物語のその先へ
「リリー様、こちらにいらっしゃったのね」
とっておきの場所に座って王都の街並みをぼーっと眺めていた私に、セレスティア様が優しく声をかけてくれた。
「セレスティア様こそ、どうしてここに? お披露目のパレードに行かなくていいんですか?」
「ええ、私が行ったら邪魔になるだけだもの。ようやく結婚相手を発表できるのよ?」
今日は王太子としてイアンがお披露目される日。併せて結婚した相手を発表するのだという。
今頃はきっと広場に国民が集まって、溢れんばかりの歓喜に包まれているところだろう。あの小説のラストシーンのように。
だから私は一人、ようやくあの小説が終わるんだな、と物思いに耽っていたところだ。
思い返すと短期間のうちに様々なざまぁがあった。
私は国外追放されて、あの小説には一切出てこなかったオークは丸焼きになって。そして……
「ねえ、セレスティア様」
「何かしら?」
「神聖国がなくなってしまって、みなさんはどうしてるんですか? 新しい生活に不安はないんでしょうか?」
神聖国という国はもうこの世には存在しない。
私の意識が途切れ、次に目を覚ました時には全てが終わっていた。
一日寝て起きたら魔力は元通り、しかも魔力量が増えてる! ……なんて簡単に考えていたけれど、現実は違くて。
施設長が魔力切れを恐れていた理由を身をもって思い知らされた。だって私は約一ヶ月もの間、ずっと眠り続けていたのだから。
一度枯渇した魔力をゼロから生成することは、人間の身体にとって想像以上に時間と労力を要するみたいで、最低限の生命維持活動を除いた全ての活動を魔力の回復に充てるのだという。
しかも全回復するまで目覚めることはなく、魔力の実はもちろん魔力増幅薬も使えない。だから自然と回復するのを待つしかなかった。
その上、私は二種類の魔法が使える。しかもどちらも特殊な魔法だ。だから余計に目覚めるのに時間がかかってしまったらしい。
そして目覚めた時にはもうすでにエレン王子の姿はなかった。代わりに目の前には号泣するネリネ様ーーママがいて、神聖国という国がなくなったことを伝えられた。
ちなみに、ターミナルは今も変わらずガルシア国の王都に存在している。
変わったことと言えば、今までのように閉鎖された空間ではなくなって、誰でも気軽に立ち入れる場所になったことと、ガルシア国王家が管理する施設となったことだろう。
「神聖国に住んでいた方々は初めこそは戸惑いもあったようだけれど、アリシア様が率先して支援してくれて、魔法を生かして新しい仕事に就く方や、魔法とは全く無縁の仕事に就く方もいらっしゃるみたいよ。だから心配いらないわ。もしかしてリリー様は不安なの?」
「不安っていうか、まだ信じられないっていうか……」
魔力切れの深い眠りから目覚めた私を待ち受けていた事実を、私はまだ受け止められないでいる。
「まだ目覚めたばかりで心の整理がつかないのね」
「そういうセレスティア様こそ、これからどうするんですか?」
「どうするって、私は」
「もちろん親の決めた婚約者と結婚するに決まってるだろ?」
「うげっ」
突然現れたのは、ここにいるはずのないあの人だ。
「アン、どうしてこちらへ?」
「ティアを迎えに来たに決まってるだろ?」
「でも、結婚発表後は王都の街中をパレードするのよね? ここからなら良く見えるだろうと思ってアンたちが通るのを待っていたのよ?」
「それなら俺も誘ってくれよ。あの人たちと一緒にパレードなんてマジ勘弁だぞ。結婚して十何年のくせに新婚夫婦よりも仲が良すぎて、見てるこっちが辛い」
「ふふ、アリシア様も施設長もずっと離れ離れだったから一緒にいられるだけで嬉しいのよ」
今日という日に結婚相手を発表してパレードするのはシアちゃん様と施設長のご夫婦だった。
今までずっと施設長との関係を内緒にしてきたけれど、ターミナルがその役割を終えた今、施設長の跡をイアンが継ぐ必要がなくなり、公表することを決めたのだ。
数日後にはハネムーンに出発するらしい。
「……それなら俺たちも早く婚約を発表しようよ。いまだにティアの相手はエレンだと思っている奴が多くて、ティアが結婚できなくなって可哀想だって声が出てるんだぞ?」
「ふふ、私もずっと思い違いをしていたから、人のこと言えないわね」
セレスティア様は王太子になった者と婚約することが決められていただけで、相手はエレン王子に限られたことではなかったのだ。
幸せそうな二人の姿に、堪らず私は文句を言う。
「ずるいなあ。セレスティア様は国家反逆をしてたのにざまぁもされないで幸せも掴むって。結局、悪役令嬢なんですか? 実はヒロインなんですか!?」
「おい、ティア、このバカ女がまた変なこと言ってるぞ? ここが小説の世界だなんてアホくさ」
「ふふ、リリー様だって、ざまぁ? されてガルシア国を出て行ったはずなのに、神聖国でお姫様になってるし、またガルシア国に戻ってきてるし、本当にヒドイン? なのかしら?」
「うっ、確かに……」
ヒドインから華麗にお姫様にジョブチェンジしたと思ったら肝心の神聖国がなくなってしまった。
物語の強制力でまたヒドインだと言われたら、全力で異議を唱えてやる!
