紫月花の非情――28
とある日のこと。
S級専用フロアの共同リビングで、俺たちはまったり過ごしていた。
午前中のゆるーい空気を破ったのは、緊急任案件の呼び出し。
ピピピッ――。
壁に取り付けられたモニターが赤く染まり、短い電子音が響く。
「第4エリア区画B、レベルB。危険度は低いが、人の往来が多い区域だ。カイとハレで行ってこい」
レイの指示に俺は頷く。
だが次の瞬間、ハレはレイに向かって首を横に振った。
「レイと一緒が良い!」
……でたよ、筋金入りのレイ命。
もうこれ、酸素よりレイの方が必要なんじゃねぇかってレベル。
「俺は本庁舎勤務だ。リオは別案件。……カイと行ってこい」
「……はぁーい」
唇を尖らせるその顔は、完全にレイ不足ってやつ。
そんなお姫の肩を軽く叩く。
「大丈夫大丈夫。俺もいるし、ささっと終わらせて帰ってこよう?な?」
「……うん!」
よし、なんとか機嫌は直った。
お姫の機嫌取りも、まあ俺の役目ってことで。
***
「こりゃ、ランク繰り上げだなー」
「Aかな?」
「だねー、B級には厳しいわ」
俺とハレは現場をざっと見回す。
街中のど真ん中で、三十人近くが立ったまま意識を失っている。
まるで時間が止まったみたいな光景。
……で、こういう霊災を対処するのが俺たちの仕事。
霊災が発生すると、全国に仕掛けられた感知機がピコンと反応して、
情報分析部門にデータが飛んで、
霊災の根源や影響を判定、危険度をランク分け。
そのあと現場対策部門に出動命令が回ってくる。
現場対策部門には約3000人の正式隊員。
一般対策班A〜C級が約2200人、残り800人は訓練生が、
全国の支部に散らばって、呼ばれれば即出動。
――その中でも、ちょっと毛色が違うのが俺たち。
特殊対策班、通称S級。
霊核に直接干渉できる、霊力を操る変わり者の集まり。
霊対庁の最後の砦……って言えばカッコいいけど、実態は違う。
ただの人間兵器。
上に都合よく使われる、霊対庁の飼い犬ってやつ。
「じゃ、今日は俺が前に出るから──」
「逆でしょ?」
にこっと笑って先を行くハレ。
その背中を見て、俺はわずかに息を吐いた。
レイが過保護になる理由、よくわかる。
見た目はふわふわで弱そうで、頭はお花畑状態のゆるゆる思考。
普段はレイが居ないと何も出来ないお嬢様。
それなのに現場に近づくにつれ、雰囲気が変わる。
それがうちのお姫のハレ。
実力は俺たちの中でも別格。
全て完璧のレイとどっちが強いかなんて議論もしたこともあるが、
2人が全力で戦うなんて事は訓練でもあり得ない。
霊対庁のツートップの1人。
「………さて、今日は何分かな?」
俺がそう呟いた瞬間、ハレの姿がふっと消えた。
次の瞬間、街中の空気が一変する。
見えない刃が風を裂くように、停滞していた霊気が一気に動き出す。
「………っ!」
俺の目にも一瞬しか映らなかった。
霊核の反応地点に直進し、すれ違いざまに刀で空をなぞっただけ。
そこから、黒い靄が悲鳴のような音を立てて霧散していく。
時間にして、たった7秒。
「……はい、おしまい!」
ハレがくるりと振り返り、制服のスカートの裾を整える。
立ち尽くしていた三十人近くの人々は、糸が切れたようにその場にへたり込み、ゆっくりと意識を取り戻した。
「7秒、か。新記録じゃん」
「レイ褒めてくれるかなぁ?」
「おう!絶対褒めるだろ!!」
「やったぁー!!」
両手をバンザイして笑うお姫。
さっきまでの戦闘モードはもう欠片もない。
……ほんと、反則級。
このギャップに、そりゃレイも夢中になるわけだ。
***
「ねぇ、カイ。日記って、どう書くの?」
「ん?日記?」
現場からマンションに戻る帰り道、ハレはふいに口を開いた。
「そう。レイが記録するのも大事って言ってたから、日記書いてみようかなって思ったんだぁ」
「へぇー」
「でも、ご飯食べたとか、お仕事したとか、レイと一緒に居たとかしか、思いつかなくて、どう書いたらいいかな?」
俺は少し考えて、面白そうな事を思いついた。
「じゃあさ、物語風に書いてみりゃいいんじゃね?ハレって女の子が主人公で、今日こんなことがあったって感じでさ。で、後から読み返して、こんなこともあったなーって笑えるやつ」
「笑えるやつ………?」
「そうそう!例えば今日なら、ハレはカイと出動した。現場には立ったまま気絶してる一般人が沢山居た。その光景を見てハレは思った。人間ボーリング出来そうだと!とか?」
「………それ、面白そうっ!」
ハレは俺の適当な答えにぱぁっと顔を輝かせた。
「ねぇカイ!日記用のノート買って行っても良い?」
「おう!面白いの書けよ?」
「いっぱい書いたら見せてあげるね!」
そう言ってハレは笑顔で歩き出した。
……見せる?
