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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――49



確かに俺は、期待はしていた。

だが、それはすぐに裏切られた。


「円までっ………」 


「後はお前だけだな」


頭は回るのに行動に移せない。

動かなければ始まらないのに、動こうとしない。

 

「……こんなの、許されてたまるかよ……っ!!」


男は何度も木刀を振るう。

 

——遅い。

 

「さっさと諦めろ。時間の無駄だ」


「はぁ?」

 

振りは大きい。 踏み込みも浅い。

力任せで、精度がない。

 

「——諦める訳にいかねえんだよォッ!!」

 

速度が上がる。

だが、変わらない。


形にならない覚悟。

精度の低い動き。


生かしても使えない。


それでは、意味がない。

 

「つまらない」


「は?」

 

「これ以上は、時間の無駄だ」

 

俺はナイフを突き立てた。


狂いは無い。

手応えは軽く、抵抗も殆どない。

 

「待てっ、よ……!」

 

男は崩れる。

 

「お前、俺たちのこと、なんだと思ってんだよっ」

 

答える意味もない。

 

弱者に興味はない。



***



「レイ〜!お疲れ様〜!!」


ハレが俺の元へ走ってくる。

足音は軽い。 呼吸も乱れていない。

 

「ハレもお疲れ」


俺はハレの頭を撫でた。

 

任務は完了した。 想定時間内、なにも問題はない。

 

「……はい、任務完了っ!15分切ったね!」


リオがスマホの時計を見ながら所要時間を伝えた。

俺はスマホを開き、 回収班へ簡潔な指示を送ると、すぐに返答がくる。

 

「なんか食べに行こーよ。俺、腹減ったー」


カイは軽く背を伸ばしながら言う。


「あ、私、焼肉食べたい!」

 

「俺も食べたいわー」

 

「えー? 私、しょっぱいのもう良いんだけど」

 

ハレは機嫌がいい。 声のトーンも一定だ。

カイはいつも通り。 警戒も緩んでいる。

リオも、特に変化はない。 視線の動きに乱れはない。

 

「リオはポテチ全部食べたから文句は受け付けませーん!レイもお肉食べたいよね?」


俺は短く頷いた。

今日は、食べてもいい。

 

地面に残されたものに、 視線を向けることはない。

そこにあるのは、 既に処理の終わった結果。

 

「ハレ、そのネックレス血ついてんじゃん!早く拭いたほういいんじゃね?錆びるかもよ?」


カイがハンカチを差し出す。

 

ハレは受け取らない。

 

「んー、もういいやっ!よく見ると可愛くないし?」

 

指に掛けられたそれが、 あっさりと引きちぎられ、捨てられる。

 

音だけが残る。

 

「俺が新しいものを用意するよ」


ハレは目を輝かせて、俺を見上げる。

その姿が堪らなく愛おしい。

 

「えっ!?ほんと!?レイありがとー」


邪魔者は消した。

やっと、息が出来る。


その時だった。


「ねぇ、レイ………」


ハレは自分の袖を見て、ぼそっと呟く。

 

「どうした?」

 

「血ついてる……お店入れるかな?」

 

視線を落とす。

付着量は少ない。 問題にはならない。

 

「先に、風呂に入ってから食べに行くか?」

 

「うん。でも……クレープも食べたいの」

 

「クレープ?」

 

「うん。クレープ」


俺の中で、優先順位は決まった。

 

「……じゃあ、クレープ買ってマンション戻って支度、それから焼肉行く」

 

「うん!」

 

「お、クレープか!ラッキー!私ベリーで!」

リオが軽く手を上げる。

 

「俺、早く肉食いてぇー」

カイが欠伸混じりに言った。

 

「私はイチゴレアチーズにする!」

ハレはぱっと顔を上げて笑う。

 

「は?お前絶対甘すぎて途中で飽きるだろ!肉行こうぜー?」


「飽きないもん!クレープが先なの!」

 

ハレとカイの言い合いが始まる。

 

「レイはシュガーバターでしょ?」

 

ハレが当然のように言う。

 

一瞬だけ考える。

 

甘さは控えめ。 後に残らない。

 

合理的だ。

 

「……ああ、それでいい」

 

「ほらやっぱり〜!」

 

ハレは満足そうに笑った。

 

そのまま、歩き出す。

 

足取りは軽い。

誰も振り返らない。

 

——正常だ。




***





室内の甘い匂いは、もう残っていなかった。

代わりに、湯気と石鹸の匂いが室内に広がっている。

 

風呂を上がったハレは、 髪を軽く梳きながらリビングに戻ってきた。

 

「はぁー……さっぱりした」

 

ソファに腰を下ろし、 そのまま背もたれに体を預ける。

 

髪が、背中とソファの間に挟まれて煩わしそうにしている。

 

「レイー」

 

呼ばれる。

 

「どうした」

 

「なんか、結ぶの、ある?」

 

今朝、買っておいたものを思い出す。

 

上着のポケットに手を入れ、 小さな紙袋を取り出した。

 

「これでいいか」

 

中身を取り出して、ハレに差し出す。

 

「え、なに……猫?」

 

ハレの目が、少しだけ大きくなる。

 

「可愛い……!くれるのっ!?」

 

声が弾む。


「あぁ」


「ありがとう、レイー」

 

受け取る動きも軽い。

そのまま、 慣れない手つきで髪をまとめ始めた。

 

だが、うまくいかない。

左右のバランスも崩れ、 結び目も緩い。

 

「……できた!どう? 似合う?」

 

満足げにこちらを見る。

 

……歪だ。

 

だが、

 

「似合ってる」

 

そう言うと、ハレは嬉しそうに笑った。

指先で結び目を触りながら、 何度も確かめる。

 

「えへへ……」

 

その仕草が、やけに目についた。

 

整えることもできる。

 

だが、それはしない。

 

今のままでいい。

 

——そのままがいい。

 

ソファに座るハレの隣に腰を下ろす。 

距離は近い。 

自然と肩が触れるが、何も言わない。

問題はない。

 

ハレはそのまま、 体重を預けてきた。 

軽い。

呼吸も穏やかだった。

 

「ねぇ、レイ」

 

「なんだ」

 

「焼肉、いっぱい食べていい?」

 

「好きにしろ」

 

「やった」

 

小さく笑う。

 

その声が、 やけに静かに響いた。


――それで、十分だった。



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