「ふふ、きっと彼が教えてくれるわね」
その言葉と共に、セレスティア様は私の後ろに視線を動かした。
「リリー、お待たせ」
振り向くと、そこには愛しいあの人がいて。
「エレン王子!!」
「リリーったら、僕はもう王子じゃないよ」
「そうでしたね。それじゃあ、……公爵様?」
エレン王子は臣籍降下して公爵となった。もちろん生きている。
あの日、私が意識を失った後、エレン王子は死ぬ覚悟だったと聞いた時は、生きていてくれて本当に良かったと涙が止まらなかった。
******
「パパ様、もうここからは僕一人で大丈夫です。だからリリーを連れて早く逃げてください!!」
「……」
「パパ様!!」
「できません。護衛騎士として、もう二度と主君の元を離れるわけにはいきませんから」
パパの視線の先には、すでにターミナルに避難したはずのネリネが立っていた。
「えっ、ネリネ様!? どうして逃げてないのですか?」
驚き焦るエレンに、ネリネはにこりと笑って優しく告げる。
「私の国のことだもの。どうして逃げることができると思うの? それに、リリーちゃんの大切なあなたを残して逃げたと知られたら、もう二度とママって呼んでもらえなくなるわ」
「でも……」
「魔力の実を使うつもりよね?」
「……」
計画では魔力増幅薬を使う予定だった。エレンのポケットにも魔力増幅薬が用意されている。
「大丈夫よ。あなたの決意を私は止めないわ。だって、その方が確実に計画を遂行できるもの。私はこの国を美しいまま地上に戻したい。誰に何と言われようとも、私はあの人と過ごしたこの場所がやっぱり大切で、これから先もこの地でリリーちゃんに笑顔で過ごしてもらいたいの」
それがグレゴリーと共に描いた未来の姿。
「だから、魔力過多によって悪影響が及ぼさないようあなたのことは私が癒すわ」
「えっ?」
「あなたが魔力の実を使うのと同時に癒しの魔法をかけるの。そうすれば一時的に魔力が膨大に増えるだけで身体への負担はなくなるはずよ。きっとリリーちゃんが魔力の実を食べても平気だったのは、無力化できずにいた体内魔力が無意識のうちに癒してくれていたのね」
「そんなことができるのですか?」
「だからと言って試してみようとは思わないけどね」
魔力が枯渇した先ほどのリリーがもしも魔力の実を噛んでいたら、魔力過多症になって死んでいただろう。
そのことが頭を過り、エレンはこの計画を強行して良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。
「それに、万が一の時はあなたを無理矢理にでも連れて逃げるわ。私はこの国も大切だけれど、あなたの命の方が大切なんだから」
「ありがとうございます。……でも、どうやって逃げるおつもりですか?」
「そんなの簡単だ」
「イアン兄様!?」
「魔力増幅薬を寄越せ。それがあれば四人くらい簡単に転移できる」
「四人って、あと一人はどうするの?」
今この場に残っているのは、エレン、ネリネ、パパ、イアン、そしてエレンの腕の中で眠るリリーの五人だ。
「あ? そんなの先に送っておけばいいだろ?」
眠ってるだけのやつは邪魔だから、そう言いながらリリーに触れると、一瞬にしてリリーの姿が消えた。
「イアン兄様! 何をするんですか!?」
「安心しろ。ティアのところだ」
『エレン、リリモイルヨ。結界ヲ張ッテ守ッテアゲルカラ』
リリは結界も使えるようになっていた。エレンがパパのもとで頑張る姿を見て、リリも何か手伝えることはないかと思っていたところ、パパに「竜神様ができるから頑張ればできるんじゃない?」とアドバイスを貰っていたのだ。
「そうだね、リリがいれば僕は何だってできそうな気がするよ。リリ、ありがとう。皆様、ありがとうございます」
エレンは深々と頭を下げた。
そして覚悟を決めたエレンは魔力の実を噛み砕き、飛翔の魔法を発動させる。
そして、神聖国は無事に地上に戻ることができた。
******
「公爵様ってそんな余所余所しい呼び方しないで、エレン、って呼んでよ。それともダーリンの方がいい?」
「!?」
「真っ赤になっちゃって、リリーは可愛いなあ。僕たちは婚約するんだから、おかしな話ではないでしょう?」
「そうですけど……」
私はエレン王子、もとい、エレン様と婚約をする。眠っている間に全て決められていた。
公爵夫人にジョブチェンジ。しかも永久就職。もちろん異議なんてあるわけがない。
