突然の別れと決意
「竜神様、今日は国民の皆様にリリーちゃんの魔法をお披露目する日ですよ。リリーちゃんがグレゴリー様の魅了の魔法と私の癒しの魔法のどちらも受け継いだと知ったら、きっとみんな喜んでくれるに違いないわ」
一歳の誕生日に、神聖国の王族は国民立ち合いのもと魔力測定をすることが定められていた。
魅了の魔法が使えるということが王位継承権を得るための大前提だからだ。
もちろん産まれてすぐにリリーの魔力測定は済んでいて、王位継承権は認められているのだけれど。
お披露目の儀式に先立ち、ネリネはリリーを連れて竜神のところへと訪れ嬉々として報告する。
そんなネリネとは裏腹に、いつもならすぐに会話に応じてくれるはずの竜神の様子が違っていた。
「竜神様? どうしたの? お身体の調子でも悪いのかしら?」
癒しの魔法が必要なら仰って、とネリネは竜神を気遣う。すると竜神は心配かけまいと閉じていたその重い口を開こうとする。
『ネリネ、オマエノ番ガ……』
しかし、その先の言葉をネリネに伝えることが出来ず、やはり言葉に詰まってしまう。
「私の番って、グレゴリー様のことかしら?」
グレゴリーは神聖国の国王で、ネリネの夫であり、リリーの父親のことだ。
現在は、お披露目の儀式のために王城で待機しているはず、……だったが。
言葉を止めた竜神は、一人の騎士を結界の中に招いた。その騎士がグレゴリーが持っているはずの竜の涙を持っていたからだ。
「……妃殿下、いらっしゃいますかっ!?」
「あら? パパったら、そんなに慌ててどうしたの? 竜神様も、私とリリーちゃん以外の人を結界の中に招くなんて珍しいわね?」
「妃殿下! 早くお逃げ下さいっ!!」
「逃げる? どうして?」
不思議に思ったネリネだったけれど、先ほどの竜神の言葉を思い出し、その答えに行き着いた。ネリネの番、グレゴリーに何かあったのだと。
「グレゴリー様の身に何かあったのね?」
「……王兄殿下が、謀反を起こされました」
「えっ?」
「王兄殿下が、姫様のお披露目の場に集まった民衆に対して魅了の魔法を使い、殺し合いを命じたのです」
「何を言ってるの? いくらお義兄様だって、そこまで浅はかなことをするはずないわ」
しかし、そのまさかだった。王兄のオークリーは虎視眈々とその時を待っていたのだ。
民衆が集まり、かつ、ネリネがすぐに駆けつけることのできないその時を、今か今かと待ち侘びていたのだ。
「陛下が民衆を助けるために、急ぎバルコニーに備え付けてあった魔力増幅薬を服用し騒動を収めたまでは良かったのですが、突然その場に倒れ、そして……」
儚くなった。突然のことで手の施しようがなかったと。
信じたくない。けれど信頼する護衛騎士が嘘を吐くはずもなかった。
頭が真っ白になりながらも、ネリネは何とか気を持ち直し、状況把握に努めようとした。
「魔力増幅薬で命を落とすなんて、そんなはずはないわ。何か他に原因があるはずよ?」
「……このままでは姫様にも危害が及ぶおそれがあります。此度の謀反は王位を狙ったもので間違いないと思われるからです」
神聖国王に即位することのできる条件は、魅了の魔法を有することだ。
国王であるグレゴリーが亡くなった今、魅了の魔法を有するのは、王兄のオークリーと、何も知らずに竜神の周りをよちよちと歩くリリーだけ。
次にオークリーがリリーを狙うだろうことは容易に想像がついた。
「だから今のうちに早くお逃げ下さい。……最期に陛下からこれを託されました」
それは、国王と王妃に代々受け継がれてきた竜の涙だった。その竜の涙を目にした瞬間、ネリネは決意を固めた。
「……パパ、お願いがあるの」
「何でしょうか?」
「リリーちゃんを連れて、ガルシア国に逃げてちょうだい。王城のゲートはおそらくもう通れないわ。だからあなたしか頼れないの」
ネリネは人目を盗んでガルシア国に何度も足を運んでいた。だからこの時もすぐにガルシア国に逃がすという案が頭に浮かんだのだ。
そして、パパの使える魔法が何かということももちろんネリネは知っている。神聖国では禁忌とされている無力化の魔法だ。
パパも、自分にしか頼れないと言われたことで、無力化の魔法を使うことだとすぐに理解した。
「それなら妃殿下も一緒に」
「いいえ、私はあの人の意志を継がなくてはならないわ。あの人が守ろうとした国民とこの国を守りたいの。竜神様ももうすぐ完全に目覚めるわ。きっともうすぐ結界が解かれるはずよ」
