③-3
車が動き始めてしばらくすると…。
助手席にいる杏奈からの強い視線を感じ、俺はどうにも落ち着かなくなった。
意を決して声をあげる。
「さっきから俺のことじっと見てるけど。なに?」
「ねえ、にいにって……彼女いるの?」
「っ?!」
思わず、げほげほっと咳き込んだ。
車運転してる奴の心を、乱すんじゃね~~~!!!
俺はどうこたえていいものか…悩む。
その結果、車の中は沈黙の空間と化した。
杏奈も不自然な「…………」をしたまま。
う~む。ももてぃんとは1回デートしただけだ。いつかはそうなればいいな、ゲヘゲヘとは思っているが、まだ了承を得たわけではない。
他の女友達というと、……教育学部のアグレッシブな女どもしか浮かばない…。
だが! 「いないよ」なんて言ったら、俺の男としてのプライドに傷がつく。
だが! 「いるよ」なんて言うものなら、ぷっと噴き出されて終わる。
俺は嘘をつくのがあんまり上手じゃないから、すぐバレるだろう。
ああ…どうしたもんか。。
そっと杏奈の方をうかがうと、髪をいじっていた。
なにか不安なことや心配なことがあると、こいつは髪をいじりだす。
一種の癖なんだろう。
昨夜はお兄ちゃんと呼ぶのが嫌だ!と言っていたから、まだ俺を兄貴として認められないのかもしれない。
一緒に暮らすのが、こんなもちゃ男だったらやっぱり心配になるよな。
昨日だって、不可抗力とはいえ、む、胸までもんじゃったし。
そうか、そうなると「男」を出しちゃいけない。あくまで「兄貴」として杏奈を見てるぞアピールをするべきなのかも。
ここんところはとりあえず「いるよ。だからお前を女として意識することはないから」というべきなのか。
もんもんと考えているうちに、カーナビの「目的地に着きました」のアナウンスが鳴った。
そして、俺はさっきからずっと同じ風景が車窓を流れていることに気が付いた。
灰色の模様がついたレンガつくりの塀が、ずーっと続いているのだ。塀の上に目をこらしてみても、鬱蒼とした森があるだけ。
なんだここ?公園か?
すると杏奈が「まりあちゃん家」と小さくつぶやいた。
「え?」
「だからぁ、ここがまりあちゃん家なんだってば」
「この……でっかい敷地が?」
「そう、まりあちゃんは丸菱財閥のお嬢様なの」
丸菱財閥って、あの日本の政治を動かしてきた旧貴族の家だろ?
なんでそこの家の娘がアイドルなんてやってんだ?
「あ! ここで止めて」
スマホを見ていた杏奈が、前方に向かって手を振る。
俺もつられて前を見ると、腰まで伸びた三つ編みがぴたんぴたんっと体に鞭打ちながら、走っている振袖姿の女の子がいた。
後ろにいるサングラスをかけたスーツ姿の男も一緒だ。
「まりあちゃーん!!」
これが、丸菱まりあとの……出会いだった。
車に近づいてきてわかる、まりあちゃんの全貌。
杏奈ほどではないが、整った顔をしていて可愛い。振袖だからよくわからない部分もあるが、スタイルもよさそうだ。
それになにより、三つ編みにメガネ……って。
昭和チックで一見古臭いのだが、ちょっとかなり…俺的にストライクな感じだった。
初恋のミノリちゃんを思い起こさせるような…学級委員長な感じ。
後ろのドアが開いて、まりあちゃんが乗り込んできた。
「おっじゃましまああす!!」
その声を聞いて、俺は愕然とした。
超低い……。それに元気だ…。
なんとなくはかないイメージがあったので、そのギャップに驚く。
「あ、やっぱり杏奈も後ろ行っていい?」
「……」
「ねえ! にいにってば!」
「あ? ああ……いいぞ」
放心していた俺に、杏奈が問い詰めた。
運転席の窓が叩かれて、窓を開けるとサングラス男がぬうっと顔を出した。
……なかなか整った顔してるイケメンだ。背も高いし…。
「持田様、今日はまりあ様、および杏奈様のことを宜しくお願い申し上げます…」
深々とお辞儀をされて、俺はたじろいだ。
「あ、いや! そんな。こちらこそ、よろしくです」
そういうのが精いっぱいの俺。
本当に別世界だ。
杏奈がいなければ、こんな……丸菱財閥の人たちとかかわることもなかった。
助手席から後ろの席に移動した杏奈は、まりあとキャイキャイ騒いでいる。
御令嬢か……、いろいろ気をつけなければ。
ギアを入れて、車を発車させてから、まりあが例の低い声で杏奈に問いかけた。
「んで、これが、うわさのにいに?」
って、いきなり呼び捨てかよ!




