紫月花の日常――19
あの地下室に入ってから、2、3日が経っていた。
地下3階の部屋は頑丈な扉に守られていたせいか、他のフロアとは違ってわずかにだが資料が残されていた。
俺たちは昼も夜も関係なく、細かい証拠やデータを探し続けていた。
ただ静かな廃墟の中で、過去の真実に触れるたびに胸が締め付けられる。
まだ明確な答えは掴めていないけど、この場所に何か重大な秘密が隠されているのは確かだ。
「一歩ずつ、だけど確実に近づいてる気はする」
円がぼそりと言った。
「でも、これが終わったら……どうなるんだろうな」
集が少し俯きながら呟く。
俺はファイルを握り締め、震える手でページを捲った。
散乱する紙や古びたファイル、ほこりをかぶりながらも鍵のかかったキャビネットの中に重要そうな記録が片付けられている。
それらを丹念に調べるうちに、ここにいた子供たちは地下2階に居た子供たちとは違い、特別な存在であったことがわかってきた。
単なる被験者ではなく、霊力を自在に操ることができる、
いわば“実験体”の中でも最上位の男女の存在。
毎日の体調の記録や、些細な変化。
食べた物や、子供同士の些細な会話まで記録されていた。
「ここに居た子たちは、ただの量産品じゃなかった。“0番”と“80番”だけが持つ特別な力を持っていたんだ」
集が呟いた。
その力の代償がどれほどのものだったか、
想像するだけで胸が締めつけられる。
この地下3階は、希望でもあり、絶望でもあった。
円がファイルの文字をじっと見つめながら、静かに言った。
「……この“0番”と“80番”って、花とあの黒髪のレイって男だったりする………?」
俺たちは言葉を失い、互いに視線を交わす。
「確かに……そんな気がする」
集も重い口調で頷いた。
「ここに書かれてることと、あいつと花の能力も………」
円は続けて、少し震える声で言った。
「……私たち、何も知らなさすぎだったね」
沢山の資料を見て知った。
霊力を操る術を持った子供達が生まれる原理。
人工的に霊力を使える様にする方法の研究をしていたこと。
俺たちと同じ霊力を操る子達を囲い込み、
利用する事で国家に齎す利益まで………。
俺は拳を握り締め、改めて強く思った。
「ここに居たのは俺たちの大切な仲間だよ。そして世界の鍵を握る存在なんだっ………」
空気が一層重くなった。
「こんな扱いを受けていたら、あんなふうになるのも無理はないよな……」
集が溢す。
「助けてやらないと………」
花も、レイも……
あいつらもきっと苦しんでる筈だから。
ファミレスの窓から遠い奥の席に座った俺たちは、
テーブルに資料やメモを広げながら話し合っていた。
「ご飯食べる気分になんないよ………」
「でも、あのままじゃ体ももたないし、少しくらい無理にでも食べないとな、倒れたら逃げることも出来ないよ」
円の呟きに俺は返した。
集がスマホの画面を指でなぞりながら口を開く。
「そろそろ依頼を受けないとな、保留にしてもらってるのも何件かあるし、資金も必要になる」
「そうだな」
「これを受けよう、郊外だし見つかりにくい」
そう言って画面を見せる集。
俺は皆の顔を見て、小さく頷いた。
踏み出すしかない。
円も決意を込めて頷き、集も同じく身を引き締める。
「お待たせしました〜!Aセット3名様分でーす」
テーブルに料理が並び、俺たちは一瞬だけ緊張の糸がほどけた。
円が箸を取りながら笑顔を見せる。
「ありがとう。腹ごしらえして、次に備えようぜ?」
俺は拳を軽く握り締め、声に力を込めた。
「よし、いただきます!」
「うん、いただきます」
「いただきます!」
小さな声が揃い、俺たちはそれぞれの覚悟を胸に、一歩ずつ前に進み始めた。
郊外の静かな神社で、俺たちは依頼主の神主さんに案内されていた。
年季の入った和装に身を包み、長年この地で魂を送ったりしているらしい。
「ここに長いこと成仏できない人がいます。話は聞けましたが、私には送れませんでした。」
神主さんは眉をひそめながら言った。
