表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/52

紫月花の非情――37



2週間が経った。


――正確には、14日と数時間。

霊災害対策庁が、正式に動き出してからの時間だ。


追跡命令。

捕獲指示。

反逆者指定。


武道祭、竹中集、桃崎円。


三人の名前は、すでに内部記録に登録され、

反逆者の対象番号が割り振られた。


霊対庁は本気だった。

監視網は張られ、結界は組み直され、

依頼ルートは次々と遮断されていった。

それでも


2週間。

それだけの時間が経ったにも関わらず、三人は、まだ捕まっていない。

逃げ回っているわけじゃない。

追い詰められている様子もない。

まるで最初から、追跡される前提で動いているかのように。


張り込みは外され、検問は避けられ、

監視は、気づいた時には無効化されている。


霊対庁の網は確かに存在している。


だが――


その網を、最初から通らない動き方をしている。

現場はざわつき、報告書は山積みになり、

上層部の苛立ちは日ごとに増していった。


それでも結果は変わらない。

捕まらないのではない。

捕まえられない。



でもある日を境に変わった。


追っているはずなのに、庁内が妙に静かになった。

張り込みを辞め、追跡も止まった。

なのに、報告はない。


——これは撤退じゃない。


誰かが、上から触った。

俺はスマホをポケットに戻して、小さく息を吐いた。


こういう時に動くのは、いつも一人だけだ。


「そろそろ、相棒に昇格したいよな……

まぁ、承認してくれるかは、知らないけど」



追う奴が変わった――


……なら。


俺は俺の仕事をするだけだ。



***



低く響く時計の音。

狭くも整ったミーティングルームには、レイと俺の二人だけ。


「カイ、なんの用だ」


俺に呼び出されたレイは、少し不満そうに椅子に座った。

まぁ、ハレとの時間邪魔しちゃったし?

後で相手を頼んだリオに怒られるのはわかってるんだけどさ、

俺は机を挟み、向かい合う。


「で? レイ君はどうしたいわけ?」


皮肉混じりに言った言葉は、問いというより揺さぶりだった。


「なんの話だ」


「あの3人組の件。お前が引き受けたんだろ?」


レイはスマホに目を落としたまま答えない。


「黙るんだ。図星か?」


「……くだらない茶番はやめろ」


「お前が先に始めたんだろ。

紫月花のこと……何も知らないフリして、何がしたいんだよ」


レイの手が、音もなく止まる。


「どうでもいいだろ。俺が何を思って動こうが」


その声は冷たく、何も――

まるで、自分以外信用していないとでも言ってるようだった。


「よくねぇよ。お前が隠してることが、

ハレと関係してるって気付いてるから、俺は今ここにいる」


レイが顔を上げた。

目が合う。


瞬間、空気が、ぴんと張り詰めた糸のように静止する。


「……お前には関係ない」


「関係無くないね」


レイがわずかに眉を動かした。


「お前に……何がわかる」


「分からない。でも、分かりたいと思ってる。

少なくとも、俺は――お前のこと、放っておきたいとは思えないんだよ」


レイの口元がわずかに歪んだ。


それが怒りなのか、迷いなのか、判別はつかない。


ただ、

「………ついてこい」


レイの声がミーティングルームに響いた。



***


庁の地下駐車場は、いつ来ても空気が冷たい。

コンクリートに反響する足音だけがやけに大きくて、

もう戻れないってことを、否応なく思わせる。


黒い庁の車が一台、運転手が待っていた。

無言でドアが開き、俺とレイは後部座席に並んで座る。


シートはやたらと上質で、だから余計に落ち着かない。

前の席に座った運転手が、ミラー越しに一瞬だけこちらを見た。


「どこに向かわれますか」


レイは一拍だけ置いて、淡々と答える。


「——旧第七エリア。廃棄エリアの研究施設だ」


それだけ。

確認も、言い直しもない。

運転手は「了解しました」と短く返し、エンジンをかけた。


——ゴウン。


低い振動が車体を伝って、足元から腹の奥まで響く。

ドアが閉まり、外界との接点が完全に断たれた。


……静かだ。


会話はない。

レイは窓の外を見たまま、俺の方を一切見ない。

聞こえるのは、エンジン音と、タイヤが路面を噛む規則的な音だけ。

俺は背もたれに体を預けて、天井を見上げた。


ここまで来たら、もう引き返せない。

レイが本気で“そこ”に連れていく気だって、嫌でも分かる。


研究施設ってなんだよ。

そこでお前等に何があったわけ?


