表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/57

紫月花の非情――31




深夜二時。

寝室は静かで、窓の外には遠くの街灯りだけが滲んでいた。

隣ではハレが小さく寝息を立てている。

俺のシャツを掴んだまま、安心しきった顔で眠っていた。

「……」

頬にかかった髪を指で払う。

その仕草ひとつで、無意識に眉間の緊張が解けていく。

——こんなにも、守りたいと思うものがある。


目を閉じれば眠れるはずだった。

だが、ただ隣に在るこの温もりを確かめていたくて、

瞼を閉じることを躊躇っていた。


その時だった――


ウウウウウウウウ……ッ!!


突如、庁内に鳴り響く緊急警報。

赤い非常灯が室内を断続的に染め上げた。

俺は瞬時にベッドから跳ね起きた。

隣で寝ぼけるハレを揺さぶる。


「ハレ、起きろ。出るぞ」


「……ん、レ、イ?」


眠たげに擦る目。 


「ハレ、仕事だ」


だが俺の声の調子を聞いた瞬間、彼女の瞳に緊張の色が走った。


「仕事?」


「緊急事態だ」


——平穏は一瞬。

次の瞬間には、戦場に呼び戻される。



「ハレ、急げ」 


俺はベッドから飛び降りると、ハレを起こしクローゼットを開ける。

制服を手早く渡し、自分も着替える。


「これ、ボタン……」


小さな指が慌てて震えているのを見て、俺はその手を取った。

一つずつ確かめるようにボタンを留めてやる。


「……ハレなら大丈夫だ。落ち着け」


「……うん」


頷いたハレの瞳に、眠気はもうない。

いつもの無邪気さの奥に、覚悟の色が宿っていた。

靴を履かせ、髪を後ろでまとめる。

準備は数分とかからなかった。

ドアを開けると、ちょうど向かいの部屋からカイとリオも飛び出してきた。

カイはすでに肩を回して準備万端、

リオは髪をひとつに束ねながら冷静な顔。


「状況は?」


短く問いかける。


「まだ不明。これから確認する」


リオがモニターを指差す。

四人で駆け込んだリビングの中央。

壁一面のモニターがすでに起動し、東京都の地図が映し出されていた。


――赤。


地図上に表示された警告領域がじわじわと広がっていく。


「……嘘だろ」 


カイが低く唸る。

区画単位の小さな赤点は瞬く間に面を取り込み、

第一、第二、第三と——

わずか数十秒で、ほぼ都内全域が赤に覆われていた。


「……霊災、同時多発……?」


リオの声がかすれる。

これはもう偶発的な発生じゃない。


意図的な——災厄の拡散だ。


「レイ」 


俺を呼ぶ声に頷き返す。


「行くぞ」


俺たちは同時に立ち上がった。

椅子が軋む音よりも早く、足音がリビングを叩く。

俺が先頭に立ち、48階直通のエレベーターへ。

指紋と霊紋認証をかざすと、重厚な扉が静かに開いた。

システム音声が響き、四人が乗り込むと同時に扉が閉まり、重力が足元を引き下ろす感覚が走る。

エレベーターは真下へ、沈み込むように動き出した。

赤く点滅する地図の残像が頭に焼き付いて離れない。


——これは、過去最大の霊災だ。


「……絶対に終わらせる」


誰に言うでもなく、吐き捨てるように呟いた。

隣で、ハレが小さく頷いた気配があった。



***


48階——S級専用格納庫。


分厚い鋼鉄扉が開いた瞬間、冷たい空気と霊力の振動が肌を撫でた。

壁一面に並ぶ武器ラック、鎧のように配置された装備群。

奥には出撃用の輸送機が静かに待機している。

コツコツと複数の靴音が響く。

ここに立つたびに、戦場の匂いを思い出す。


「レイ……」 


不安げに俺を見上げるハレ。

まだ制服の腰は空いている。


「来い」


短く呼び寄せ、装備台から黒漆の鞘を手に取る。

刃渡りは彼女の体格に合わせて造られた、ハレ専用の刀。

しゃがんで、ベルトに通してやる。


「しっかり握れ。命を守るのは、まずこれだ」 


「……うん」


小さく返事をして、ハレは鞘に触れた。

その指の震えが、一瞬で覚悟に変わっていくのを見逃さない。

次は自分の武器台へ。

そこには数十本のナイフが規則正しく並んでいる。

俺は迷わず3本を抜き取り、ホルスターに差し込む。


「……たった3本で足りんの?」


