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王妃はいかにして白雪姫を追い出したのか?

 うっすらと焼けた肌。艶めいたくちびる。腰まで届く長い黒髪。

 鏡を覗き込めば、一見すると健康そのものの、(自分でいうのもなんだけれど)そこそこ見目麗しい女の姿が映っていた。ただし、この女の内面がそんな健康でないことは、一番自分がよく知っていた。そこにいるのは、まぎれもなくわたし自身なのだから。


「…どうしたってこの国の国民はわたしのことが嫌いなのね」


 非難めいた言葉がわたしの口からこぼれる。もちろん、本心ではない。というよりも、今のこの国で、民たちがしている口さがないうわさは、決して王妃を貶めるものではないとちゃんとわかっていた。ただ、彼らは冗談を口にしているだけだ。そして、これまで愛してきた美しい娘がこの国を去るのを、ただただ寂しく思っているだけだと。



「白雪は、本当に愛されているのね」


 雪のように白い肌と、漆黒のように黒く輝く髪と、ばらのように麗しいくちびるをもつ美しい少女。白雪姫、と呼ばれる彼女を脳裏に思い浮かべて、わたしは、苦笑した。


 かの姫君の婚礼の儀式まで、あと数日と迫っていた。彼らが――この国の姫君と、隣国の皇太子が婚姻の約束を交わしてから2年近い月日が流れ、あと数日で白雪は15歳を迎えるのだ。

 ちなみに、威厳があるこの国の王も、今はなんだか気もそぞろだ。婚礼儀式の準備であわただしいだけ…ではないだろう。今朝だって、この期に及んで「15歳の誕生日当日に城を出る必要はないだろう」なんてぶつぶつと言っていたし。

 

 その時の様子を思い出して、くすり、と笑いがこぼれる。それを見咎めたのか、大きな手が後ろからわたしの腰をとらえた。

「何を笑っている」

「なんでもありませんわ」

 わたしのからかうような声色が気に食わないのだろう。返事は聞こえなかったけれど、わたしの後ろにいるザルツの眉間にシワが寄っているだろうことが想像できて、ますますおかしくなった。


「ねえ、幼馴染と結ばれて幸せになるだなんて、とっても素敵なことじゃないかしら?」


 わたしが、そうであったように。そう告げると、彼は何も言わないまま、わたしのくちびるにくちづけを落とした。

 キスを何度も重ねていると、ややあってから、ザルツの眉間のシワがどういうわけだか復活してしまった。


「ちょっと、わたしと口づけしながらそんな顔をするのはやめてちょうだい。不本意だわ」

「ちがう…最近城下に流れる噂を思い出しただけだ」

 むすりとつぶやくザルツは、しかし、その噂の内容をわたしに話そうとはしない。わたしが傷つくと思っているのだろうか。本当に優しい人だ。ちょっと不器用だけれど。だから、くすくすと笑いながらわたしはザルツの頬にくちづけした。


「あの噂のことなら、もう知っているわ。気にしないで、ザルツ。わかっているもの。皆、白雪が行ってしまうのが寂しいだけなのよ。あなたと同じようにね」

「だからと言って、お前を貶めていいわけがないだろう」


 あなたさえわかっていてくれればいいわ。わたしが、そんなことをしない女だと。そう、彼にはうそぶいたけれど。それでもちょっとだけ落ち込んでしまうのも仕方ない。


 今、国民の間ではこんなうわさが流れている。


 王に愛された王妃は、継子に向けられた愛さえも欲して、美しい白雪姫を城から追い出したのだ、と。


***


「かあさま、こっちはどうかしら!?」


 そんな、追い出されたはずの継子――白雪は、輝くばかりの笑顔で母であるわたしを見た。手には2種類のドレスを持っている。


婚礼後の舞踏会で着るドレスを選び続けて、もう結構な時間が経っていた。


「やっぱり悩むわ。かあさまの着ていらしたような紫色もとても素敵だと思うけど、けど、こちらの薄桃色も捨てがたいもの」

 うんうんとうなる白雪の顔は心底楽しそうで、本当に可愛らしい娘だと改めて思う。親ばかもいいところかもしれない。けれど、そんな愛娘との時間も、あと数日で持てなくなるのだと思うと、ザルツをいさめた身だけれど、やっぱりさびしかった。


「あなたが嫁いでしまったら、この城も寂しくなってしまうわね」

「何をおっしゃるの、かあさま。あたしが城を出る理由、ご存じでないの?」

「城を出る理由…って。ロッシュと結婚するからでしょう」

 何を言っているのだろう、と思っていると、白雪はふふ、と笑った。


「もちろん、ロッシュと早く暮らしたいと思っているわ。でも、そう思ったのはとうさまとかあさまが、とても幸せそうだったからよ。2人のように、素敵な夫婦になりたいの。そして、2人にもらったたくさんの愛を、今度は、あたしたちの子供にあげたいのよ」


 白雪の言葉に、思わず目頭があつくなった。彼女はいつだって…そう、まだザルツとすれ違った時から、ずっと、わたしたちのことを見てきてくれた。案じて、そして、いつも気にかけていてくれた。


「本当に、幸せになるのよ…白雪」

「ありがとう、かあさま」


 娘を抱きしめる。たとえ血がつながっていなくとも、彼女は、間違いなくわたしの愛する娘だ。

 ぎゅう、と彼女の華奢なからだを抱きしめていると、腕の中で白雪が「それにね」とからかうように言った。


「正直に言えば、もう、2人が見ていられなくって。だって、娘のあたしの前でもずっとべたべたしているんですもの!年頃の娘の前で、もう少し慎みを持っていただきたいわ」


***


 鏡を覗き込む。やっぱり、健康そのものにしか見えない女が、頬に手をあてていた。自分と全く同じ動き。そこにいるのは、まぎれもなく自分であることを確認して、なんだかやるせない気持ちになる。


「結構真剣に悩んでいるのに」


 あの日からもずっと、欠かさずに庭の散歩を続けてきたことで、こんな弊害があるだなんて思いもしなかった。しかも、肌も小麦色に近づいてしまって、なんだかちょっと腑に落ちない。白雪までとはいかずとも、やっぱり女は色が白いほうが美しいのではないかしら。


 そう思って、ひとり、ため息をついた。


 ひとり。そう、部屋にはだれもいないはずだった。

 それなのに。


「ちょっとちょっと、王妃サマ?あんた、まだそんな暗い顔してるワケ?」


 聞き覚えのある声が、聞こえて。

 わたしは鏡をのぞきんで、そして―――。


***


 それから、どのくらいの時が流れたのか。


 眼鏡をかけた少女が、青ざめた顔で机の上の鏡を見つめている。そこに映っているのは自分の姿ではなく、なぜか12、3歳くらいの少年の姿だ。


 彼は、「自分は悩める少女のところに現れ、その手助けをする鏡の精だ」などと名乗り、そして自分がこれまで手掛けてきた女性たちの物語を自慢げに話して聞かせていた。その物語はすでに3人分を終えていたが、眼鏡の少女はひきつった顔のまま。少年はふう、とため息をついた。


「まだ信じてないの?キミも大概疑り深いねえ。それじゃあ、次のボクの武勇伝だ。昔々、あるところに根暗で陰険、それはもううじうじした王妃サマがいたんだ…」


 少年はそこで言葉を切る。そして、ふ、と柔らかく微笑んだ。


「これは、そんな王妃サマがどうやってカワイイ愛娘のシラユキ姫を追い出したのか、という物語だよ」了

足かけ4年以上、途中2年もの間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

ようやく、完結させることができました。ひとえに、読んでくださった、感想をくださった、そんな皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

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