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hana,s__失われた少女と選び続ける少年の物語――  作者: ぼぅちゃん
第二章 紫月花の非情

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紫月花の非情――27


とある日の昼過ぎ。

S級専用フロアの共同リビングは、珍しく静かな熱気に包まれていた。


「今日は出動なしだってさ〜!」

カイがゲームコントローラーを放り投げ、ソファに沈み込む。

リオは隣のテーブルで、真剣な顔でチェーンを磨いていた。


「リオのこのピアス可愛いよね!」

ハレはテーブルの上にあるリオの装飾品に手を伸ばし、

俺はすかさず止めに入った。


「ハレ、触るな。指が無くなる」


「えっ?」


「全部武器だからねー、そのピアスは爆弾」


「爆弾………」


机の上には、アクセサリーに見える小型武器がずらりと並んでいる。


「メンテちゃんとしとかないと耳吹っ飛ぶからさー」

短く言って、リオは視線を落とした。


俺は大きな窓辺のソファにハレを誘導し、隣にハレを座らせた。

ハレはマグカップを両手で包み、息を吹いて冷ましながら一口。


「甘い〜…レイの味だ」


「俺の味じゃなくて、ミルクと砂糖だ」


「でも、レイが入れてくれたから、レイの味なの」


満足げに頬を緩めるハレの頭を、ゆっくり撫でる。


「……平和だな」

カイがテレビ画面から目を離し、ぼそりと言う。


この時間がずっと続けばいい…………

そんな空気を感じながら目の間の書類に目を落とす。


「レイ〜、お前なにしてんの?ゲームしようぜ〜?」

カイがコントローラーを手に寄ってきた。


「ちょっと待ってくれ、今オリエンテーションの資料に補足箇所を入れてる」


「補足!?必要ある?」


「この文言だと曖昧すぎるからな」

俺は赤ペンで補足事項を書き込んでいく。


「そうか?結構細かく書いてると思うけど」


「全然なってない」


カイは書類を覗き込みながら聞いてくる。

「例えば?」


「2の高ランク霊災への対応手順。これは全て補足が必要だ」


「全部っ!?」


うちの事務員はまともに資料も作れないのか……。

気がつけば、補足のほうが説明より多くなっていた。




数日後。


現場対策部門、25階――作戦演習室。


そこでは新入職員のオリエンテーションが行われていた。

毎年霊対庁に入庁する新規職員は約300人程。

内、半数が現場対策部門に配属され、

他は違う部門に振り分けられると思われているが、実際は少し違う。


安定枠である管理部門、情報分析部門、研究開発部門は、

完全学歴主義で殆どの人材が在学中に声を掛けて確保している。

つまり、ここにいる約250人は現場対策部門に入らなければ無職になるという事だ。


「まずは報酬の説明をします」


隊員数を確保したい人事課の職員は必ずといって、報酬の説明から始める。

現場対策部門は特殊なこともあり、他の部門より報酬はそれなりに貰える。

訓練生であっても、都内に家を買って1人で家族を養うぐらいは余裕なほど。


「正規隊員になれば、手当も――」

「年に2回は旅行で海外旅行に――」

「有給取得率は――」

「手当は――」


俺は説明を受ける新入職員の顔を眺めた。

報酬や、手当に浮かれる者。

仕事内容の説明も聞いてないのに、誓約書にサインを始める者。

最初に上手い話を聞かされた者は大抵、後の話を真面目に聞かない。

その殆どが訓練で音をあげるか、現場で話が違うと逃げ出す。


特殊な仕事で退職者や殉職者が後を絶たないのが現状だが、

特殊が故に来るもの拒まずともいかない。

そんな奴等をふるい落とすのも俺の仕事だ。


「では次に、現場対策部門の特務内容について、総監のレイさんから説明をお願いします」


スクリーンには人事課が用意したマニュアルが映し出された。

俺が壇上に立つと、新入職員は様々だった。


自分より年下の俺が総監だと驚いてる者、

手元の資料を見る者、スクリーンを見るも者、ただ一点を見ている者も。

何度もオリエンテーションで説明をする度に、残る人数が肌感覚で分かるようになった。今年は二割残ればマシな方だ。

俺はマイクを取って口を開いた。

 

