③-5
フロントガラス越しに見えたのは、
あの…ねこむらタミーさんだった…!
ドテラ(はんてん)を着て、首輪をつけた猫を何匹も散歩させていた。
小柄なせいか、ブカブカで小学生のようにも見えるのだが…。
その姿はまるで、朝のゴミ出し主婦そのものだった。
すっぴんで、まだ完全に目覚めきっていないような顔をしている。
(ねこむらさんっ!君は一応、闇闇ガールズというアイドルの一員だぞ!!)
俺は声を大にして言いたかったが……。
「たみえってやっぱり、変だよね~」
まりあがため息交じりでつぶやいた。
すると杏奈も…
「前、放課後に校門前に変な男が立ってたじゃん。あれ、たみえのファンだって」
「ファンなんていんの~? そもそもあの子本当にアイドルなわけ~?」
きゃいきゃいと騒ぐ後ろに気をとられて、渡っていくタミーを、俺はただただ見守ることしかできなかった。猫たちもおとなしくタミーに従っている。
1匹の猫が、俺の顔をちろっと見た。
特に意味はない行動だろう。
後ろでの話を聞きかじるところによると、
杏奈たちと、タミーとは静蘭で同じクラスらしい。
世間は狭いものだ…。
「たみえってしょっちゅう猫になりたい、猫になりたいって…言ってんじゃん。やっぱり変だよね。猫なんかになれるわけないのに」
杏奈が笑って言っている。
いや、杏奈それは違う。
タミーさんは猫になったんだ。……化け猫だけど。
すっぴんはあんななんだけど、
メタモルフォーゼ後は、かなり小悪魔的な魅力の女の子なんだぞ。
俺はハンドルを切りながら、そんなことを思っていた。
「てか、もっさんって彼女いるの??」
まりあが、はすっぱな物言いで、突然話題を変えた。
動揺してハンドルが少し右によれた。慌てて引き戻す。
「な、なななな…なんで」
俺のバカ!思い切り、どもってしまった…かっこわりい……。
「だって今、たみえのこと超ガン見してたじゃん。知り合い?」
「い、いや…タミーのことは俺が勝手に知ってるだけで」
「「タミー?!?!」」
マリアンヌの2人の声がキレイにそろった。
「瞬にいってば……なんで知ってるの? 本当に彼女なの?」
杏奈が真っ青な顔になったのが、ミラーで見えた。
「いや! 違う…! 彼女なんていない」
ああ……俺のバカ。なに正直に答えてんだか。
「杏奈、注意した方がいいよ…ああ見えてロリコンかもよ」
まりあがコソコソと杏奈に耳打ちする。
聞こえてるからっ!(怒)
それを聞いて杏奈は一緒になって俺の悪口をいうかと思っていたが、
なぜか上機嫌のようでときおり笑顔になっていた。
そうこうしているうちに、車は目的地まで近づいてAスタジオが見えてきた。
入口で車を止めて、後部座席のドアを開けた。
まるで本物のマネージャーのように。
だから、マネージャーぽく少し格好つけて聞いてみる。
「帰りは…どうする?」
それを聞いて、まりあがスマホをいじりながら答えた。
「ああ、滝沢に迎えに来させるから」
滝沢とはさっきの、イケメン風なSPぽい男のことだろう。
特に気にしていなかったけど、まりあは超お嬢様なんだよな。無事にここまで運転できてよかった。
なにか事故でもあってたら、俺…やばかったな。
今になって震えがくる。
まりあは、アッと思った様子でこう付け足した。
「心配しないで。杏奈も送っていくから」
「そうか……」
俺は少し安心する。
杏奈はたんっと車から軽やかに降りると、俺のそばに寄ってきた。
「にいにも……収録見ていかない? これから近所の神社で参拝するんだよ」
「ごめん、用事あるから」
すると杏奈がみるみるうちに不機嫌になる。
下を向いて、わなわなと震えだす。
「大事な妹の晴れ姿見ないんだっ! にいに、終わってるね。さようなら」
早口でそう言った杏奈は、
振袖のたもとをひらりと交わして、入口に向かっていく。
ハイ? 終わってる? え?
一瞬なにを言われたかわからなくて、ポカンとしている俺。
「終わってるって。じゃあね、もっさん!」
まりあが俺に追い打ちをかけて、杏奈を追いかけていく。
ああ…わからない…この年頃の女子の気持ちはわからない……。
俺は少し、教師になるのが怖くなる。
身近にいる妹の気持ちがわからない限り、思春期の女子たちを教育することなんて本当にできるのだろうか。
それに…ロリコンではないと……断言もできなくなってきたかもしれない。
悩ましげな1年が幕を開けた。




