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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――56


――夜。


月明かりが僅かに照らす山道を 俺は一人、登っていた。


村の結界の中に入った瞬間、

南から、暖気の籠もった風が吹いてくる。

それは、山のものじゃない。


――生きている気配だった。

 

俺は足を止めた。

視線の先。 木々の隙間の向こうに、 微かに灯りが揺れていた。

 

何も変わって居ない村。

何も知らないまま、 そこに在り続けている。

 

「……」

 

一歩、俺は踏み出す。 

足がやけに重い。


だが、 

――引き返せば、終わる。

 

そう分かっていても、 足は止まらなかった。

ここで止まれば、 全てが無意味になる。

 

――ハレの、笑顔も。

 

風が強くなる。

暖かかったはずの空気が、 ゆっくりと冷えていく。

 

それでも。

俺は、歩みを止めなかった。


長官の意図は理解している。


村と庁の対立は今に始まったことでは無い。

たった一人の少女を奪い合ってきた過去。


千年以上、続いたその歴史を、


今日――


終わらせる。




――俺の手で。




***



俺は足を踏み入れた。


草木の湿気が籠る森の中

空気が重くなる。


風の音。

葉が擦れる音。

野鳥の声。


そのすべてが止まったかのように静かな森の中で――


ただ一歩、前へ。



「君、何をしている」


住人の一人が俺の前に現れる。


警戒は解いてない。


だが、敵意は感じない。


ゆっくり鞘から刃を抜いた。



「オイッ――!!」



その瞬間――


無言で、一直線に飛び出していた。


迷いはなかった。


そのまま遠心力を利用して相手の喉元を斬り裂き、


血が噴き出す。


呻きは、一瞬でかき消された。


だが――



異常を感じ取った鋭い者達が家から出てくる。


罵声、叫び。

恐怖、殺意。


その全てが俺に向けられた。

その騒ぎに、住民が駆け出してくる。


一人の男が背後から怒号を上げて向かってくる。


それを視界にすら入れず


刃を振り上げることすらなく、振り降ろした。


左右から同時に二人、走ってくる。


姿勢を落とし、地を蹴る。


間を一つ踏み込むと、目的が目の前にある。


追いつけない速度で距離を詰め――


胴体を水平に一閃。


一回転しながら空を裂いた刃を、


もう一つの、目標に突き立てると


音を立てて、二つ倒れた。



次の瞬間――


一勢に、俺に向かって走ってくる。



ただの処理。



高揚は無意味。

情は不要。


――俺には、必要無い。



***



気づけば、音は消えていた。

 

さっきまで響いていたはずの足音も、 叫びも、もうどこにもない。

 

立っているのは、俺一人だった。


俺は村の中心に向かって歩いた。


空を見上げると、星が滲んでいた。


あの日と、同じ空だった。




あの夜――


研究施設の警報が鳴り響く中。


俺は、ただ一つの目的のために、


――全てを、破壊した。


半分眠ったままのハレを抱えて飛び出した先には、武装した隊員達。

銃口を向けられても、恐怖は無かった。


俺は取引を持ちかけた。


「条件は三つだ――」


生活の保証。ある程度の自由。


そして――


俺たちに二度と首輪をつけないこと。



血の匂いと共に――

冷たい風が頬を掠め、思考が戻る。


俺は村の中央、社の様な家の前に立っていた。

脇には「紫月」と書かれた門札が掛けられている。


村の破壊。

それは、土地の核となる霊脈を壊すことだ。


俺は地面に手を着いた。


核の破壊は難しく無い。

ただ、波長をずらせば良い。


掌に力を込める。



その瞬間、


――結界が弾けた。



どこからともなく、

叫びにも、祈りにも聞こえる様な、強い風が吹いた。



………終わったか。



空を見上げれば、雲が流れる。


星が一つ、落ちた。


あの空のどこかに、彼女がいる気がする。


「……ハレ」


名前を口にすると、僅かに痛む。


彼女はまだ、寝ているだろう。


「ハレ」


俺は、叶えられなかった。

約束した未来を、見せてやることもできなかった。

もう、未来をみることも、過去を振り払うことも出来ない。


ハレの笑顔を、思い出す。


泣き顔を、思い出す。


「泣くな」って言ってやりたい。


……でも、きっと泣くだろう。


それでいい。


泣いて、怒って。


俺を恨めばいい。


ハレの生きる力になれるなら――


俺はもう、十分だ。



***


レイがいなくなって、三日が経った。  


レイが抜けたことで、庁は明らかに機能不全を起こしていた。 

必要な指示は滞り、現場は混乱する。

小さなミスが積み重なり、事態は確実に悪化していく。

 

圧倒的な力と、恐怖で全体を統制していたレイ。

好かれていたとは言い難い。


それでも――

あの存在が、どれだけ大きかったかは、嫌でも思い知らされた。  


数字は、誤魔化せない。

特務完遂率の低下。 被害規模の拡大。 隊員の負傷数の増加。

すべてが、目に見えて悪化していた。

私もカイも、その穴を埋めるために、休む間もなく動き続けていた。



ハレは――ずっと泣いている。  

食事はほとんど手を付けない。

大好きだった駄菓子にも、見向きもしなくなった。  


そして、何度も、何度も繰り返す。  


「レイは?」  


その度に、私達は同じ言葉を返す。  

仕事だ。 出張に行っているだけだと。  

嘘だと分かっていても、 それしか、言えなかった。  

私達は出来る限りそばにいた。

食事を運んで、 必要以上に話しかけ、 わざと明るく振る舞う。

そうでもしなければ、 この空気に押し潰されそうだった。


――それでも。  

レイが空けた穴は、埋まらない。    



五日が過ぎた頃。  

ハレは、ほとんど言葉を発さなくなった。  

「レイは?」と聞くことは、やめなかった。 返事にも、頷く。


けれど――

時々、声が届かない。  


ソファに座ったまま、動かない。

視線は一点に固定され、 まるで、ここにはいないみたいに。  

意識だけが、どこか遠くへ置き去りにされているようだった。    


――壊れかけている。  

それは、誰の目にも明らかだった。         


だから、私は決めた。  


ハレを――レイの元へ送り届ける。  


どれだけ時間がかかってもいい。

どれだけ面倒な手段を取ることになってもいい。

二人が一緒にいられる場所を、 必ず、用意する。

   

庁のことは、私とカイで回す。  

どれだけ負担が増えようと、 どれだけ無茶でも、 やるしかない。  

カイが何を言おうと、関係ない。  

絶対に、やりきる。    


――例え、その先で。  

私が、一人になるとしても。    


それが、私が二人に出来る。

ただ、一つのことだから。

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