秘密の計画
「暗殺者だなんて、突然どうしたの?」
暗殺者だと言われたにも関わらず冗談だと笑ってくれている。私だったら「こんな時にふざけるな」と憤慨したに違いないのに。
だからこそ私の進むべき道が決まった。
「今すぐ治すから!! セレスティア様のことももちろん助けるけど、今はイアンを治す方が先だよ。だって、もしもセレスティア様を助け出せても、その時にイアンの目が傷付いていたらセレスティア様は悲しむはず。だから!!」
嘘。本当は暗殺フラグを潰したいだけだ。
絶対にイアンを隻眼にしてはいけない。暗殺者にしてはいけない。絶対に!!
このままのイアンでいて欲しい。イアンには暗殺者なんて似合わない。
「でも、そんなに簡単に治るわけが……」
「私を誰だと思っているの!? 聖女様だよ!」
「でも、魔力が……」
ふっふっふ、とポケットから取り出した物は一本の小瓶。いざっていう時に使おうと思っていた、施設長からの貢ぎ物だ。
「魔力増幅薬を使えば大丈夫! 私の魔力はイアンとは違って運じゃないの。魔力増幅薬が鍵なんだ!」
運よりも確実にコントロールできる。ただ魔力増幅薬が貴重だからコスパが高いうえに手に入らないだけ。
「でも、魔力増幅薬って副作用があるから使っちゃいけないんだよ? 神聖国の前国王陛下も、副作用で亡くなったって……」
「えっ、そうなの?」
あの魔力の実だけでなく、魔力増幅薬もそんな危険な代物だったなんて。
いや、魔力増幅薬は施設長がくれたものだ。美味しいおやつを用意してくれる施設長が悪い人のわけがない。だから安全安心に違いない。
前国王陛下が亡くなったのは何か別の理由があるはずだ。
「心配いらないよ。今まで何度も飲んできたけれど大丈夫だったから! それにどうしてか、私には副作用が起きないみたいなんだよね。きっとお腹がタプタプになるほど飲めるはずだから」
だって、魔力の実を食べても平気だったんだから、竜神様同様、魔力増幅薬なんて水と同じだ。
「……でも、僕はリリーを騙していたんだよ? シア様の息子だって」
むしろ一生騙されていたかった気もする。その方が心の安寧が保たれたはずだ。
けれど、暗殺者だって知ってしまった今、私の心の安寧を取り戻すために私がやるべきことはただひとつ。その暗殺フラグをへし折ること。
「とりあえず治療するね」
だからさっさと治療して暗殺フラグをへし折りたい。あわよくば、今回のことで大恩を売っておきたい。
イアンにこれ以上有無を言わせまいと、私は小瓶に入った魔力増幅薬をグイッと飲み干した。
完全に治癒させたいし、少しの傷跡も残したくないから魔力増幅薬の出し惜しみはしない。
「よし、いける!!」
身体中に魔力がみなぎっているのを感じた私は、イアンの左目に手を翳し、癒しの魔法を使う。
一瞬にして傷は塞がれ、ゆっくりと瞳が開かれる。そして、目をぱちぱちと瞬かせながらイアンは顔に付いた血を拭う。
「どう? まだ痛む?」
「痛くも何ともないよ。血でちょっと見づらいだけだと思う」
「本当? 良かった〜!」
暗殺フラグが潰せて。
「はは、リリーはすごいなぁ。正直言って、久しぶりに本気で死ぬかと思った。……リリー、ありがとう」
「どういたしまして」
「もっと感謝をすべきだろうけれど、今はティア様を!」
「もちろん!!」
後で必ずお返しするから、という申し出をありがたく受け取って、セレスティア様を助けるために私たちはすでに姿の見えなくなったオークを追って王城へと向かおうとした。
「待ちなさい!」
急ぐ私たちの前に立ち塞がったのは、いつも何をしているか分からないあのお方。
「シアちゃん様!? どうしてですか? 早くセレスティア様をお助けしないと、オークにあんなことやこんなこと」
想像しただけでも腑が煮え繰り返る。私の推しに手を出すな!!