「陛下のご意志、ですか? それに結界が解かれるとはどういうことでしょうか?」
グレゴリーの意志、それは、竜の涙と共に代々受け継がれてきた竜神と交わした約束ーー竜神の子が孵る頃には地上に戻ることーーを果たすに際し、神聖国と国民が無事に地上に戻ることだった。
竜神の力が弱っており、結界を解いた瞬間に神聖国が地上に落下するおそれがあることも、この時にはすでに予測していたのだ。
「でも、このままでは妃殿下に危険が及ぶのは目に見えております。私がいなくなってしまったら妃殿下のことを誰がお守りするのですか!?」
『我ガ責任ヲ持ッテ、ネリネヲ守ル』
「えっ?」
突然頭に響いたその声にパパは驚き、瞬時に竜神に目を向けた。
「今のは、竜神様のお言葉、ですか?」
「そうよ。竜神様とお話ができるのは、その竜の涙のお力なの」
グレゴリーがパパに託した竜の涙。これを持つ者は竜の声を聞くことができる。
「私は大丈夫よ。竜の涙の存在を知らないお義兄様は竜神様と会話が出来ないもの。竜神様のお声が聞こえないと国王としては致命的だわ。だからきっとお義兄様は私を殺すことができないわ。でも残念ながらリリーちゃんは……だから今すぐリリーちゃんを連れて逃げてちょうだい」
「それは命令ですか?」
「いいえ、断ってくれても構わないわ」
ネリネは真っ直ぐにパパを見つめ答えた。パパにはパパの人生がある。そう思っているからこそ無理強いはしたくなかった。
「承知、致しました……」
「ありがとう」
自分はなんてずるい女なのだろうと思いながらも、ふわりと微笑んで礼を言った。
いつも自分の意思を尊重してくれていたパパが、この申し出を断ることなどないと確信していたのだ。
同時に、パパなら必ず大切な愛娘を育ててくれるということも、ネリネは信じて疑わなかった。
「急いで準備をしましょう。万が一のことも考えてリリーちゃんの魅了の魔法は使えなくしておかなきゃ」
「では、至急封印の魔法が使える者を手配致します」
「待って。パパの魔法があるじゃない。あなたと同じように魔力を無力化してしまえばゲートも通れるし、魔力測定器も反応しないでしょう? それに完全に封印してしまうといざという時に魔法が使えないわ。それは避けたいの」
神聖国では禁忌の魔法である無力化の魔法の所持者は、己の魔力を無力化し魔法が使えない者を装うか、秘密裏にガルシア国に逃れるかのどちらかで、パパは前者だった。
パパは今までずっと己の魔力を無力化して、いざという時にだけその魔法を使っていたのだ。
例えば、初恋の人が魅了の魔法をかけられそうになるのを防いだり……
「では魔法石に……」
「いいえ、私の持つ竜の涙と同様に、あの人から預かった竜の涙に無力化の魔法を込めてちょうだい。それをリリーちゃんの体内に埋め込めば、魔力を無力化できるはずよ。と、その前に竜神様がパパにお話があるみたいだわ」
「竜神様が、私にですか?」
『今後ハオ主ガ魔法石ヲ作レ。作リ方ハ教エル』
「パパにも教えてしまっていいの?」
突然の竜神の申し出にネリネは驚く。魔法石を作れる者はネリネを含めごく僅かな者だけだったからだ。
『信用デキナイ者ニハ教エラレナイ。ケレド、ネリネハコノ者ニアノ計画ヲ託スノダロウ?』
「えぇ、まあ……でもこれ以上パパに無理強いをするつもりはないわ」
「妃殿下、私の人生はすでにあなたのものです。あなたが望めばこの命さえも全てあなたに捧げます」
「パパ……相変わらず重いわね」
そして、ネリネはグレゴリーと話していた計画を簡潔に説明した。
「……という計画なの。ただ、それにはたくさんの魔法石、魔力の実がなる木が必要なの。けれどそれが難しくて。一本だけは育ってくれたのだけれど」
神聖国内にあったはずの魔力の実のなる木は全て枯れてなくなり、ようやく見つけた最後の一本をターミナルに移した結果、ようやく魔力の実をつけることに成功した。けれど、成功したのはいまだにその一本だけ。
『魔力ノ実ノナル木ヲ育テルナラ、コノ真下ガイイ。魔力溜マリノ場ガアル。キット木自体モマダ残ッテイルハズダ』
そしてパパは竜神とネリネから、魔力の実のなる木の育て方と魔力の実を魔法石にする方法を教わった。
話を伝え終えた竜神はまた眠りにつき、一方、パパに無力化の魔法を込めてもらった竜の涙を、ネリネは自らの手でリリーに託す。
「リリーちゃん、ごめんね。痛いかもしれないけれど許してね。傷は私の魔法で綺麗に治すから」
