紫月花の非情――40
私は最初から、前線の人間じゃなかった。
実家は貧乏なのに、大家族。
兄妹が8人も居て、家計は火の車だった。
たまたま、霊力を操る事が出来て、
たまたま、霊災って言う自然現象が起きてて、
ちょっと手が器用だった私は――
護身用のハンドメイドアクセサリーを売って、
お金稼ぎをしてた所を霊対庁に見つかってスカウトされた。
中学生を庁の職員になんて、馬鹿げてると思ったけど、
自室も無い田舎の家から出られて、衣食住も整ってて、
稼ぎが親より多いなんて言われれば、飛び付くしかなかった。
霊対庁研究開発部門の仕事は、まあまあ楽しかった。
霊核構造を調べて、理論でまとめて――
「それが使えるかどうか」を判断する仕事。
まぉ、正確に言えば――
使っていいかどうかを決める側。
だから、知ってる。
守るためのものが、どこで資源に変わるのか………。
それでも。
現場に出るつもりなんて、なかった私を
引っ張り出したのは、レイだった。
***
私はアクセサリー型の補助武器を作っていた。
実用性より、装着性と安定性重視。
……要するに、地味な仕事。
だけど、自分で考えて、
良いなと思ったものを形にするのが、楽しくて仕方なかった。
そして、そこによく来る子がいた。
研究開発室の棚を覗き込んで、
指輪やネックレスを手に取って笑う。
——ハレ。
第一印象は、可哀想な子だった。
特殊な体質のせいで、研究開発部門に良いように研究されて、
半月に1回は、力の安定を図る検査。
「これ、可愛いっ!!」
目的なんて、ない。
ただ、可愛いから。
その日も、そうだった。
「リオ、これ作ったの?」
そう聞かれて、私は少しだけ誇らしくなった。
その時だった。
「……ハレ」
廊下の向こうから、低い声。
ハレを探して歩いていたレイが、私を一瞬だけ見た。
武器でも、資料でもなく、私の作品を――
そして、短く言った。
「前線、興味あるか」
私は断らなかった。
それからは、現場対策部門に席を置いて、
たまに研究開発部門に顔出して新作を作る。
そんな日々をずっと過ごしてる。
強制もされてないのになんで断らなかったのか、
今でも良く考えるけど、良く分かんない。
きっとあの時、ハレを妹達に重ねたのかもしれない。
もしかしたら、2人の関係に家族の温かさを思い出したのかもしれない。
それでも、ここに来たことを後悔するなんて――
私は一度もなかった。
***
「あんた達がなにをしようとしてるか、武道祭達の事も――
ハレが、紫月花だってことも………」
沈黙が落ちたまま、誰も動かなかった。
……あ、これ。
今の一瞬で、全部つながった。
私は小さく息を吐いて、肩をすくめる。
「……あ、今の反応で分かった」
わざと軽く言ったのに、空気だけは一段、重くなる。
カイは一瞬、口を開きかけて——やめた。
レイは、相変わらず何も言わない。
でもね。
否定しない時点で、もう十分なんだよ。
「とにかく、私はもう知らない側には戻らないから!」
ソファに座って宣言した。
カイが、観念したみたいに視線を逸らし、
レイは否定もせず、ただため息をつく。
それが彼等の肯定のサイン。
私は内心で小さくガッツポーズを決めつつ、表情は崩さない。
「で、確認させて?」
視線を、今度はレイに向ける。
「ハレが狙われてるんだよね?」
一拍。
「目的の為に必要とされてる。しかも、本人の意思とか関係なく――」
レイの眉が、ほんの僅かに動いた。
——ああ、やっぱり。
「つまりさ」
私は、言葉を選びながら続ける。
「誰かが奪いたいんじゃなくて、
使わなきゃいけない理由がある、だよね?」
部屋の空気が、静かに凍る。
「それが、常祈戸村?」
カイが、小さく舌打ちした。
「……ほんと、勘だけで突っ込んでくる女だな」
「褒め言葉として受け取っとく」
私は笑って、でも視線は逸らさない。
「ねぇ。祈扉術って知ってる?」
その言葉を出した瞬間――
レイの視線が、完全に私を捉えた。
——来た。
話は、ここからだ。
***
「私は立場上、祈扉術には結構詳しいよ」
「だろうな」
カイがポツリと呟いて、
レイは無言のまま、見向きもしない。
「天の扉、無の間、地獄の門。3つの扉があって――」
敢えて句切る。
2人は動きもしない。
つまり、ここまでは分かってるってこと。
なら――
「あと、もう一つ」
カイが顔を上げ、レイの手が僅かに動いた。
これは私にとって、賭けだ。
「全てに通じる――鍵がある」
その瞬間、
「説明しろ」
低い声が響いた。
4つ目の鍵。
これは研究開発部門の中でもかなり重要な機密。
もし何かあった時の為に、レイを止める最後の手段だった。
「条件次第では、教えてもいいよ」
途端に部屋の空気が凍る。
「無条件で言え」
「無理」
言い切るとカイが私の肩を揺する。
「お前っ、正気か?」
「勿論」
絶対に負けない。
簡単には教えないんだから。
「なら出ていけ、自分で調べる」
レイは私を追い出そうとする。ちっとも向きやしない。
でも大丈夫。
ここまでは予想通り。
「データも無い。人間の頭の中にしかない情報だよ?」
揺さぶりをかければ、レイは腕を組んで息を吐く。
「吐かせれば問題ない」
本当にレイは、人に頼る事が出来ない。
いや、選択肢すら無いんだ。
「総当たりするつもり?口を割るかどうかも分からないのに?
