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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――29


夕方。

「はいっ、おーわりっ!」


軽やかな声とともに、ハレが霊災を一撃で片付けた。

散った霊魂の残滓が夕陽に溶け、辺りは静けさを取り戻した。

俺は端末を確認する。


「……4分27秒か」

Aランクの現場に入ってから、4分半。

ハレは無駄なく、確実に仕事を終えた。


「どう?わたし、頑張った?」


振り返った彼女は、夕陽を背に満面の笑み。

その無垢な笑顔を見るだけで——

今日も生きていてよかったと、素直に思える。


「頑張った。……ご褒美にケーキでも買うか」


「うんっ!食べたい!レイ、大好きっ!!」


そう言って俺に勢いよく飛びついてくるハレ。

ふわっと香る髪、頬に触れる体温、全てが愛おしい。


こんなにも純粋で、可愛い存在を。

……どう、甘やかさずにいられるだろうか。




ショーケースの前で、ハレが目を輝かせた。


「んー、チーズケーキとショートケーキにする!」


迷いなく指差す様子に、思わず小さく息を吐く。

——欲張りなところも含めて、可愛い。


だが、だからといって甘やかしてばかりは居られない。

今日、既にハレは駄菓子を三つも食べている。

これ以上は身体のバランスが崩れてしまう。


「駄目だ、一個だけ」


「えぇー?ご褒美なのに?一個だけ?」


不満げに唇を尖らせ、頬をふくらませる。

まるで子供が拗ねているようだが、その視線は俺をまっすぐ見ている。


“でもレイは良いよって言うんでしょ?”

