君の正体は?
「違う……?」
長年の想い人、イアンとの感動の再会のはずなのに、セレスティア様の口から溢れた言葉は「ずっと会いたかった」ではなく、全くの別物で。
ツンデレ発揮のわけがない。このような場面でセレスティア様が冗談を言うはずもない。だから本気で言っている。
イアンはイアンじゃなかった。……ちょっと待って、意味が分からない。
目の前にいるイアンは、私が神聖国に到着したその日に間違いなく“シアちゃん様の隠していない息子のイアン”だと紹介された。
それなのに、セレスティア様はイアンではないと言う。母親が息子と紹介しているというのに。
もちろん私が導き出した結論は、
「違うって、イアンですよ? セレスティア様が最後に会ったのは幼い頃だから、成長して面影がなくなっちゃったんですよ。別人レベルで変わる人もいますよ!」
私の無理矢理な主張に、強張った表情のままセレスティア様は首を左右に振る。
「“見たら”わかるもの。ううん。見なくても私がアンを間違えるわけがないわ。……彼はアンじゃない。本物のアンは、イアン王子はどこにいらっしゃるの?」
ぽたりぽたりと大粒の涙を流しながら、セレスティア様はその場に座り込んでしまった。
その姿を目の当たりにしたイアンは唇を噛み締めて、そして申し訳なさそうに小さく言葉を発した。
「ティア様、詳しい説明は後ほど……だから、どうか、彼のことを信じて待っていてください」
「えぇっ!?」
驚いたのはもちろん私だ。
イアンだと思っていたこの彼はイアンじゃなかった。別人レベルの変化ではなく全くの別人だった。
たしかにシアちゃん様に全く似ていないとは思っていた。でも、私もパパとは全く似ていないから深くは気にしていなかった。
しかも、シアちゃん様が私に嘘の説明をしたということになる。私だけでなく、神聖国で出会った全ての人たちを騙している。
でも一体何のために? それよりも、一体このイアンは誰なの?
直接問いただしたくても私が口を挟める雰囲気ではなくて、空気の読んだ私は黙って事の成り行きを見守るほかなかった。
「……アンは、無事なの?」
「はい。もちろんです」
「どこにいるの?」
「それは……今は言えません」
ごめんなさい。イアンーー本当はイアンじゃないらしいけれど、とりあえずイアンでーーはそう小さく呟くと、セレスティア様をゆっくりと立たせてくれた。
そんな中、空気を読まないオークが声を荒げる。
「おいおい、俺様のことを忘れてはいないか? アリシアのやつ、息子と一緒に移住するとか言っておきながら、違うやつを連れて来ていただと!? やっぱり何か企んでいるのか? いや、でもこやつも飛翔の魔法が使えるしな?」
そういえばイアンも飛翔の魔法が使えた。ガルシア国の王族だけが使える飛翔の魔法を。
そのおかげで私は新技の空中土下座ができるかもしれなかったのだから。
そう思ってイアンを見れば、イアンは俯いて口を噤んでいる。
イアンの飛翔の魔法が発動するのは運だから、もしも証明しろと言われても難しいからかもしれない。
「そうだ。セレスティア、お前が見ればいい。リリーもこやつの本当の正体を知りたいだろう?」
突然のオークの提案に私は首を傾げる。たしかにイアンの正体は気になるけれど、それをセレスティア様にどうにかしろだなんて無茶振りがすぎる。
「そりゃ知りたいですけど。でも、見るって、何をですか? そんな無茶振り、セレスティア様だって困ってるじゃないですか」
「もしやリリーは知らないのか? セレスティアは鑑定の魔法が使えるから、誰がどんな魔法を使えるかを知ることができる。さあ、セレスティアよ。こやつが何者なのか、本当に飛翔の魔法が使えるのかを教えておくれ」
「……」
無言のままセレスティア様がイアンの方をちらりと窺った。
この状況ではっきりと飛翔の魔法が使えると言わないのは、飛翔の魔法が使えないと言っているのと同じことだとしか思えない。
そのことにイアンも気付いているようで、セレスティア様に微笑んでゆっくりと告げた。
「ティア様、本当のことを言って頂いて構いません。私はあなたのお陰で今まで幸せでした。あなたが苦しむ必要は全くありません。だから……」
イアンがそう言うと、セレスティア様は言いづらそうにゆっくりと口を開く。
「この方は……飛翔の魔法は……使えません……」
瞬間、イアンに向かって短剣が振り下ろされた。
「きゃあっ!!」
「イアンっ!?」
血飛沫が飛び散りその場に座り込むイアン。喚き叫ぶこともなく、ただじっと痛みに耐えているようだった。
きっとイアンは覚悟していたのだろう。正体がバレた瞬間に殺される可能性を。
「仕留め損ねたか。まあいい。セレスティアに免じてこれで許してやる。さあ、セレスティアよ、こんなものは捨てて俺様のところへ」
目の前で起きた出来事に、ガタガタと震えながらもセレスティア様は必死で抵抗する。
けれど、力無く握っていたネックレスは呆気なく奪い取られ、その場に投げ捨てられた。そして、無惨にも踏み躙られる。
「ふんっ、今までこれのせいで効かなかったのか。無力化の魔法石なんて、そんな禁忌の魔法がいまだに存在していたなんてふざけた話だ。きっとアリシアも……」
瞬間、オークの視線が私に向いた。
「まさか、リリーも?」
まずい。いや、無力化の魔法石を持っていない私は何ら問題はないはずだ。けれど、魅了の魔法が使える私はオークが放つ魅了の魔法が効かない。
このままでは無力化の魔法石を隠し持っているとあらぬ疑いをかけられて、ここぞとばかりに身包みを剥がされる可能性もある。
そんなの絶対に嫌だ。よし、決めた!