「まず一つ、今ここにいる君達は現場対策部門以外に配属はされない」


その瞬間、空気が変わった。

さっきまで軽かった視線が、いっせいにこちらへ集まる。

ざわめきは小さいが、確実に広がっていく。


――ああ、ここだ。


誰かが息を詰め、誰かが隣の顔を盗み見て、誰かは手元の資料を意味もなくめくり始める。希望が音を立てて崩れる瞬間の顔は、毎年だいたい同じだ。

俺は続けた。


「他の部門は既に人材の確保は終わっている。

オペレーターを志願しない者は出ていってもらっても構わない」


数秒の沈黙。

そして、椅子が擦れる音。

最初に立ったのは、前列の若い男だった。

次いで、その隣、その後ろと連鎖反応みたいに、席を立つ人間が増えていく。顔を伏せたまま出ていく者、こちらを睨みつける者。

話が違うと口元が動いているのが見える者もいる。

人事課の職員が焦ったようにこちらを見るが、俺は視線を返さない。


――辞める判断が、ここで出来るだけまだマシだ。

退出者が落ち着いた頃、残った訓練生たちの顔色は一段暗くなっていた。

落ち着いた所で、俺は再びふるいに掛ける。


「先ほどの報酬の件だが、前提として生き残った人間だけが貰えると思え。死んだ隊員に給料も手当も無い、家族の保証も無い」


はっきりと、何人かの喉が鳴ったのが分かった。

さっきまで目を輝かせていた連中ほど、今は視線が泳いでいる。

頭では理解している。だが、感情が追いついていない。

俺は構わず続ける。


「霊対庁の殉職者の年平均は0.6%――」


数字を口にした瞬間、何人かが安堵した顔をした。

だから、俺は続ける。


「現場対策部門で見ると約1%。正規隊員約3000人の内、約30人は毎年死んでいる」


――それでも、この数字はだいぶ減った方だ。


数字の意味を理解するまで、数秒。

その後、誰かが顔を覆い、

誰かが無意識に首元を触り、誰かは椅子に深く沈み込んだ。

後ろのスクリーンを差しながら説明を続ける。


「高ランク霊災への対処手順を補足する。まず1の原因特定は霊災の核に接近と書いてあるが、正しくは戦地の最前線に突入しろと言うことだ」


「2の結界で隔離、これは外部や時間への影響遮断と書いてあるが、隊員も一緒に遮断される。つまり外からの救助は来ないと言うこと」


「3の処理の決定は原則破壊と書いてあるが、絶対破壊という認識で、稀に対話や取引。極力避けると書いてあるが、例に挙げるとすれば霊災を収めるために命を捨てろと言う意味だ」


 

「最後の判断基準、これは良く覚えておけ」


俺は一度、全員を見渡した。


逃げ道を探す目。

覚悟を決め始めた目。

まだ何も分かっていない目。


全部、毎年見てきた。


「君達訓練生は一般人の次の人柱候補だ」


誰も笑わない、メモを取る手も止まる。

ただ、現実が突き刺さっていく。

 

――それでいい。

ここから先に残るのは、

それでも進むと決めた人間だけだ。

俺は引き止めることはしない。


「この内容に同意出来る者のみ、現場対策部門に歓迎する」





結局、オリエンテーション後に残った人数は2割にも満たなかった。

日が傾く頃、リビングの共同キッチンからいい匂いが漂い始める。


「今日はカイ特製パスタ〜!」


「俺、ちゃんとサラダも作ったからな!」


カイが盛り付けた色鮮やかなサラダをテーブル中央に置くと

リオは淡々と焼き上げたガーリックチキンを並べる。


「盛り付けは私の趣味じゃない」


「趣味って…それ武器作る時の並べ方と一緒だろ」


カイが笑い、俺は無言でハレの皿に多めにパスタを取り分けた。


「いただきまーす!」


ハレが声を上げ、4人は食事を始める。

笑い声と小さな口論が、夜景に包まれた窓の向こうまで広がっていく。

この4人の食卓は、戦場とは正反対の温度を持っていた。 


食事の後、各自の部屋に散っていく。

レイとハレの部屋は、もう照明が柔らかく落ちていた。


「レイ、お風呂入ろ」


「用意してくる」


「うん」


シャワーの音と、くぐもった笑い声がしばらく続き、やがて静かになる。 


「今日はコレにする」


ハレは選んだ白いワンピース型のパジャマに着替える。

背後からファスナーを上げ、タオルで髪を拭き、

ドライヤーをかけてやればハレは微笑みながら俺の手に寄りかかる。


「出来たよ」


「ありがとう」


「そろそろ寝るか?」


「うん」 


ベッドに並んで横になると、ハレはすぐに腕に絡みついた。


「……今日、レイがお仕事に行ってる間、寂しくて死んじゃうかと思った」


「大げさだ」


「ほんとだもん」


うるんだ瞳で見上げられ、ハレの頭を抱き寄せる。


「じゃあ…もう離れない」


「約束ね?」


ハレが満足そうに目を閉じる。

俺はその横顔を見守りながら、静かに目を閉じた。


 

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