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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――36



「レイ〜〜〜〜〜〜!!ここにいるんでしょ〜〜!!!」


………終わった。

俺、完全に終わった。


レイの指示通り、ハレを止める事が出来なかった俺。

結局ハレは、レイの所にたどり着いてしまった。


やってきたのは、古びた工場跡地。

ハレは柵をヒョイと飛び越えて、一つの建物の扉を開けた。


つーか、なんでレイの居場所分かるわけ?

もしかして、レイセンサーでも付いてる?


あ、そっか、この子にとってレイは酸素だもんな………。


「苦しくない方に歩けば良いのか、ははは………じゃねぇっ!!」


そんな脳内漫才を吹き飛ばして俺は対策を立て始める。


勿論、俺が死なない為の対策。


ハレがどうしてもって言うからとか、

暴走して止められなかったとか…

レイが仕方ないなって言ってくれるようなやつ………。


うん、無い。


とりあえず、帰りの車を呼んで運転手を巻き込む。

あわよくば、話のすり替えを………。

スマホで迎えの車を呼んで、俺は息を吐いた。

先に謝ってしまえば良い。

ハレの前ならそんなに怒られはしないから。


そう思って、建物の中に踏み込んだ時だった――


「おい、花っ……!おい……!お前っ、生きて……」


聞こえてきたのは、レイでもハレでもない声。

散々調べた、武道祭の声だった。


花って、紫月花って子だよな?

やっと、再会出来た感じ?

感動の再会シーン、出くわしちゃった!?


だが――


「え?貴方達、誰?」


ハレのその言葉で、カチッと脳内で何かが噛み合う。


「………俺だよ!祭っ!集と円もいるんだぞ!

――ずっと花の事っ、探してたんだぞ!!」


思考がどんどん冴えていく。


状況、データ、予測を元に脳が勝手に演算を始める。

弾き出した答え、レイの思惑を悟った俺は咄嗟に身を隠した。



「やべぇ………修羅場じゃん」



***



「レイ、早く帰ろ〜〜。お菓子買ってきたんだぁ〜」 


ハレはいつもの甘えモードだった。

レイがハレを抱き寄せる。


「悪かった。……帰ろうか」


俺はといえば、完全に出る幕を逃してた。


状況は大体把握した。

武道祭たちが探してる花がハレと同一人物だってこと。

だが、ハレはなぜか全く覚えてないこと。

そしてレイが、敢えてハレに何も教えてないことも。


レイの言動、仕草、雰囲気――

全てが俺に確証を与えた。


レイとハレがこちらに向かって歩いてくる。

もうレイの目は完全に勝利を確信していた。

ハレは俺のものだ、お前にはやらないと言うように。


「待てよっ!!まだ話は終わってねぇ!!」


でも、武道祭は諦めて居なかった。


「なあ、花。……俺だよ。俺、祭だよ」

 

必死に、ただ、言葉を投げていた。


「……思い出してくれよ!花っ!」


ハレを花と呼んだ武道祭。


レイの顔がまた一段と曇る。


あぁ、ヤバい。


マジでキレるぞ。


その刹那――


「……レイに触らないで?」


いつものハレと変わらない声。

でも、俺の知らない響きだった。


声が身体の中心まで響いてきて、骨がギシギシ言ってるような間隔。

向けられて無い俺ですら身震いするような、濃くて、鋭いもの。


俺には武道祭の喉元に刀が突き立てられているように見えた。

物理では何も触れてないのに、現状を理解する前に――

頭の中でイメージが完成させられる。


「私はハレだって、言ったよね?」


容赦の無い殺気に――

武道祭は完全に動きを止めた。


隣に居るレイはちっとも動じていない。

こうなる事を読んでたのか、そう仕組んだのか………。

俺には分かんなかったけど、完全にレイの望む形に纏まった瞬間だった。


「……帰ろうか、ハレ」


レイはハレのフードを戻した。

ハレはレイに身体を預けて、何事も無かったかのように、

一緒に歩いてくる。


その瞬間、レイの視線が俺を突き刺した。


やべぇ、バレてる……。


俺は敢えていつも通りに、口を開く。


「お疲れ〜!車回しといたぞー!」


俺の顔は奴等に割れてる。

ここでの俺の仕事は、奴等を折ることだ。

普段ダサいのなんてつけないんだけどね?