普通、日記って人に見せるもんじゃなくね?
まあ、ハレらしいっちゃハレらしいけどな。
店に入っていくハレを追いながら、俺はふと明日の予定を思い出す。
明日は年に一度の総合適正テスト………。
「おーい、ハレ。明日テストだったわぁー」
「んー、おやつ何個まで?」
「………遠足じゃねぇけど」
「そうなの?」
………明日は面白いものが見れそうだ。
――翌日。
現場対策部門タワー 7階――作戦演習室。
ずらっと並んだ長机に、都内配属のS級とB級が揃ってる。
集まったのは90人弱。
俺たちが所属している現場対策部門は年に一度、総合適正テストが行われる。
今日はフツーの学生が受けるような学問のテスト。
別日には実技のテストが行われる。
「ハレ………お前、なんで駄菓子並べてんの?」
「ん?非常食だよ?お仕事になっても大丈夫!」
「………試験中に非常事態は起きねぇよ!A級待機してんだろッ!」
「そう?……じゃあ、おやつにする!」
俺が呆れている横で、レイは笑って「まあいい」と一言。
お姫がやることには基本甘いんだ、この男は。
はぁ……やっぱこいつ、絶対今日やらかす。
席に着いてふと後ろを見渡せば、俺たちより何倍も真面目に勉強してきたであろう隊員たちが、必死になって参考書やらノートを開いている。
「レイ、見ろよ。後ろの奴ら、追い込みすげぇな」
「一般隊員は昇格試験も兼ねてるからな」
「へぇー、昇格ねぇ……何がいいわけ?」
「給料も上がるし、待遇も良くなる」
「そんなに必要か?そこそこ貰って週休2日あんじゃん?俺だったらそっちの方がいいけどなぁー」
「俺たちとは待遇が違いすぎる。価値観の違いもあるだろうがな」
「ふーん。その金の重み、分かってんのかねぇ?」
「さあな」
金があったって、使える時間が無ければ意味ねぇんだけどな……
そんな事を思いながら俺は配られたテストに意識を向けた。
後日、現場での仕事を終え、庁舎へ戻った俺。
最上階フロアに戻ると、共有リビングのソファにハレとリオが座っていて、レイが複数の封筒を持って立っていた。
「カイ、待ってたぞ」
「え……?俺?」
「こないだのテストの結果が出た。今から返却する」
俺がソファに座るとレイは1人ずつ返却していく。
レイから封筒を受け取って中身を開くと、真っ先に出てくるのは合格と補習免除の文字。
俺のテストの結果は――
学科B -、実技A +
ちなみに学科、実技どちらもC以下は、補習が隊員の義務になっている。自分の用紙を見て胸をなでおろした。
「……あっぶね〜、ギリ補習回避〜やっぱ、俺国語系無理だわぁ〜」
何気なく隣のハレの答案を覗き込み、二度見する。
「ハレちゃん!?ちょっとこれ見て!」
問題文には「xを求めよ」とあるのに、答えは y=100。
「なんでxしか出てない問題で答えがy=100なの!?」
ハレは小首をかしげて言った。
「うーん……xとxを出したらyになるかなって……?」
「どんな化学反応だよ!?xとxを掛けたらyになる世界どこ!?どこにあんのそれ!?ここ!?この国!?この次元!?」
ハレの隣のリオが半眼で覗き込み、淡々とツッコミを入れる。
「ていうか途中式が……『5+5=10』しか書いてないんだけど」
レイは笑みを浮かべて言った。
「なるほど……頭の中まで可愛いとは、こういうことか」
「お前も甘やかすなよ!そうやって育った結果がこれなんだぞ!?」
ハレは机の下でキャンディを舐めながら、少し得意げに言う。
「でも……レイには褒められたよ?補習も無いし?」
「もうそれだけでいいって顔するな〜〜!!………えっ!?これで補習ないの!?」
「うん!合格って書いてあるよ?ほら!」
ハレが見せた合否の結果用紙――
学科D -、実技S +
その下には“特例として補習を免除する”と赤文字で書かれている
「俺のハレが補習如きで俺以外との時間を使う必要は無いだろ」
レイは小さく笑ってハレを見つめた。
お前の圧力かよ………。
激重王子のレイとお花畑お姫のハレ。
まあちょっと変わったカップルだけど、この甘くて、狂気じみた2人を見てるのが俺の癒しだったりもする。
こんな日々が続けばいいのにと思ってる俺は、
相当この2人の底無し沼にハマってるのかもしれない。