地上に戻った神聖国は国として存続するのではなく、ガルシア国の公爵領となることを選んだ。
ママからも、神聖国が国として残るよりも国民にとって最善だろうと、パパが生きている時に決めていたことを教えられた。
「おい、お前ら。そろそろ晩餐会の準備をしねえと間に合わねえぞ」
「えっ? 晩餐会に私も出席していいんですか?」
「そりゃ、いいに決まってるだろう。未来の王妃はもちろん、若くて優秀な公爵の誕生に、その婚約者で癒しの魔法使いだ。誰も文句は言わねえよ」
今の私はヒドインじゃないし、セレスティア様も悪役令嬢じゃない。
エレン様だって、魅了の魔法にかけられた操り人形ではなく、今では立派な公爵領の領主様だ。
イアン王太子なんて、日の当たらない天井裏に潜んでいた隠し子だったのに、今ではキラッキラに輝く未来の国王様だ。しかもセレスティア様っていう美しい婚約者までゲットしてるし。
定められた運命なんてものはなくて、変わろうと決意して信じて諦めなければ、なりたい自分になることができるのかもしれない。
もちろん辿り着いた未来が当初の目的の自分とはかけ離れたものかもしれないけれど、それはそれで、そんな自分もありなのかもしれない。
だって、私がそうなんだから。
「リアンがたくさんケーキを作って待ってるって言ってたぞ」
「本当に!? 行きます! 絶対に行きます!!」
イアン王太子の影武者のあのイアンは、シアちゃん様から改めてリアンと名付けられた。
孤児だったせいか本当の名前がなかったようで、涙を流して喜んでくれたみたい。
「リリー、そんなにリアンの料理が食べたいのなら、早く公爵家に来ればいいのに。毎日たくさん食べられるよ?」
「それは非常に唆られる提案なんですけど、もう少しだけママと母娘の生活を楽しみたいなって思っちゃって」
今はママとパパと三人で暮らしている。言葉にすると親子三人家族のようだけれど、正確にはママとその護衛騎士と私。
でも、パパはママのことが好きだと思っている。もちろんラブの意味で。パパはあくまで主従だと認めてはくれないけれど。
「リアン様は公爵家で働くことになったのよね?」
「はい! シアちゃん様の推薦もあって王城の料理人って話もあったみたいなんですけど、長年住んだあの土地を離れたくないって言ってくれたみたいなんです。これからもリアンの料理が食べられるなんて私とっても幸せです」
エレン様が拝領したのは、地上に戻った神聖国の土地を含めた辺境のあの一帯全てだ。
辺境のあの地の魔物もすでにリリちゃんが統率してくれているので、むしろ、リリちゃんと意思の疎通が図れるエレン様しかあの地を治められる適任者はいない。
「それにしても、無力化の魔法の他に、包丁捌きや掃除に特化した魔法が使えるなんて、シアちゃん様と一緒に移住するのに本当に適した人材ですよね。てか、料理や掃除に特化した魔法なんてあるんですね」
すると、どうしてかみんなが黙ってしまった。何となく嫌な予感がする。何か重大な勘違いをしている気がしてきた。
「リリー様は知っているはずよね? リアン様に向かって“暗殺者”って叫んだって聞いたわ。私、リリー様には言わないで欲しかったって、彼に誤解されたんだから」
「はいっ!?」
セレスティア様の言葉に耳を疑いたくなった。
どうやらリアンはあの小説に出てくる暗殺者で間違いないらしい。
ということは、包丁捌きや掃除に特化している魔法=殺って跡形もなく始末するのに特化している魔法=暗殺魔法、ってこと。
なんなの!? その新種の魔法は!?
いや、きっと今のリアンは暗殺なんてするはずがない。
それにセレスティア様は生きてるし、無事にイアン王太子が誕生してあの小説の物語は終わったはずだ。
私に復讐される覚えなんてない、よね?
実はまだあの小説の物語は続いていて、終盤のざまぁはこれからなんてあるはずがない、よね!?
終盤のざまぁって、エレン王子共々暗殺されるってことじゃん!!
考えれば考えるほど嫌な汗が流れてきた私は、ざまぁを回避する方法を模索する。
そして閃いた! 私ってば天才すぎる。
「私、リアンに今までの非礼を詫びてくる!!」
とりあえず謝っておこう。もちろん土下座で。
ちなみに、土下座という行為はこの世界には存在しないらしい。
ご愛読ありがとうございました。
ブクマ、評価、お気に入り登録をしてくださった皆様、めちゃくちゃ感謝しています!!
_○/|_(土下座)