「大丈夫よ。ティアちゃんの方はすでに手を打ってあるから、絶対に手出しはさせないわ。私たちは超特急で最後の準備をするわよ」
「準備? セレスティア様奪還計画の、ですか?」
「もちろんそれもだけど……」
シアちゃん様は意味深に微笑んで、そして私に問う。
「リリーちゃんも本当のことを知りたくない?」
「本当のこと? イアンの正体ですか?」
イアンの正体が暗殺者だということか。そのことならば、できれば聞かないでおきたい。聞いてしまったらまた暗殺フラグが復活しそうで嫌だ。
「私とイアンがどうして神聖国に来たのかということと、リリーちゃん、あなたのことよ」
「私のことですか?」
「ええ、リリーちゃんは魅了の魔法が使えるわよね?」
「えっ!? どうしてそれを?」
ドキッと鼓動が跳ね上がった。私が魅了の魔法が使えることは知られていないはずなのに。
突然私の秘密をぶっ込んできたシアちゃん様が次にどんなことを言ってくるのか、私は生唾を飲み込んでその言葉を待った。
「……やっぱりやめた。教えられないわ」
「えぇっ!? そこまで言っておいてそれはないんじゃないですか!?」
「私の口からは、っていう意味よ。私について来て」
セレスティア様のことも気になるけれど、今はシアちゃん様の言う通りにした方が良さそうだ。
そして、たどり着いたのはシアハウスの裏庭で。
「もしかして、今から竜神様のところへ行くんですか?」
「そうよ。さあ、行くわよ」
すると、案の定地面に穴が開く。まずい、このまま落ちたら痛いやつだ。でも防ぐ術がない。
どうしよう、と思う間もなく私たちは見事にその穴に落ちた。
「……あれ? 痛くない……」
どうして? と周りを見回すと、シアちゃん様もイアンも宙に浮いていて、そのままゆっくりと下ろされた。飛翔の魔法のおかげだった。
「あれ? やっぱりイアンは飛翔の魔法が使えるんじゃん!」
「違うよ。これは全てシア様の魔法なんだ」
「シアちゃん様の?」
シアちゃん様の方を見ると、にこりと微笑んでいた。
たしかにシアちゃん様もガルシア国の王族だ。飛翔の魔法が使えても何らおかしくはない。
「今まではシア様が使った魔法を僕が使ったように見せていたんだ。運がいい時にだけ使えると言いつつも、本当はシア様と一緒にいる時にだけ飛翔の魔法が使えるってからくりだよ」
シアちゃん様は魔法の腕前は良いけれど、魔力自体は少ないらしく、連発は難しいらしい。
「なるほど! 見事に騙されたよ。それならイアンは全く魔法が使えないの?」
「一応使えるけど、僕の魔法は無力だから……あ、ネリネ様!」
「リリーちゃん!」
私たちがやって来たことに気付いたネリネ様が走ってこちらに向かってきた。
「シアに、イアン君も。みんな揃っているということは、もしかしてリリーちゃんに話したの?」
「あのことはまだよ。ネリももう覚悟を決めよう。それにあのことはネリの口から話した方がいいでしょ?」
「覚悟って……」
ネリネ様はちらりと私を見てきた。
「リリーちゃんは巻き込めないわ。私の我儘なのは分かってる。でも、リリーちゃんまであの人と同じ目に遭ってしまったら、私……」
「でもリリーちゃんの魅了の魔法がないとこの計画は成功しないのよ? それに今度はネリが側にいるし、リリーちゃん自身も癒しの魔法が使えるわ。だから大丈夫よ」
「で、でも、それならお義兄様にやらせればいいじゃない!!」
「オークリーが私たちの言うことを聞くと思う!? それこそ前と同じことをするだけだわ」
「それは……、でも国が落ちると知れば、普通なら嫌でも協力するでしょ?」
「もう、ネリは本当に分かってない。そうなったらオークリーは一人で真っ先に逃げるわよ。だからこそ、リリーちゃんの協力が必要なの」
ぶっちゃけ話が見えない。ネリはネリネ様のことだとすぐに分かったけれど、オークリーという新しい名前が出てきた。
オークリー……いや、まさかね。でもやっぱり気になって聞いてみた。
「あの、オークリーって誰ですか?」
話の流れから察するに、魅了の魔法が使えて、国の危機に直面したら真っ先に逃げる人物。そしてネリネ様のお義兄様。
そうなると私が思い浮かぶのは一人だけ。
「国王陛下よ」