「もうっ、国王陛下ったら、セレスティア様ばっかりお相手してズルいわ。もう、怒っちゃうから! ぷんぷん」
思いっきり甘えてみた。渾身のヒドインを全力で演じた。我ながら鳥肌が立つほどの出来だ。
「ぐふふ、リリーには効いているようだな。そうか、リリーに怒られるのは嫌だしな〜」
そう言いつつも、オークの視線はセレスティア様のたわわなボディーと私のあれれなボディーを見比べている。9:1の割合で。
「リリーのことは後で可愛がってやるから、もう少し待っていなさい」
「もうっ絶対ですよぅ!!」
私の方を見た時に、残念なものを見る目をされたのが屈辱すぎる。しかもため息までついていたし。けれど、今はこれでいい。
「さあ、セレスティア、こちらを見なさい」
「いや……」
「さあ、大人しく言うことを聞かないと、こやつがどうなってもいいのかな?」
何の躊躇いもなくオークはイアンを足蹴りにする。
「ティア様は逃げて……」
足蹴りにされながらも、イアンはセレスティア様にに早く逃げるように促していた。
「……分かったわ。だから、リリー様と彼には何もしないと約束をして」
そう言うと、セレスティア様は顔を上げてオークと向かい合った。
「ああ、可愛いセレスティアの頼みだ。何なら俺様たちの結婚式にも招待してあげようじゃないか」
ぐふふと笑ったオークは、セレスティア様に向かってウインクを放った。魅了の魔法だ。
セレスティア様の無力化の魔法石は、足元に無惨に転がっている。だから、
「さあ、セレスティア。我が愛の城へと帰ろうじゃないか」
「はい、陛下」
オークの腕に自身の腕を絡ませて、セレスティア様は身体をぴたりと寄せる。
セレスティア様が、オークに魅了されてしまった。
歯がゆい気持ちを抑えつつも、今の私には何もできなかった。
だって、今もなおイアンの顔から血が滴り落ちて、地面は血溜まりとなっていたから。
それに、これ以上オークの逆鱗に触れてしまったら、イアンは殺されてしまうかもしれない。それだけは絶対にあってはならない。
「リリー、ティア様を、早く」
まずはイアンを助ける方が先決だと判断した私に、イアンはセレスティア様の方を優先してと言う。
正直言ってどうすれば一番良いのか分からなくなってきた。
パニックになっている私に、イアンは力を振り絞り、私にやるべき道を示してくれる。
「め、だけ、だから僕は大丈夫……」
「えっ!?」
嫌な予感がした。イアンのその言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に「ざまぁ」という三文字が過る。
「目くらい見えなくなっても」
そう言いながらイアンが顔を上げた瞬間、それは確信へと変わる。
「ひぃっ!!」
驚愕に言葉がうまく出てこない。
イアンの顔の左半分からは夥しいほどの血が流れ出ていた。その手は左目を押さえていて、嫌でも目に深い傷を負わされただろうことが分かった。
「あ、あん……」
「リリーったら、ティア様の、真似?」
痛みに顔を歪ませながらも、イアンは笑ってくれる。これ以上私を不安にさせないために。
私には想像もできないほどの恐怖と痛みを伴っているはずなのに、私に心配をかけまいと平静を装ってくれる。
やっぱりこのイアンはめちゃくちゃ良い人だ。きっとイアン王子のふりをしているのには理由があるはずだ。
けれど、私は別にセレスティア様を真似てイアンのことをアンと呼んだわけではない。もちろん笑わせたいわけでもない。
目に深い傷を負ったセレスティア様に恩義のある男性がいて、足元には無惨にも踏み躙られたセレスティア様が大切にしていた魔法石の付いたネックレス。
この状況が導き出す答えはただ一つ。
「暗殺者!?」
ガルシア国の幻の王子、イアン王子のふりをしていたこの彼が、あの小説でリリーに見事なまでのざまぁを下す暗殺者であるということ。
イアンの正体は、私を殺す隻眼の暗殺者だった。