「俺たちに任せてくれ。話を聞いてもらえたのは、魂にとっても大きな第一歩だよ」
境内を包む風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地いい。
俺たちは魂の声に耳を傾け、ゆっくりとその未練や悲しみに寄り添った。
集の優しい言葉が霊の心の壁を溶かしていき、円が天の扉を開くと淡い光が現れ、魂はゆっくりと光の中へと昇っていった。
神主さんは目に涙を浮かべて言った。
「ありがとう……やっと送ることが出来た」
俺たちは深く頭を下げ、静かに手を合わせた。
夕暮れのオレンジの光が空を染め、心に温かさが戻った気がした。
疲れた俺たちの間に、小さな笑みがこぼれた。
この優しい一歩が、次の戦いの力になるんだ。
それから俺たちは、依頼を一つずつこなしていきながら、
研究所の調査も同時進行で進めてた。
日々の任務は決して楽ではなかったが、みんなで共に支え合いながら、一歩一歩真実に近づいている実感があった。
春の風が柔らかく頬を撫で、
研究所周辺の木々には薄緑の新芽が芽吹き始め。
桜は蕾をつけ、あと数日もすれば花を咲かせそうだった。
その日の依頼を終え、疲れの溜まった身体を庇いながら、
いつものように研究所へと戻る俺たち。
夜の静けさに包まれた廃墟の前には、
黒塗りの高級車が一台、威圧的に停まっていた。
「なんだろ、あの車……」
円が声を潜めて呟く。
不穏な気配が、俺たちの背筋を冷たく走り、
俺たちは息を潜めて身を隠した。
しばらく離れた場所から、
研究所の前に止まった黒塗りの高級車をじっと見つめていた。
ほどなくして、重たい鉄扉が静かに開き、
建物から姿を現したのはあいつら、レイとカイだった。
レイは携帯電話を手に取り、誰かに電話をかけている。
その姿は冷静ながらもどこか鋭く、指示を出しているようだった。
もしもの為に痕跡を残しては居ないものの、
地下3階の扉は壊れてるから誰かが入ったのは確実にバレてる。
「ここにはもう入れ無いな…」
集の言葉に俺はその様子を見つめながら
胸の奥に重い何かが沈み込むのを感じた。
武器になる様な手がかりは見つけられて無いのに、もう研究所には入れなくなった。
レイたちが車に乗り込んだのを確認して、俺たちは静かにその場を離れた。
風が吹き抜け、研究所の屋根の隅の古びた看板がかすかに揺れた。
もう、時間は無いのかもしれない。
「来週にする」
タワマン高層階のリビングに冷めているような、
落ち着いたレイの声が響いた。
夜景を背に、4人はソファにゆるりと腰掛けている。
ハレはお菓子の袋を開け、ふわふわとした笑顔でぽりぽりと食べている。
カイはその様子を横目に笑みをつくり、
リオはピアスを指で揺らしながらレイに問いかけた。
「なんで来週なの? 今すぐやってもいいんじゃない?」
レイは窓の外の夜空をじっと見つめてから、静かに答える。
「桜が咲きそうだからな」
「…いつでもやれるってか?」
「当たり前だろ」
「さすがレイ様、余裕あるなぁ〜」
「どうせやるなら、美しい方が良いからな」
「出たよ!レイの美学!!」
呆れた様にリオが溢し、カイはケラケラと笑った。
「まあまあ、終わったら花見でもしちゃう?」
その言葉に、ハレはゆるゆると首をかしげた。
「お花見………したい!!」
「ハレ、ちゃんと話聞いてたの?」
「うん、聞いてたよ?みんなでお花見するんでしょ?」
本当に理解しているかは怪しいハレに、カイがからかうように口を挟む。
「本当に分かってんのか? 仕事の話だけど?」
ハレはお菓子を頬張りながら、にこにこと答えた。
「んー? よくわかんないけど、みんながそう言うなら大丈夫だよー」
リオは苦笑いしながらも諦めたように言う。
「全然分かってないね、まぁいつものことだけどねー」
レイはハレの頭に撫でる様に手を置いた。
「大丈夫だ。俺の姫だからな」
このゆるい雰囲気とは裏腹に、彼らの心に宿るものは凄まじく鋭い。
お菓子の甘い香りと夜景の煌めきの中で、決行の日は静かに近づいていた。