隣にいるレイは、相変わらず無表情で、まるでこれから向かう場所が

地獄でも、過去でも、救いでもないみたいな顔をしている。


何も言わないくせに、何もかも決めて、

全部背負って、それでも一人で行こうとする。


エンジン音が、少しだけ大きくなった。

地下を抜け、地上へ出た合図だ。

俺は小さく息を吐いて、心の中で呟く。


だったら——

最後まで付き合うしかない。この車が止まる場所まで。

この沈黙が壊れる、その瞬間まで。

俺は、何も言わずに前を向いた。


淡々と響くエンジン音が、

まるで悲鳴のように聞こえた。



***


車が止まった。

エンジン音が切れた瞬間、世界から音が一つ消えたみたいだった。


「……到着しました」


運転手の声は淡々としていて、

まるでここが目的地じゃないみたいな言い方だった。


ドアが開くと、外の空気が肺の奥まで一気に入り込んでくる。


目の前にあったのは、コンクリート打ちっぱなしの建物。

外壁はひび割れて、蔦が絡まり、窓ガラスの何枚かは黒く曇っている。


……廃墟。

そう呼べば、それで済みそうなのに、違う。


完全に死んでるわけじゃない。

外灯は落ちてるのに、敷地の奥、建物の内部にだけ、

微かに淡い光が見えた。


——生きてるのか。


それが、いちばん気持ち悪かった。


「……うわ」


思わず、声が漏れる。

誰かが手入れしてる、誰かが、今もここを使ってる。

ただの放置じゃない。

切り捨てられたあとに、必要な部分だけ残された場所。

柵は錆びてるのに、電子ロックは外見には似つかないほど新しい。

表の看板は剥がされてるのに、

監視カメラだけは、しっかり生きてる。


——隠す気、満々じゃん。

俺は無意識に、肩をすくめた。


隣を見ると、レイは何も言わず、ただ建物を見上げていた。

懐かしむでもなく、嫌悪するでもなく、

まるで最初からここにあると知っていた景色みたいに。


その横顔を見た瞬間、胸の奥が、嫌な音を立てた。


ここは——レイにとっての“過去”だ。


俺が知らなくて、ハレだけが知ってる。

もしかしたらハレも覚えてないかもしれない。


でも、確実に今のレイを作った場所。


「……なぁ」


声をかけようとして、やめた。

ここで軽口を叩くのは、たぶん俺の役目じゃない。


レイは歩き出す。

足音がコンクリートに反響して、やけに大きく聞こえた。


入口のドアは、レイがロックを解除すると

一瞬の間を置いて、静かに開く。


中は薄暗い。


でも白い壁が非常灯の明かりを受けて、

じんわりと気味が悪い明るさだった。


研究施設。

そう呼ぶには、あまりにも静かで、

あまりにも、人の気配が削ぎ落とされすぎている。


扉が、背後で静かに閉まる。


でもなんでかな、レイの背中を見てるとなんか安心するんだよな。

 


俺はただ、レイの後をついて歩いた。

レイはまっすぐ地下に向かっていた。


廃病院みたいな暗い階段をまっすぐ降りて、

たどり着いたのは地下3階――


「ここまで、来てたのか………」


足を止めたレイ。

目の前には分厚い扉が少し曲がってる。

左右の扉の中心が少し曲がってて、

誰かがこじ開けたみたいだった。


「これ、大丈夫なん?」


廃れてるけど、仮にも庁の持ち物だろ?


「問題ない。機密事項はすべて移してある」


落ち着いたままのレイは、ゆっくりとその扉を開く


だが、俺は、落ち着いてはいられなかった。


真っ白いタイル張りの部屋。

旧型の霊波感知器。古臭い医療器具。

なんか良く分かんねえ資料が並べられてる棚。


それだけじゃない。

小さいテーブルに、場違いな子供用の椅子。

壁に落書きされてたり、折り紙が置いてあったり

子供用の物がちらほらと目につく。


「こっちだ」


レイが棚を動かし始める。

書類棚がどかされると、そこにはもう一つ扉が隠されていた。

レイは慣れた手付きでその扉を開け、電気をつける。


「な、なんだよっ………これっ………」


その扉の向こうは、ただ白かった。

床も壁も真っ白で、窓も何も無い。

部屋の隅には小さいベットが2台と、子供用の机と椅子、玩具。

尊厳も何も無い、剥き出しの便器とシャワーまで。

ここで生活を完結させる様な場所。


どこからどう見ても、


ここは――


檻だった。


「ここが、俺とハレの過去だ」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