「……カイっ」 


誰かに名前を呼ばれて、俺はゆっくり振り返った。

声は出さない。だけど情報は少しくれてやる。

 

ゆっくり、確実に目を引きつけるように、

ちょっとだけ霊力を集中させて――

腕章の印字を強調させる。


その瞬間、レイと視線が合い、僅かに口角が上がった。


ああ、やっぱり――


「カイ、ハレを寄越すなって言ったよな?」


レイの芝居が始まる。


「ごめんごめん!レイに会いたいって暴走しちゃってさぁ〜、追いかけたんだけど全然追いつかないの〜」


「あのなぁ」


「まぁまぁ、それだけお前の事愛してんじゃん?な?」


トン――と肩を叩くと、レイはやっと笑った。


「いくぞ」


全ては計算の内だった。


ハレを俺に足止めさせて、暴走させて自ら踏み込ませ、

奴等を完全にへし折る。


こんな酷いなんて済まない現場も見せつけても尚、 

俺がお前を嫌いに慣れないってことすらも――



「ほんと、お前は重いわぁ〜」



***


共同リビングのソファに、俺は一人で沈んでいた。


照明は落としてある。

今はちょっと、明るく出来る気分じゃなかったから。


しばらくして、廊下の奥の扉が開いた。


「……あれ? カイ?」


リオだった。

部屋着のまま、髪を一つにまとめて、あくびを噛み殺してる。


「どした? なんか顔、死んでない?」


「んー……ちょっとな。面倒なもん見ちゃってさ」


「レイとハレ関係?」


「そう」


「ふーん」


それだけ言って、リオはそれ以上聞かなかった。


昔からそうだ。

リオは深掘りしないし、踏み込まない。


「まぁ、レイは昔からハレ命じゃん?」


「……だよな」


軽い調子なのに、的確すぎて笑えなかった。

その時だった。


——ポロン。


静かな音が、廊下の奥から流れてきた。


ピアノだ。


一定のテンポで、迷いのない音。

鍵盤を叩く力も、間も、すべてが揃っている。


「あー……また弾いてるな」


俺は、そう思った。

ハレだ。


機嫌がいい時か、落ち着きたい時か。

あの部屋から聞こえる音は、いつもそうだった。


「ハレ、ほんと好きだよな。ピアノ」 


「だねー。あの子、音出してると落ち着くタイプなのかな?」


リオはそう言って、冷蔵庫から水を取り出した。


俺は、少しだけ違和感を覚えていた。

俺はハレがピアノを弾いてるところを見たことがない。

それは多分、リオも同じ。

まぁ、ピアノを弾いてるハレなんて………

レイがほかの誰かに見せるわけがない。


そもそも、ハレがピアノを弾くイメージがない。


綺麗すぎる音。癖がない抑揚。躊躇いがない運び。

感情の揺れも、速度の乱れもない。


いつものハレの音は、もう少し自由で、

きっともう少し……転ぶ。


でも、今聞こえているのは——完璧な音だった。


……まぁ、誰にでも特技はあるか。


そう思って、俺は背もたれに頭を預けた。


なんとなく、ここに初めてきた時を思い出す。

あの日もこうやって俺は、ピアノの音を聴いていた。


たまたま霊力が操れて、色々悪さしてた俺。

レイに拾われたのは、ただ使えそうだったから。


恩も、感謝も、最初はなかった。

正直、レイのことも別に好きじゃなかった。

同い年のくせに大人ぶってて、異常なまでにハレに執着してて、

重度の恋愛病だなって思ってた。


でも、一緒に暮らしてると見えてくる。

俺が中学に通ってる間、レイは庁で働いてた。


学生生活も、普通の日常も、全部捨てて。

未来のことばっかり考えて、自分の命なんて、

まるで駒の一部みたいに扱って。


そんな奴が、

唯一、壊れそうになるくらい大事にしてるのが——ハレだった。


ピアノの音が、少しだけ強くなる。

それでも、ズレない。


一音たりとも。


「……まぁ、さ」


俺は小さく呟いた。


「それぐらい好きにしてやっても、いいんじゃねぇかなって」


誰に聞かせるわけでもなかった。


ピアノは最後の和音を、綺麗に響かせて止まった。

その直後、微かに聞こえた声。


「……レイすごいっ」 


——ハレの声だった。


一瞬、思考が止まる。

リオも、ぴたりと動きを止めた。 


数秒後、扉の奥で、また鍵盤が鳴る。

同じ旋律。同じ、完璧な音。


——ああ、そういうことか。


弾いてるのは、ハレじゃない。

レイだ。

ハレのために。

ハレが安心する音を、何百回も、何千回も練習して。

俺は、思わず笑った。


「……ほんと、重いわ。」


でも、不思議と嫌じゃなかった。


リオは笑って部屋に戻っていく。



やっぱお前、ずりぃよ。


ハレは俺の全てだとかマジで言っちゃってさ、

でも言葉だけじゃなくて、必ず行動で示してくる。


自分の全てを賭けて守りたいものがあるお前。

色々ぶっ飛んでて、やらかしたりもするけどさ――


「…………カッコよすぎんだよ。ホント、ムカつく」



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