紫月花の非情――47
目の前には例の三人組。
「………花っ」
武道祭がハレを花と呼ぶ。
震える声。
縋るみたいな呼び方。
まぁ、この状況なら呼ぶよな。
レイは僅かに苛立ってる。
ハレは一瞬だけ、首を傾げた。
「またそれ〜?何回言えばわかるの?」
その言葉と同時にハレは刀を抜いた。
あーあ、終わった。
呆気なく、一人瞬殺。
そう思ったが……
武道祭は意外にも刃から逃れた。
「へぇ〜、反応マシなんだぁ」
そう笑いながらハレは柄に指を掛けて刀を回す。
まるで、どう遊ぶか考える子供の様に。
――ドガッ!!!
ハレの足が武道祭の腹に食い込み、吹っ飛ぶ。
それを追い掛けるハレ。
俺は見逃さなかった。
一瞬だけ、ハレはレイの表情を伺った。
レイは笑ってた。
その顔を見たハレは満面の笑みでレイに告げる。
「レイ〜!私、コレにする!」
さて、俺も片付けるか。
***
さっさと終わらせよう。
そう思ったんだけど……。
「……祭がっ」
目の前の桃崎円は、ビビり散らかしてた。
目の前に怪物が現れたような顔して、
ハレにやられてる武道祭を見て、
喚くわけでもなく、加勢するわけでもない。
立ってるのも、やっとって感じ。
「祭っ……!」
もうやっちゃっても良いかな?
俺なら、扉開かせるまでも無く殺れるけど。
でも、ただ殺してもレイに怒られるだけだしな……。
格下相手。
しかもビビって、もう終わりだとか思ってる様子。
ここからヨイショして、扉開かせるまで持ってかないといけない。
つーか、敵のメンケアまでやらせるとかどんだけだよ。
あー、マジでダルい。
勝ちゲーが、ただの作業と化した。
その瞬間――
女の空気が変わった。
深く息を吐いて、覚悟が決まった目。
背筋が伸びて、型を組む。
「へぇ~、やるじゃん。」
女が叫ぶ。
「——地獄門っ!!!!」
すると、地面からジワジワと這い出る黒い鉄の柱。
名前通り地獄の門にピッタリなソレ。
俺は一気に距離を詰める。
——ドスッ!!
「……は? 軽っ」
思った以上に飛んでった女。
生成されていた門は一気に崩壊した。
直ぐに俺はカウントを取り始める。
「なーにやってんの?邪魔すんなよ~」
声を掛ければ、女は俺を睨みあげた。
――ちゃんとデータ取ってよね?
リオに言われたことを思い出す。
「うちのお姫、機嫌悪くなると色々面倒なんだよねぇ?」
門の崩壊から、どれだけ生き延びれるか。
今後の研究の参考にしたいんだってさ。
吊り上がる口が、押さえきれない。
笑いが込み上げてくる。
ほんと、アイツって頭やべぇよな?
まぁ、でも。
「だからさ、ほら——」
俺もそこそこやべぇんだわ。
「俺とか、どう?」
***
「ハレ〜!!」
ハレに手を振ってはみるものの、
振り返してくることは無い。
一度も。
それだけ集中しているってことだ。
私はポテチを摘みながら、下の状況を眺めていた。
「てかハレ、祭って子、選んじゃったよ。当たり引いたね〜、流石うちのお姫!」
1人だけ何もしないで見学って言うのもつまんなくて、
誰に聞かせるわけでも無く言葉を発す。
――ただの処理。
負けるわけない相手。
現場の準備だけ整えて帰っても良かったんだけど、
ハレの戦いは見たいし、万が一のことも考えて屋上で観戦中。
「カイ、めっちゃテンション下がってる〜。
わかるよー、もう決着ついちゃったもんねー?」
あ、万が一って負けるって意味じゃないからね?
万が一、カイがデータ取り忘れた時の保険ってこと。
パリッと乾いた音が響く。
「円ちゃんだっけ?あれじゃあダメだよ〜。
今から扉開きますって、思いっきりアピールしてるじゃん。勿体無いね〜」
研究者として、門崩壊から死に至るまでの時間は重要。
そもそも、地獄門は私達霊対庁にとっては結構身近なもので、
霊核回収装置のハチマルは地獄門を応用して作っている。
霊力で変化させられる合金で作られた八角形の箱に、
特殊な素材が電池として組み込まれてる。
設置してボタンを押せば、投射される八角形。
回収完了までは絶対に跨いではいけない、死の枠。
その枠こそが、地獄門と同じ役割を果たしてるってこと。
「はぁ……でも壊れていくのって、なんか綺麗だよねぇ」
いち研究者として。
隊員の危険を少しでも減らしたい身として。
こんな都合の良い実験は、絶対見逃すわけにはいかない。
***
……綺麗だ。
思考が一瞬、止まる。
本来なら、視線を外すべき場面。
——だが、それが出来ない。
理解している。
理解しているはずなのに。
視線が、どうしても逸れない。
「……ああ」
やはり、ハレは美しい。
――踊っている。
いや、違う。
駆け回っていると言うほうが正しい。
風を裂くように舞う刃。
無駄のない動き。
迷いのない踏み込みも。
脳裏に情景が浮かび上がり、
軽快な三拍子が、脳内で再生された。
……成程。
ほんの一瞬だけ、視線を巡らせる。
倒れかけている男。
崩壊しかけた術。
揺らぐ空気の流れ。
どれも不完全。
精度は悪くない。
だが、決定的に足りていない。
「……惜しいな」
結論に至ったその時。
「お前……おかしいんじゃないか?」
目の前で立ち尽くす、竹中集が俺に問い掛けた。
思わず笑みが溢れる。
この状況でハレに見惚れていると言うことは、
傍から見れば間違っている。
「こんな状況で笑ってられるやつなんて、普通いねぇだろ!」
敵に指摘される。
だが、そこまで不快でもない。
そろそろ切り替えるか。
まだ回さなければいけない仕事が溜まっている。
「そうか? これが俺の平常運転だが」
俺は一歩、踏み出す。
距離も、呼吸も、間合いも。
全て、既に把握している。
君は、よく考えている。
だが、
わずかに、口元が緩んだ。
――俺には、届かない。




