…。
なんとなく俺は感づいたので「ケーキ買ってあるよ」と言ってみた。
「ああ、さすが瞬くんだね……助かるよ」
「じゃあ」
電話を切った後、俺はその場に立ち止まって、空を見上げた。
夜空には、星が転々と散らばっていた。
同じように見えても、全部違うかたちで、それぞれ目もくらむような長い歴史を持っているのだろう。
死んだ人は星になる。なんてよく言うけれど……あの中に母さんの星はあるのだろうか?
母さんが死んでから11年になる。
親父が再婚しても……もう、母さん恨まないだろ。
今や写真だけでしか、ちゃんと顔が確認できなくなってしまった母さん。
悲しいことに、日常に追われている間に少しずつ記憶は奪われていく。
ただ親父にとっても俺にとっても、母さんは最高の女性だった。それは変わらない事実だ。とにかく人を思いやる優しいひとだった。
生きてきた頃同様に、俺たち男2人が助け合いながら暮らすのを天国からサポートしてきてくれたのだと思う。
思い出されるのは、こうした冬の寒い夜、俺をだきしめて一緒の布団で眠った光景。母さんの胸が柔らかくって……俺は頬ずりしたっけ。
ぽんっと頭に浮かんだのは、さっきのサンタ姿のおっぱい。
ぶるぶるっと、水浴びをした犬のように頭を振る。
ちがうから!と、自分でツッコミをする。
確かに少し、母さんに似てなくはないけど……母さんはあんなに若くないし。
てか、33歳がどうたらとか言ってたな。まあ、それくらいになったら少し面影は感じるかもしれないけど…。
あの優しそうな口調も……良かったなあ。
ああー。少し優しくされるだけで、女の子を好きになってしまう俺の性格ったら。よく知りもしないのに。
止まって空を見上げたり、頭をふったり、ぶつぶつ言いながら歩く俺を、さけるように青い自転車が越していく。
とおりぬけるときに「キモッ」という声が聞こえた。
前を行く自転車を見ると、どこかで見たような?あれ、俺の自転車に似てるなあなんて。乗っているのは、どうやら少女らしい。腰まで伸びた長い髪が風にたなびいている。耳当てがキャラクターもののようだ。
暗くてよくわからないけど、たぶん勘違いなのだと思う。
「キモッ」て言われたことも。俺の自転車だって思ったことも。
青い自転車なんてよくあるしな。
俺の家は都心から8駅離れた住宅地のなかにある。
大きくはないけど、じいちゃんのころからの和風住宅だ。築50年くらいか。
普段は閑静な住宅街なのだが、今夜はクリスマスイブのためか、街中がソワソワしているようだ…。
駅から約10分ほど歩いて、家の前まで来た。
ガラガラと門を開けると、俺の例の自転車がでんっと鎮座していた。
いままで働いてきたよ~といわんばかりに、カラカラとタイヤが回っていた。まるでランニング後のように酸素不足な印象を受けた。
自転車を元の場所に直して、玄関に向かう。
鍵を出そうと鞄の中身をガサゴソしていたとき、門灯がついて扉が開いた。




