6 赤煉瓦倉庫の無法者たち
港町ポルト・グランデの東端。
潮風が強く吹き抜ける波止場に、黒ずんだ赤煉瓦造りの巨大な倉庫が聳え立っていた。
重厚な鉄の補強が施された木製の大扉。その周囲には、鋭い刺青を首元まで入れた大柄な男たちが、大鎌や重厚な鉄パイプを手に目を光らせている。
港を牛耳る悪名高き無法者集団——『黒海組合』のアジト兼、奪い取った極上食材の保管庫である。
「おい、今日の取り立ては順調か?」
「へへっ、バッチリですぜボス。港に入った外国産の珍しいスパイスも、水揚げされたばかりの極上エビも、全部買い叩いて押さえました。一般の市場や大衆食堂には、腐りかけの雑魚しか回してやりませんよ」
「ガハハ! それでいいんだよ。貧乏人に美味いものを食わせる必要なんかねぇ。美味い魚とスパイスは、俺たちと金持ちだけが楽しめばいいのさ!」
汚い笑い声が、海の鳴動に混じって響き渡る。
——その時。
コトン、と小さな足音が波止場に響いた。
「ねぇ……」
鈴を転がすような、おっとりとした少女の声。
男たちが一斉に視線を向けると、そこに立っていたのは息を呑むほど美しい少女だった。
夜空に浮かぶ月光をすくい取ったかのような銀髪。透き通る雪のような肌。そして、夕焼けの最も深い部分を閉じ込めたような、美しくも妖しい緋色の瞳。
身に纏う上品なドレスといい、到底こんな薄暗い港湾地区に一人で現れるような存在ではない。
「な、なんだあ……? なんだこの超絶美少女は! 迷子か?」
「おいおい、貴族のお嬢様か何かか? 護衛も連れずにこんなところへ来るなんて、いい度胸じゃねぇか」
構成員たちがニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、獲物を囲むようにルチアへ近づいていく。
ルチアはペコペコに凹んだお腹を細い手で小さく撫でながら、おっとりとした口調で尋ねた。
「あのね……この倉庫の中に、町のみんなから奪った『美味しいお魚』と『外国のスパイス』がたくさん入っているって、市場のおばさんに聞いたのだけど……本当かしら?」
「あぁん? 魚とスパイスだぁ?」
リーダー格の男が太い腕を組み、鼻で笑った。
「へっ、そうだぜ! ここには港一番の極上エビも、極上スパイスも山ほど眠ってる! だがな、お嬢ちゃん。ここにあるのは金持ちや高級料理店にしか売らねぇ特用品だ。貧乏人が買えるような代物じゃねぇんだよ!」
「そう……やっぱり、ここにあるのね……」
ルチアはほっとしたように胸を撫でおろした。
だが、次の瞬間——ルチアは小さな首を傾げ、緋色の瞳を細めた。
「ねぇ、どうして美味しいものを独り占めするの? 食材はね、みんなで美味しく食べてこそ輝くのよ。それを隠して、町の人に腐ったお魚しか食べさせないなんて……」
「ハッ! 弱肉強食って言葉を知らねぇのか、お嬢ちゃん! 強い奴が美味いものを食い、弱い奴は泥を食う! これが裏社会のルールなんだよ!」
男たちがドッと下品な爆笑を上げる。
その笑い声を聞きながら、ルチアの胸の奥で、静かに、勝つ苛烈な「激怒」が揺らめいた。
(許せない……)
ルチアの脳裏に、先ほど市場で見た悲しそうな店主やおばさんの顔が浮かぶ。
(美味しく調理されるのを待っているエビや魚たち……リスクを冒して運んできた商人たち……そして、それを楽しみにしていた人たちの笑顔……! それを踏みにじるなんて……! この者たち、我が食べたかった海の幸の喜びまで奪おうとしているわ……!)
おっとりとしていたルチアの雰囲気が、一瞬にして豹変した。
風が止んだ。
波の音が消えた。
次の瞬間、倉庫の周囲一帯の空間が、目に見えるほどの重圧によってメリメリと歪み始めた。
「ひ……っ!?」
男たちの笑い声が弾け飛んだ。
喉が干からび、息が吸えない。全身の皮膚が、目に見えない無数の刃で撫でられているかのような圧倒的な恐怖。
背後に立ち昇る漆黒の影——それは世界の頂点に立つ者だけが纏う、絶対的な「絶望の気配」。
「な、なんだ……なんなんだこの圧は!? 身体が……動かねぇ……!?」
膝から崩れ落ちる男たちを見下ろし、ルチアは冷酷なまでに美しい声音で呟いた。
「我が求めていた極上の海の幸……それを邪魔する害虫に、残す慈悲はないわ」
ルチアがゆっくりと右手を掲げ、白い指先を「ちっちっち」と軽く横に振る。
「消えなさい」
ドォォォォォォン……!!!!
夜空を穿つような衝撃音が響き渡った。
ルチアの指先から放たれた極小範囲の闇魔法が、黒海組合の構成員たちだけを正確に捉え、弾丸以上の速度で上空へと打ち上げる。
「ギャァァァァァァッ!?」
男たちの悲鳴は一瞬で夜空の彼方へと消え去り、遠くの雲の切れ目でピカッと光って星となった。
衝撃波が収まると、港には静寂だけが戻っていた。
倉庫の建物と、中に保管されている大切な食材には、かすり傷一つついていない。魔力をミリ単位で制御する、魔王ルチアならではの神業である。
「……ふぅ。お行儀の悪い害虫退治完了、ね」
ルチアは何事もなかったかのように流れる銀髪を整えると、固く閉ざされていた倉庫の巨大な大扉へと歩み寄った。
細い手で扉をポンと押すと、分厚い木扉は音を立てて内側へと開き——その奥から、凄まじい「海の香り」が溢れ出してきた。
(……見つけたわ。我が追い求めていた、極上の海の宝箱……!)
ルチアの緋色の瞳が、期待と空腹で爛々と輝き始めた。