——そんな期待が滲んでいた。


「夕飯が食べられなくなるからな」


「ぇぇ………」


ハレの期待を裏切るような言葉を描ければ、

考え込むようにショーケースを眺め観念したように呟く。


「じゃあショートケーキにする。レイはフルーツタルト?」


俺は一度、彼女の顔を見た。

少し残念そうにしながらも、

目はまだチーズケーキの方に吸い寄せられている。


——ほんと、わかりやすい。


「……じゃあ、俺はチーズケーキ」


その瞬間、ぱっと表情が明るくなる。


「えへへ、半分こできるね!」


無邪気な笑顔。

ただのケーキを前に、これほど嬉しそうにできる。

その小さな幸福を全部俺に結びつけてくれることが、たまらなく愛しい。


——だから俺は、選ぶ


この子が食べたいものを。

この子が望むものを。

全部、自分の手で与えてやりたい。



ケーキを包んでもらい、俺とハレは店を出た。

夕暮れの街は、まだ人の往来が多い。

ネオンが灯りはじめ、ざわめきと人波が足元に押し寄せてくる。

すぐにハレの肩を抱き寄せ、パーカーのフードを深く被せた。


淡い光を受けて輝く髪も、無防備に綺麗すぎる顔も

——他人の視線に晒したくない。


「……レイ?」


フードの影から見上げてくる大きな瞳。

その中に、不安はなく、ただ嬉しそうな光が宿っている。


「レイに隠されるの、好き」


囁く声に、胸の奥が少し熱くなった。

マンションに向かって歩いていると、向こうから三人組が歩いてきた。

男二人と、女一人。

楽しげに笑い合う声が近づくにつれ

俺は自然にハレを自分の方へ引き寄せた。


「えっ……」


小さく驚いた声を上げながらも

ハレはすぐに笑って俺の腕にしがみつく。

その細い指が、俺の袖をぎゅっと握った。

——この世界に、俺と彼女だけしか存在しないように。


すれ違う刹那。

三人のうちの誰かが、一瞬こちらに視線を感じたが

だが俺が目を向けると同時に、すぐ逸れていく。

俺たちの間には、誰も踏み込めない。

その確信が胸に広がる。


「レイ、大好き」

ハレが小さく囁いた。


俺は答えず、ただ彼女の頭を撫でながら歩き続けた。

——誰にも渡さない。

この温もりも、この笑顔も。




タワーマンション最上階。

エレベーターを降り、部屋に入ると、ハレは箱を両手で抱えたまま真っ先にテーブルへ駆け寄った。 


「レイ、早くケーキ食べよ?」


「分かってる」


俺が皿を用意してケーキを取り分け、テーブルに並べればハレは嬉しそうに身を乗り出した。

フォークを握りながら、当然のように俺の皿にも手を伸ばすハレ。


「はいっ!半分こ!」


「……最初からそのつもりだったんだろう?」


「えへへ、わかっちゃった?レイ、イチゴいる?」


「ハレが食べなよ」


「やったぁー♪」


頬いっぱいに苺を頬張り、目を細めるハレ。

その幸せそうな顔を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「ねぇレイ!」


「どうした?」


「ケーキ食べながら映画見よ!」


「……何が見たい?」


俺はリモコンを取ってハレの好きな映画を選ぶ。

 

「んー、猫の映画!」


「……白いの出てくるやつか?」


「そう!ふわふわの!しっぽがもふもふの!」


白い毛玉みたいな猫が出てくるハレの気に入ってる映画。

台詞も映像も全部頭に浮かんでくるほど、何度も一緒に見てる。


「ハレは本当に猫が好きだな」


「うん!でもレイのほうがもーっと好き!」


言ってから、ケーキのフォークを口に運びながら照れる。

無邪気で、あまりにまっすぐな言葉に、胸の奥が強く疼く。

ソファに並んで座り、猫映画の再生ボタンを押す。

画面に現れた毛玉みたいな小さな影に、ハレは目を輝かせ、俺の腕に頬をすり寄せてきた。

その温もりを感じながら、俺は小さく囁く。


「ハレ、こうして隣にいてくれるだけでいいよ」


「うんっ!」


迷いのない声が返ってくる。

流石に映画は飽きたが、ハレは何度見ても飽きない。

——この瞬間を永遠に閉じ込めてしまえたら、と本気で思ってしまう。




結局、ハレは夕飯をほとんど食べられなかった。

ソファに座って、満足そうに腹をさすりながら俺を見上げる。


「……お腹いっぱい〜。ケーキ美味しかったぁ」


「ほら見ろ。だから一つだけにしておけって言ったんだ」


軽く小言を言えば、ハレは「えへへ」と照れ笑いを浮かべて、

わざとらしく唇を尖らせる。

それすらも愛しく思えて、結局は甘やかしてしまう。


風呂に入ると、ハレは湯船で眠たそうにうとうと揺れていた。

「ほらハレ、溺れるよ」そう声をかければ、

「ん〜、レイがいるから大丈夫〜」と無防備な返事を返してくる。

髪を乾かしてやると、タオルの間から覗く目が

とろんと細まっていた。


「……レイ、今日も隣にいてくれる?」 


「当然だ」


ベッドに入れば、ハレは当然のように俺の腕に絡みついてきた。

小さな体温が布団の中でぴったり寄り添い、頬が腕にすり寄せられる。


「明日も一緒がいいなぁ……」


「毎日一緒だろ」


「うん………」


その囁き声は、すぐに寝息に変わる。

しばらく、その寝顔をただ見ていた。

子供のように穏やかで、何の疑いもなく、

俺を信じ切った顔。

胸の奥がじんわりと温かくなると同時に、妙な不安も押し寄せてくる。


やがてベッドを抜け出し、俺は机の前に腰を下ろした。

PCの電源を入れると、静かな部屋にだけ起動音が響く。

青白い画面が立ち上がり、カーソルが瞬く。


――hare_log No.3728

 

指先を走らせる。

今日の体調、霊力波形の安定度、任務での動き。


駄菓子を三つも食べたこと。

ケーキを二つ欲しがって、結局ショートケーキを選び、嬉しそうに苺を頬張ったこと。俺の分も半分と言いながらほぼ全部食べたこと。

映画では白い猫を見るたびに俺の袖を引き寄せ、頬をすり寄せてきたこと。

寝る直前に「明日も一緒」と囁いたこと。


――すべてを記録する。


途中で一度、指が止まった。

“幸せそうだった”という一文をどう書くか迷ったからだ。

結局そのままの言葉を打ち込み、保存する。

画面を閉じると、部屋は静寂に戻る。

振り返れば、ベッドの中で丸まる小さな身体。

毛布から覗いた頬は、安らかで、俺に怯えていない。

俺は小さく息を吐き、囁く。


「……明日も、この記録を続けられるように」


ハレには聞こえない。

けれど、この言葉を残すことで、俺自身が救われている。

 