涙を零しながらも竜の涙をリリーの後頚部に埋め込んだ。
万が一傷が残っても髪の毛で隠せる場所で、かつ、有事の際に、パパがさりげなく魔力の無力化を解除、コントロールできるようにその場所が選ばれた。
痛くないように痛みを無力化してもらってはいるけれど、首筋から流れ出る血を見てしまったら涙が止まらなくなった。
「パパ、リリーちゃんをよろしくね。ガルシア国ではアリシア王女を頼るといいわ。運良くお会いできればだけど」
「はい。承知致しました」
「リリーちゃん、必ずまた会えるわ。その時はたくさん抱きしめさせてね」
そして、パパは自分の魔力も無力化し、リリーと共にターミナルに通じるゲートを潜った。
ターミナルに着いた瞬間、その目に飛び込んできたものは……
「ダーリン! 可愛い私たちの子を連れてきたわよ〜!」
「おお、愛しのマイワイフ! 今日もビューティフルで惚れ惚れするよ」
ゲートの前でいちゃいちゃする施設長とアリシアだった。
「ふふ、ダーリンったら、誰かに見られたらどうするの?」
「今日は姫殿下のお披露目をしているから王城のゲートを使う者はいないよ。国民は皆広場に集まってるだろうし!?」
しかも目が合ってしまった。
「パパ!? お前、どうしてここに? しかもその子はお前の子か?」
「……施設長と、アリシア王女殿下ですね」
さっそくアリシアに出会えたというのに不安だけが募る。できれば頼りたくないと思ってしまった。
「あら、私のことも知ってくれているのね。その可愛いらしい子はもしかしてネリの娘のリリー姫ね! ネリにそっくりだわ。でもお披露目の場にいるはずのリリー姫がここにいるということは、……神聖国で何かあったのね?」
すぐに察しがついたらしいアリシア王女にパパはネリネが頼るように言った理由の一端を垣間見た。
神聖国で起きた出来事を話し、パパはガルシア国に逃してくれるよう願い出た。
ターミナルの外に出るためには国王の許可が必要なのに、もしもオークリーが国王の座に就いてしまったら逃げることは不可能、チャンスは今しかないと思ったからだ。
「わしとしても、神聖国が地上に戻ってくれた方がありがたいから協力はする。ただ立場が立場なだけに表立って協力をすることはできない。だから、わしは何も見ていないことにする」
「本当ですか?」
「ああ、時々あの塀を乗りこえようとする者がいるんだよ。とは言っても実際にそんなことができるのはマイワイフくらいだがな」
「ふふ、私たちが出会ったあの日を思い出すわね」
またもいちゃいちゃし始め、挙句の果てに出逢いの馴れ初めを語り始めようとしたため、パパは慌てて咳払いをしてそれを制止した。
「施設長はどうして危険を冒してまで協力をしてくださるのでしょうか?」
「可愛い我が子に自由と選択権を与えてやりたいというのが理由の一つだな。わしはわしのこの仕事に誇りを持っている。けれど、その一方で自由がないんだよ。この仕事は空に浮かぶ神聖国に危機が訪れた際の唯一の脱出手段だから、何があってもこのゲートだけは守らなければならぬ」
「神聖国が地上に戻れば、その必要がなくなると?」
「そうだ。そしてわしは自由になれる。マイワイフと思う存分旅行にも行けるし、何よりわしたちの関係も公にできる!!」
「ふふ、ダーリンったら! その時は盛大にお披露目しましょうね! ダーリンのためにも私も協力するわ」
「本当ですか?」
「もちろんよ。ダーリンも我が子も大切だし、ネリも私の大切な友達でとっても大切な取引相手なの。ネリからあの計画を聞かされてきてるんでしょ?」
ガルシア国と神聖国では、昔からある取引が行われていた。
魔法使いをガルシア国に送る代わりに魔法石を融通するという取引だった。
取引は今もネリネとアリシアによって続けられていた。
魔法石を融通する代わりに神聖国が無事に地上に戻れるよう協力を惜しまない、とその内容を変えて。
ただし、神聖国が落下するかもしれないという事実は無駄に不安心を煽ってしまう可能性もある。
表向きには以前と変わらず国交はボールドウィン侯爵家のみが担っていることにして、取引は秘密裏に進められていた。
無事にガルシア国に逃れたパパとリリーは、辺境の地へと向かった。
そして、オークリーが神聖国王に即位したその数年後、不運にもボールドウィン侯爵が魅了の魔法で操られてしまったことで、あの事件が起きてしまう。




