紫月花の非情――36
「レイ〜〜〜〜〜〜!!ここにいるんでしょ〜〜!!!」
………終わった。
俺、完全に終わった。
レイの指示通り、ハレを止める事が出来なかった俺。
結局ハレは、レイの所にたどり着いてしまった。
やってきたのは、古びた工場跡地。
ハレは柵をヒョイと飛び越えて、一つの建物の扉を開けた。
つーか、なんでレイの居場所分かるわけ?
もしかして、レイセンサーでも付いてる?
あ、そっか、この子にとってレイは酸素だもんな………。
「苦しくない方に歩けば良いのか、ははは………じゃねぇっ!!」
そんな脳内漫才を吹き飛ばして俺は対策を立て始める。
勿論、俺が死なない為の対策。
ハレがどうしてもって言うからとか、
暴走して止められなかったとか…
レイが仕方ないなって言ってくれるようなやつ………。
うん、無い。
とりあえず、帰りの車を呼んで運転手を巻き込む。
あわよくば、話のすり替えを………。
スマホで迎えの車を呼んで、俺は息を吐いた。
先に謝ってしまえば良い。
ハレの前ならそんなに怒られはしないから。
そう思って、建物の中に踏み込んだ時だった――
「おい、花っ……!おい……!お前っ、生きて……」
聞こえてきたのは、レイでもハレでもない声。
散々調べた、武道祭の声だった。
花って、紫月花って子だよな?
やっと、再会出来た感じ?
感動の再会シーン、出くわしちゃった!?
だが――
「え?貴方達、誰?」
ハレのその言葉で、カチッと脳内で何かが噛み合う。
「………俺だよ!祭っ!集と円もいるんだぞ!
――ずっと花の事っ、探してたんだぞ!!」
思考がどんどん冴えていく。
状況、データ、予測を元に脳が勝手に演算を始める。
弾き出した答え、レイの思惑を悟った俺は咄嗟に身を隠した。
「やべぇ………修羅場じゃん」
***
「レイ、早く帰ろ〜〜。お菓子買ってきたんだぁ〜」
ハレはいつもの甘えモードだった。
レイがハレを抱き寄せる。
「悪かった。……帰ろうか」
俺はといえば、完全に出る幕を逃してた。
状況は大体把握した。
武道祭たちが探してる花がハレと同一人物だってこと。
だが、ハレはなぜか全く覚えてないこと。
そしてレイが、敢えてハレに何も教えてないことも。
レイの言動、仕草、雰囲気――
全てが俺に確証を与えた。
レイとハレがこちらに向かって歩いてくる。
もうレイの目は完全に勝利を確信していた。
ハレは俺のものだ、お前にはやらないと言うように。
「待てよっ!!まだ話は終わってねぇ!!」
でも、武道祭は諦めて居なかった。
「なあ、花。……俺だよ。俺、祭だよ」
必死に、ただ、言葉を投げていた。
「……思い出してくれよ!花っ!」
ハレを花と呼んだ武道祭。
レイの顔がまた一段と曇る。
あぁ、ヤバい。
マジでキレるぞ。
その刹那――
「……レイに触らないで?」
いつものハレと変わらない声。
でも、俺の知らない響きだった。
声が身体の中心まで響いてきて、骨がギシギシ言ってるような間隔。
向けられて無い俺ですら身震いするような、濃くて、鋭いもの。
俺には武道祭の喉元に刀が突き立てられているように見えた。
物理では何も触れてないのに、現状を理解する前に――
頭の中でイメージが完成させられる。
「私はハレだって、言ったよね?」
容赦の無い殺気に――
武道祭は完全に動きを止めた。
隣に居るレイはちっとも動じていない。
こうなる事を読んでたのか、そう仕組んだのか………。
俺には分かんなかったけど、完全にレイの望む形に纏まった瞬間だった。
「……帰ろうか、ハレ」
レイはハレのフードを戻した。
ハレはレイに身体を預けて、何事も無かったかのように、
一緒に歩いてくる。
その瞬間、レイの視線が俺を突き刺した。
やべぇ、バレてる……。
俺は敢えていつも通りに、口を開く。
「お疲れ〜!車回しといたぞー!」
俺の顔は奴等に割れてる。
ここでの俺の仕事は、奴等を折ることだ。
普段ダサいのなんてつけないんだけどね?
