紫月花の非情――48
竹中集を選んだのには、理由がある。
「仮にもっ、自分の女だろ!」
目の前の男が木刀を振りかざす。
——遅い。
ナイフで受け、流す。
甘い。
「そうだな、ハレは俺のものだ」
わざと、言葉を落とす。
「じゃあ、なんで花に戦わせるんだよ!」
想定通りの反応だった。
「ハレの戦いは美しい。見ていて心地いいほどにな」
「はぁ……!?」
振るわれる木刀が加速する。
俺は男の動きを冷静に観察した。
三人組の中で唯一、俺達に勝てる存在は
竹中集。
ただ一人だけだ。
「くそっ……!」
だが――
ただ敵にしておくのは惜しい能力だった。
相手の太刀筋を見極め、最小限の力で受け流す。
剣術はまだ半端だ。
捌きも不十分で扱いこなせて無い。
軌道もブレている。
——ドンッ!!
僅かに力を加えれば、簡単に止められる。
だが、目の前の男は良い頭の使い方をしている。
やり方次第では交渉も余地に入れていた。
「——おらぁぁぁあああ!!」
木刀が振りかざされる。
――駄目か。
お前のやり方は違うはずだ。
縁を絶ち切る特殊は術を扱う者。
この場で俺やハレの縁を切れば戦況は簡単に覆る。
ただ頭が回れば良いと言うわけでは無い。
最善を考え、実行する。
時には、自分すらも切り捨てることも視野に入れて。
「見え見えなんだよッ!! 左足、痛めてんのはよぉ!!」
今日一番の鋭い太刀が降りてくる。
「……っ」
刃先を回して受け止める。
男の膝が伸び切った瞬間を狙って、動きを封じる。
「やはり君は、俺と似たタイプだね」
静かに声を落とす。
「頭の回し方が上手い。よく見て、よく考えている。
だが、それは俺の最も得意とするものだ」
体格、振り上げた回数、速度、
読み取れる心情、思考パターン、全て計算した上の結論。
——ドンッ、ドンッ、ドドドンッ!!
鈍い音が、静かに重なる。
……思わず、口元が緩んだ。
こんな格下に、期待してしまったのかと。
「聞き手じゃない左で圧勝してこそ、美学だろう?」
あえて言うとすれば、
――見誤った。
それだけだ。
***
目の前の男から、視線を移す。
いや、正確には——
最初から外れてなど、いなかった。
俺はハレの戦闘に目を向けていた。
相手の抵抗は、既に形を成していない。
動きは鈍く、反応も遅い。
——比較対象としては、あまりに不十分だ。
それでも、ハレの動きは崩れない。
相手の状態に左右されることなく、
ただ、音をなぞるように続いていく。
ハレの動きは軽やかだった。
地面を蹴る音すら、邪魔にならない。
一歩踏み出すごとに、次の動きが既に決まっている。
打撃は繋がっていて、一つとして孤立していない。
流れの中で自然に生まれ、
次の一手へと滑らかに移行していく。
余計な力みがなく。
だからこそ、止まることなくハレは動き続けていた。
無駄が削ぎ落とされた動きは、
それだけで価値を持つ。
……美しい。
振り下ろされた刃に、迷いはなかった。
踏み込みも、速度も、ほぼ理想形。
だが——浅い。
心臓まで、届いていない。
僅かに逸れた軌道。
骨を避ける計算が甘い。
惜しい。
でも、
——次で終わる。
「祭ぃーー!!」
「祭っっ!!」
目の前の男と、カイの相手が叫んだ。
穏やかな旋律が、脳内で再生される。
これは偶然ではない。
打撃の間隔。
重心の移動。
踏み込みの強弱。
その全てが、一定の律を保っている。
音が、聞こえる。
実際に鳴っているわけではない。
だが、確かにそこにある。
……ああ。
やはり、これは戦闘ではない。
——祈りの再現だ。
***
「祭ぃーーーー!!」
女が叫んだ。
ハレの仕事は終わった。
「ちょっとー?いきなり大声出さないでよー。びっくりするじゃん?」
目の前の女ももう死んでるはずなのに、まだ動けてる。
……めんどくせぇ。
正直、それが一番最初に浮かんだ感想だった。
「祭は、……花のために……!ずっと……!」
死んだ人間の声は煩い。マジで煩い。
耳障りで仕方なかった。
「だからなに?」
女はまだ諦めない。
もう負けは確定してるのに。
さっきまで腰抜けて死んだくせに、今はちゃんと立ってる。
「たくさん努力してっ……誰よりも花を想ってたのにっ!」
……あーあ。
こういうの、一番面倒なんだよな。
「それさぁ、俺等に何が関係あるの?」
努力がなに?
結果、死んでるじゃん。
想いがなんだって?
関係ないだろ、伴ってないんだからさ。
「はぁ?」
「だってさー、君たちが探してる子は花って子で、うちのお姫はハレだよ?関係なくない?つーか、邪魔してくる君たちが悪いんでしょ?霊対庁に刃向かっちゃってる時点で、自業自得だよねー?」
女は叫んだ。
腕を組んで、もう一度扉を開こうとする。
「全員っ、まとめて地獄に引きずり込んでやるっ!!」
術式は悪くない。
精度も、出力も、問題ない。
「おーおー、やる気出しちゃって泣けるねぇー」
——ただ。
使い方が下手すぎる。
「——地獄門ッ!!」
巨大な鉄扉が姿を現し、
扉が開こうとしたその瞬間を狙った。
指を鳴らす。
ほんの一瞬。
それだけで、意識は逸れ、扉は崩れる。
「え?」
「あははー、駄目じゃん!指鳴らしたくらいで意識逸らしちゃさぁー」
女の身体がだんだん薄くなる。
はい、終わり。
「あーあ、ご愁傷様。あっけなかったねー」
時計を確認する。
最初の生成から約6分を過ぎたところ。
「は?何、もう勝った気でいるの?」
まだか?
もう少しか?
もしかして、自覚するまでは耐えるのか?
「え?君マジで言ってるの?知らないの?」
「え?」
「はははっ、マジで可哀想〜。だから田舎臭い奴らは駄目なんだよね、可哀想すぎて見てらんないわぁ〜」
「何言ってるの?」
……気づいてないのか。
まぁ、そりゃそうか。
「なに?自分で気づいてないの?君、もう死んでるよ?」
くだらない会話。
くだらない敵。
くだらない戦い。
でも俺はやる。
だって、守るって決めたから。
「まぁ、ゆっくり彷徨ってなよ〜、今までお疲れさん。」
俺は手を振って踵を返した。
背を向けたまま、視線だけを横に流す。
用は済んだ。
あとは、あっちの結果待ちだ。