後ろからカイの声。


「十分だ」


刃は選んだ瞬間に意味を持つ。

それ以上は不要。

横を見ると、リオはすでに準備を終えていた。

腰にベルト、両腕にブレスレット、指にリング。

一つひとつが霊力で変形し、武器へと姿を変える。


「ふふ、今日はどれを使おうかな」


楽しそうに笑うその姿に、緊張感すら揺らぐ。


そしてカイ。

——他の誰とも違う。

彼のラックには武器は一つもない。

並んでいるのは、

透明ケースに収められた数十個のルービックキューブだけ。

様々な素材で出来たキューブに数式や星座、回路模様……等が一つひとつが精巧に刻まれ、美術品の展示棚のように光を反射している。


「……またそれか」


思わず低く呟いた。

リオが肩を揺らして笑う。


「芸術品コーナーだね」


だがカイは真剣な顔で、ケースに並ぶキューブを吟味していた。 


「違ぇって。俺にはこれが一番しっくり来るんだよ」


そう言って手を伸ばし、クリスタル製のキューブを取る。


「……よし、今日の相棒はお前。準備オッケー!」


ハレは笑いながらカイに問いかけた。


「カイ、また現場でカチャカチャするの?」


「当たり前だろ?」


「おもちゃなのに?」


俺は眉をひそめながらも、その言葉を否定しなかった。

——遊びじゃないことを、俺たちは知っている。

カイはにやりと笑い、キューブをポケットに収める。

 

「おもちゃじゃねぇよ。これが俺の武器だ」


輸送機のエンジンが唸りを上げ、格納庫全体が震えた。

緊張の空気が一気に戻ってくる。


——準備は整った。


「ハレはリオと行け」


「う、うんっ…………」


いつもなら俺と一緒が良いとゴネるハレも事態が事態なだけに、

今日ばかりはゴネなかった。


「第一から第四エリアを俺とカイ、第五、第六をハレとリオで行く」


「オッケー」


「了解!」


「分かった」  


手短に伝えるとそれぞれが格納庫から出てエレベーターに乗り込むと、

ハレが俺の袖を掴んだ。 


「レイ…………」


その表情には不安が滲んでいた。

エレベーターが15階で止まると、俺はハレの背中をそっと押した。


「大丈夫だ。無線を繋ぎ忘れるな」


「うん」 


ハレとリオがエレベーターを降りて扉がしまる。

俺は一つ息を吐いて意識を集中させた。


霊対庁のエリアマップにより、都内は6つのエリアに分けられている。

優先順位は数が若いほど優先される。

そして庁が並ぶここ、官庁街は第一エリアに当たる。

つまり最優先に守らなければ行けない場所だ。


***


庁の外は殺伐としていた。

次々と出ていく出動車。


「A級三班、第三区画B到着――」


「C級二班、核エネルギー確認!直ちに包囲するッ――」


「避難所全域開設完了――直ちに避難誘導開始する」


「開発部門より、物資配置開始――」


次々と飛び交う無線。


だが、すぐに無線が一斉に被り始める。

悲鳴と報告の区別がつかなくなっていく。


「第三エリア、避難誘導中に霊核反応――」


「C級二班、応答しろ!……くそ、返事がない!」


「子供がまだ――!」


ノイズに言葉が飲まれ、通信は途中で断ち切られる。

完璧な指示系統は、保てていない。

人手が、判断が、圧倒的に足りない。

一つの判断ミスが国の致命傷になりかねない。


「カイ、どっちがいい」


「んー、じゃあ、第二で」


俺の問いにカイはニヤリと笑って答えた。

本当にこいつは、良く分かってる。


俺は全隊員に無線を飛ばす。


「全隊員に告ぐ、第一は俺、第二はカイ。AC偶数班は第三第四へ、その他は第五第六に回れ」


「――了解!」

「了解しましたッ!」


「ハレとリオは値が高いのだけ狙え」


一瞬、間を置いて続ける。


「赤以下は切り捨てろ。今は、守れない場所を選ぶ時間だ」


「オッケー!」

「わかった!」


「――以上だ!」


出動車の赤色灯が、夜明け前の街を切り裂いていく

誰も声を上げない。

誰も冗談を言わない。

ここから先は、生きて戻れるかどうかを考える時間じゃない。

ただ、止める。


――それだけだ。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