「……カイっ」
誰かに名前を呼ばれて、俺はゆっくり振り返った。
声は出さない。だけど情報は少しくれてやる。
ゆっくり、確実に目を引きつけるように、
ちょっとだけ霊力を集中させて――
腕章の印字を強調させる。
その瞬間、レイと視線が合い、僅かに口角が上がった。
ああ、やっぱり――
「カイ、ハレを寄越すなって言ったよな?」
レイの芝居が始まる。
「ごめんごめん!レイに会いたいって暴走しちゃってさぁ〜、追いかけたんだけど全然追いつかないの〜」
「あのなぁ」
「まぁまぁ、それだけお前の事愛してんじゃん?な?」
トン――と肩を叩くと、レイはやっと笑った。
「いくぞ」
全ては計算の内だった。
ハレを俺に足止めさせて、暴走させて自ら踏み込ませ、
奴等を完全にへし折る。
こんな酷いなんて済まない現場も見せつけても尚、
俺がお前を嫌いに慣れないってことすらも――
「ほんと、お前は重いわぁ〜」
***
共同リビングのソファに、俺は一人で沈んでいた。
照明は落としてある。
今はちょっと、明るく出来る気分じゃなかったから。
しばらくして、廊下の奥の扉が開いた。
「……あれ? カイ?」
リオだった。
部屋着のまま、髪を一つにまとめて、あくびを噛み殺してる。
「どした? なんか顔、死んでない?」
「んー……ちょっとな。面倒なもん見ちゃってさ」
「レイとハレ関係?」
「そう」
「ふーん」
それだけ言って、リオはそれ以上聞かなかった。
昔からそうだ。
リオは深掘りしないし、踏み込まない。
「まぁ、レイは昔からハレ命じゃん?」
「……だよな」
軽い調子なのに、的確すぎて笑えなかった。
その時だった。
——ポロン。
静かな音が、廊下の奥から流れてきた。
ピアノだ。
一定のテンポで、迷いのない音。
鍵盤を叩く力も、間も、すべてが揃っている。
「あー……また弾いてるな」
俺は、そう思った。
ハレだ。
機嫌がいい時か、落ち着きたい時か。
あの部屋から聞こえる音は、いつもそうだった。
「ハレ、ほんと好きだよな。ピアノ」
「だねー。あの子、音出してると落ち着くタイプなのかな?」
リオはそう言って、冷蔵庫から水を取り出した。
俺は、少しだけ違和感を覚えていた。
俺はハレがピアノを弾いてるところを見たことがない。
それは多分、リオも同じ。
まぁ、ピアノを弾いてるハレなんて………
レイがほかの誰かに見せるわけがない。
そもそも、ハレがピアノを弾くイメージがない。
綺麗すぎる音。癖がない抑揚。躊躇いがない運び。
感情の揺れも、速度の乱れもない。
いつものハレの音は、もう少し自由で、
きっともう少し……転ぶ。
でも、今聞こえているのは——完璧な音だった。
……まぁ、誰にでも特技はあるか。
そう思って、俺は背もたれに頭を預けた。
なんとなく、ここに初めてきた時を思い出す。
あの日もこうやって俺は、ピアノの音を聴いていた。
たまたま霊力が操れて、色々悪さしてた俺。
レイに拾われたのは、ただ使えそうだったから。
恩も、感謝も、最初はなかった。
正直、レイのことも別に好きじゃなかった。
同い年のくせに大人ぶってて、異常なまでにハレに執着してて、
重度の恋愛病だなって思ってた。
でも、一緒に暮らしてると見えてくる。
俺が中学に通ってる間、レイは庁で働いてた。
学生生活も、普通の日常も、全部捨てて。
未来のことばっかり考えて、自分の命なんて、
まるで駒の一部みたいに扱って。
そんな奴が、
唯一、壊れそうになるくらい大事にしてるのが——ハレだった。
ピアノの音が、少しだけ強くなる。
それでも、ズレない。
一音たりとも。
「……まぁ、さ」
俺は小さく呟いた。
「それぐらい好きにしてやっても、いいんじゃねぇかなって」
誰に聞かせるわけでもなかった。
ピアノは最後の和音を、綺麗に響かせて止まった。
その直後、微かに聞こえた声。
「……レイすごいっ」
——ハレの声だった。
一瞬、思考が止まる。
リオも、ぴたりと動きを止めた。
数秒後、扉の奥で、また鍵盤が鳴る。
同じ旋律。同じ、完璧な音。
——ああ、そういうことか。
弾いてるのは、ハレじゃない。
レイだ。
ハレのために。
ハレが安心する音を、何百回も、何千回も練習して。
俺は、思わず笑った。
「……ほんと、重いわ。」
でも、不思議と嫌じゃなかった。
リオは笑って部屋に戻っていく。
やっぱお前、ずりぃよ。
ハレは俺の全てだとかマジで言っちゃってさ、
でも言葉だけじゃなくて、必ず行動で示してくる。
自分の全てを賭けて守りたいものがあるお前。
色々ぶっ飛んでて、やらかしたりもするけどさ――
「…………カッコよすぎんだよ。ホント、ムカつく」




