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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――46




「ねぇレイ」


街なかを歩いてると、ハレがレイに問いかけた。


まるで、欲しいものを強請るような声。


レイは少し笑ってハレを見下ろす。


「なんだ?」


「どれくらい刺したらいいの?」


――は?


思わず、足が止まりかけた。


空気が、甘い。


声も、いつも通り。


なのに、会話の中身だけが完全に狂ってる。


「5センチだな」


「5センチ?これぐらい?」

 

ハレが指で長さを測る。


「ああ。心臓に到達すれば、感覚で分かる」


「私にも?」


「ああ」


……いやいやいや。


こいつら、こんな空気でその話すんの?


マジで頭おかしいだろ。



でも俺も、こんな飄々としてる場合じゃない。


今日の仕事は——


結構、重い。



***



昨日の夜。


共同リビングで、最終打ち合わせがあった。


テーブルの上には、簡単な配置図。


誰がどこに入り、誰を潰すか。


無駄のない、ただそれだけの確認。


「お前は桃崎円をやれ」


レイは迷いなく言った。


「俺?」


思わず笑う。


「女には女当てたほうがいいんじゃねぇの?ハレとかさぁ〜」


軽口のつもりだった。


だが、レイは一切笑わない。


「必要ない」


一言で切り捨てられる。


「お前が適任だ」


その視線に、冗談は一切含まれていなかった。


「なぜ?」


テーブルに片肘着いて問い掛けると、レイは眼鏡を押し上げた。


「地獄門を引き出させろ」


地獄門。


祈扉術の三種の扉のうちの一つ。


生成と同時に死を確定させる術。


名前だけは知ってる。


「は?」


思わず間抜けな声が漏れる。


いや、意味は分かる。


分かるけど――


その使い方が、狂ってる。


「確かに、カイが適任かもねぇ〜」


リオがオレンジジュースを飲みながら割って入ってくる。


「お前ら俺に死ねって言ってんのっ!? 酷くねッ!?」


レイは腕を組んで言い放った。


「違う。門の生成を始めたら気を引け」


「マジで言ってんの?生成したら勝ちの術だろ?」


「気を一瞬でも逸らせば勝ちだ。」


「意味わかんねぇ………」


俺は頭を抱えた。

そんな俺の背中をリオが叩く。


「安心しなって、説明しよーう!」


ジュースを煽って言ったリオ。

完成に酔っ払いのノリ。


「地獄門は祈扉術の中でも生成が一番難しいの。扉開いたら確実に殺れるからね、体現出来る人間がまず稀」


くるくるとストローを回しながら、リオが言った。


「――何が安心出来るんだよっ!!」


「でも条件がある」


「………条件?」


聞き返せば、リオがニヤッと笑う。


「地獄門は代償が必要なの。扉の生成と引き換えに霊核を使う。つまり、術者は自分の核を使って扉を開く」


「じゃぁ、一回しか使えないってことか?」


「いや、生成して違う核を引きずり込めば自分の核は取られずに済む、だから、引きずり込む前に扉を壊しちゃえば術者は死ぬってだけ」


「成程。」


「地獄門の生成には、かなり複雑だから気が逸れれば簡単に崩れる」 


――つまり。


開かせた時点で、半分終わりってことか。


「……おい、それ」


思わず顔を上げる。


「引きずり込む前に壊せば、確実に殺せるってことじゃねぇか」


「あくまで門を開かせないのではなく、崩させる事が重要だ」


レイは淡々とそう言った。


まるで、それが最も効率のいい殺し方だと言うように。


「じゃあ、お前は?」


軽く顎で示す。


レイは一瞬だけ視線を向けた。


「竹中集は俺がやる」


「は?武道祭じゃなくて?あの弱そうな奴?」


「思考の回し方が近い。放置すると面倒になりそうだからな」



***



次の角を曲がった瞬間だった。


空気が、変わった。


「……っ」


音が、消える。


足音も、風も、全部。


悟ったか?


だが、レイは動じること無く歩き続ける。

前を歩くレイの背中だけが、やけに鮮明に見えた。


レイの声が静かに落ちる。


「一旦ここで、離れる」


「は?」


「ハレとカイは現場に先回りしろ。俺が引きずり込む」


俺は思わず隣を見る。


こういう時のハレは、たまに面倒くさがる。

レイの傍を離れたがらない時だってある。


でも——


「うん、わかった」


拍子抜けするくらい素直だった。

ハレはレイを見上げて、小さく笑う。


「じゃあ、あとでね」


それだけ言って、躊躇いなく踵を返す。

引き止めもしない。 甘えもしない。 わがままひとつ言わない。


……ああ、そういうとこなんだよな。

ハレが一番ちゃんとしてるのは、 結局、レイの前だけだ。


「……ほんと、お前らさぁ」


思わず呟くと、レイがちらりとこっちを見た。


「何か言ったか?」


「別に」


軽く肩を竦めて、俺も歩き出す。

背中越しでも分かる。

ハレはもう、振り返らない。

レイがそうしろと言ったなら、 あいつはちゃんと従う。


どれだけ傍に居たくても。 どれだけ今、機嫌が良くても。


「レイ相手だとほんと聞き分けいいよな」


聞こえないぐらいの声量で俺は呟いた。


***


レイと別れて、しばらく歩き現場に到着した俺達。

ハレは軽い足取りで、まるで散歩みたいに歩いてた。

 

「ねぇカイ」

 

指定位置に着くと、振り返りもせずにハレは言う。

 

「さっきの5センチ」

 

「まだ言ってんのかよ」

 

「ちゃんと出来るかなって思って」

 

声は軽い。

ほんとに軽い。

 

でも——

 

「まぁ、お前なら出来んじゃね?」

 

そう返すと、ハレは小さく笑った。

 

「そうだね。」

 

その一言で、空気が変わる。 

さっきまでと同じはずなのに、

何かが揃った感じ。 

その声には、もう遊びの気配はなかった。


視線の先には、レイ。


廃ビルが立ち並んだ場所。

無理矢理作られた更地の中央にレイは一人立っていた。


予定通り。

あとは三人組がちゃんと着いてくるか。

 

「……来たよ」


ハレが呟いた。


距離、位置、動き。

全部、想定通り。

 

レイが、軽く眼鏡を押し上げる。


 

――来たか。

 

その合図を見た瞬間、

身体が勝手に動いてた。

 

「行くぞ」

 

言うまでもない。

ハレも、もう走り出してる。

風を裂くように、一気に間合いを詰める。


その瞬間、

空の色が、ほんの少しだけ濁って見えた。



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