――時間、あるの?」
「やり方はいくらでもある」
ほんと、ブレない。
まあ、想定内だけど。
そろそろ、蹴りつけようか。
「ハレの検査の意味、わかってる?」
「俺が知らないわけないだろ」
「ただのスキャンで、研究者が――」
そこで、私は言葉を切った。
わざとだ。
「……月に二回も、同じ子を呼び出すと思う?」
空気が、ぴたりと止まる。
レイの視線が、ようやくこちらに向いた。
鋭い。
でも——遅い。
「安定性の確認、霊力の循環量、負荷耐性……名目はいくらでも作れる」
私は指を一本立てる。
「でもね。祈扉術の鍵を扱う場合、確認しなきゃいけないのは——」
少しだけ、声を落とす。
「壊れ方だよ」
カイが、はっきりと顔色を変えた。
「……おい」
「鍵はね――」
私は、研究者の顔で言った。
「使われる前提で、壊れる前提で、それでも開けられるかを測られる」
沈黙。
「祈扉術における鍵は、術式じゃない。道具でもない」
私は、ゆっくりと続ける。
「人間、ハレそのものだよ」
レイの指が、ぎゅっと組まれる。
淡々と、事実だけを並べる。
「高い霊力容量。循環に耐えうる肉体。そして——」
一拍。
「自分が鍵だと自覚しないこと」
カイが、低く息を吐いた。
「……最悪」
「でしょ?」
私は肩をすくめる。
「自覚した瞬間、鍵は鍵じゃなくなる。拒否が生まれるから――だから、検査は、検査の顔をしてる。だから、ハレには何も教えない」
言葉が、床に落ちる。
「今のレイのやり方は研究者の思うツボ」
私は、はっきり言った。
「使える状態のハレを勝手に保ってくれるから」
レイは、何も言わない。
否定もしない。
怒鳴りもしない。
それが、答えだった。
「……で?」
私は一歩、前に出る。
「ここまで聞いて、まだ私を追い出す?」
レイは、しばらく黙ってから言った。
「条件は」
「簡単」
私は即答した。
「ハレをここに入れる。ちゃんとハレに教えて選択させること」
カイが、思わず声を上げる。
「無茶言うな!」
「無茶じゃない」
私は、レイを見る。
「ねぇレイ、あんたが今やってることは、ハレを守ってない。ただ選択肢を奪って閉じ込めてるだけ」
言葉は選ばない。
慰めは使わない。
事実を突きつける。
——それだけ。
「ちゃんとハレにも選ばせてあげて」
長い沈黙。
レイは、目を伏せたまま言った。
「……それが出来るなら」
低く。
「俺は、最初からここに居ない」
ああ、そうだ。
この人はもう、戻れない側に立ってる。
私は、少しだけ息を吐いた。
「そっか」
一拍。
「選ばれる自信がないんだ。」
笑ったわけじゃない。
でも、優しくもなかった。
「……それってさ」
視線を逸らさずに言う。
「あんたが、人間だって証拠だと思うよ」
私は立ち上がった。
「じゃ、起こしてくる」
誰の許可も取らずに。
だってこれは、守るかどうかじゃなくて――
選ばせるかどうかの話だから。