シアちゃん様が答えてくれた。オークの名前がオークリーだったなんて、そんなバカな。いや、私ってばある意味天才かも。
「確かにオーク……リーじゃ協力なんてしてくれなさそうですね。私でいいなら協力しますよ?」
悪いことには協力できないけれど、神聖国の危機を救うためなら喜んで協力したい。
だって私にはこの神聖国でのし上がって、エレン王子に求婚するって野望があるのだから。
「絶対にだめよ! 魔力増幅薬を飲んで、リリーちゃんに万が一のことがあったら……」
「魔力増幅薬なら飲んでも全然平気でしたよ? 何なら魔力の実だって。あ! 魔力の実と言えば、竜神様に貢ぎ物を持って来ましたよ」
いつ竜神様に会ってもいいようにと、この前とった魔力の実を持ち歩いていた。
『リリー、デカシタ』
袋から魔力の実を取り出そうとすると、すごい早さで袋ごと全て持っていかれた。本当に好きなんだね。
『ネリネ、アノ時ハ通常以上ノ魔力ヲ感ジタ。眠ッテイテモ分カルホドノ魔力。オソラクネリネノ番ハ魔力増幅薬デハナクテ魔力ノ実ヲ摂取シタニ違イナイ』
「でも、あの人は魔力の実の使い方を知っているわ。私がいないところで間違っても魔力の実を口にするはずがないもの。だからきっと、今まで魔力増幅薬を飲み続けた副作用がとうとうあの人を……」
『ネリネ、申シ訳ナイガ我ノ力ハ限界ダ。番ガ命ヲカケテ守ッタコノ国民ヲ守ラナクテイイノカ?』
「それは……」
ネリネ様はキュッと唇を噛み締める。
「ネリ、やれるだけやってみましょうよ。……オークリーにまずは頼むわ。でも、万が一の時はリリーちゃんにお願いする。それでいいわね?」
「そうね、分かったわ。その時は私がリリーちゃんを助ける。今度こそ、絶対に死なせないから」
「手伝うとか言っといて今更なんですけど、私、難しいことはできないですよ!?」
「大丈夫、リリーちゃんにやってほしいことは……」
シアちゃん様とネリネ様から今回の計画を聞いた。
竜神様の結界を解いた後、地上に向かって落下していく神聖国を飛翔の魔法石を使ってゆっくりと着陸させる。
飛翔の魔法石自体は集まった国民のみなさんに持ってもらい、魔力増幅薬で威力を上げた魅了の魔法を使って、各々の魔力で発動させるように命令するのだとか。
確かにエレン王子を百人用意するよりも、飛翔の魔法石を大量に用意する方が現実的だ。
もちろん私的には前者の方が嬉しいけれど。
「……その一番大切な魔法石はどうやって配るんですか?」
「もちろんこれよ」
と言いながら、シアちゃん様が取り出したのはあのお守り袋だ。
「プチギフト?」
「この中に飛翔の魔法石を入れて国民みんなに配るの。本当は私とオークリーのなんちゃって結婚式の時に配る予定だったんだけれど、その役目はティアちゃんにお願いすることにしたわ。嘘でもオークリーの隣に並ぶのは正直嫌だったしね」
「それなら肝心の魔法石はどうやって大量に用意するんですか!?」
いくら魔法石が小さいとは言っても、さすがに大量となると人目を気にしなくてはならない。
そもそも魔力の実がなるあの木は、私が探した限り神聖国にはなかった。故に、ガルシア国から持ってくるしかない。
「その問題も解決できたの! リリーちゃんのアイデアでね。さすがね!」
「私のアイデア?」
シアちゃん様が取り出したのは一つの小袋。まさか。
「考えたリリーちゃんもさることながら、これを作れる私のダーリンってば本当に天才だわ」
ふふ、と笑ったシアちゃん様はまるで恋する乙女のようだ。いや、ちょっと待って。今なんて言った!?
「ダーリンが作った?」
間違いなくシアちゃん様はそう言った。けれど、どう見てもシアちゃん様が持つ小袋は、四次元ポケ……鞄と同等の品物だ。
小袋の中から、見た目の容量以上に、魔法石がジャラジャラと出て来たのだから間違いない。
これだけ魔法石があったら将来安泰なほどがっぽり稼げる。いや、この小袋自体ががっぽり稼げる代物だ。
「そうよ。ね、ダーリン!」
「イエス、マイワイフ!」
ヒュンっと登場したのは、まさかのーーいや予想通りというべきかーー施設長だった。しかも空間転移で。
今日一びっくりした出来事だった。
びっくりしすぎてその後のことをよく覚えていない。