——そう思っていた。




まだ夜も明けきらない午前4時半。


「……何もいないな」

住宅街を見渡しながら、カイが肩を竦めた。

俺も霊核の反応を探ったが、気配はすでに消えている。


「感知システムの誤作動か……?」


「ったく、寝不足でこれかよ。人使い荒いんだよなぁ」


薄暗い街並みは静まり返り、風に揺れる木々の音だけが響いていた。


………いや、違う。


自然消滅にしては残エネルギーが少なすぎる。


「カイ、帰るぞ」

短く言って、俺たちは車へ向かって歩き出す。


「なー、どっかで朝飯食ってかね?」

気怠げなカイの声にポケットからスマホを取り出し、時間を確認すれば5時を少し過ぎたところ。

今日はハレの検査の日だ。


「ダメだ。ハレを早く起こしてやらないと………昨日、寝るの遅かったから……多分、ぐずる」


「またそれ?毎日ハレの話しかしねぇじゃん、重すぎだわー」


「うるさい。ハレは俺の全てだ」


その時、前方から三人組が歩いてきた。

若い男女三人、談笑しながらゆっくり歩いている。

俺たちも自然に横へ寄り、何事もなくすれ違う。

ただ、すれ違う瞬間だけ、一瞬だけ視線が交わった。

 

……妙だ。

目の奥が澄みすぎている。


「レイ……今の、見た?」

カイが低く呟いた。


「……普通の人間じゃないな。あれは視えてる側だ」


「やっぱリスト入り?」

カイが言うリスト。

それは庁に登録していない、未認可処理者のリスト。


「そうだな。カイ、しばらく目を光らせておけ」


「おっけぇーっ」


俺は自然にハレのことを思い浮かべ、気づけば歩調を速めていた。





部屋に戻ると、ハレはふてくされたようにソファに腰を下ろした。


「……今日の検査ちょっと痛かった」

パーカーのフードを深くかぶり、すっかり膨れっ面。

俺が隣に腰を下ろすと、彼女はすぐに体を預けてくる。


「レイがいたから頑張れたけど……でもやっぱり疲れた」


「……よく頑張ったよ」


頭を撫でてやれば、ようやく小さな笑みが戻る。

ハレはそのままテーブルに置かれていた、小さなノートを手に取って開く。

『ハレのだいじにっき♡』と表紙に書かれたそれに、丸い字で一生懸命ペンを走らせていた。


「この前はレイとケーキ半分こしたって書いたよ。あと……映画で猫が出るたびに、レイの腕にぎゅーってしたのも!」

日記を振り返り、得意げに見せてくる。

 

「……全部書いてるのか?」


「うん!だって、忘れたくないもん。レイも見る?書いてもいいよー?」


「俺がハレの日記を書くのか?」


「だって、私はレイのだし、レイも私のだから………。大好きな人のこと、知りたいし知ってもらいたいもん」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「だめ………かな?」


「駄目じゃない」


ハレの頭を撫でながら、俺は横で黙々と日記を書く彼女の姿を目に焼き付けた。

やがてノートを閉じたハレは、大きく伸びをして俺の腕の中に戻ってくる。

顔を埋めて、ふわっと笑った。


「ねぇレイ、明日も楽しいことある?」


「……あるさ。俺が全部用意する」


「えへへ、楽しみっ」


その笑顔を最後に、すぐに寝息が聞こえはじめた。

静かな部屋に、一定の呼吸だけが満ちる。

俺はハレを寝室へ運び、ベッドに入る。

小さな体を抱き寄せると、ふわりと安心したように身を丸める。


——この日常が、ずっと続けばいい。

心の奥でそう強く願いながら、俺も目を閉じた。



  


 

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