運命の再会
次の日の朝早く、セレスティア様に無理やり起こされた。まだゆっくり寝ていたかったのに。
「リリー様、起きて!」
「う、うーん……おはようございますぅ」
「おはようございます。とっても良い朝ね」
「……セレスティア様ぁ、まだ早すぎですよぉ、もうちょっと寝ましょうよぉ〜」
「起きて! 今日はリリー様が私の髪を可愛らしく結ってくれるってお約束でしょ? だから、お願い」
こんなに可愛らしくお願いをされてしまったら、眠気も一気に吹き飛んでしまう。
ネリネ様に教わったヘアアレンジを大いに活用してセレスティア様の髪を整える。まるでツンデレなネコ様を撫でることができた気分。あぁ至福。
我ながら大満足な仕上がりに、セレスティア様も喜んでくれた。そして、早く早くと手を引っ張られながら私たちは食堂へと向かった。
イアンは朝はだいたい食堂にいる。みんなの朝食の準備をしてくれているからだ。
けれど、今日に限っては食堂のどこにもイアンの姿は見当たらなかった。
「もしかして、アンは私に会いたくないのかしら?」
セレスティア様の表情が一気に曇る。セレスティア様に会いたいくない男子なんてこの世に存在するわけがない。だから何か会えない理由があるはずだ。
「きっとまだ移住者の対応に追われているんですよ。だってほら、きちんと私とセレスティア様の分の朝食が用意されているじゃないですか!」
テーブルの上には、彩り豊かなサラダや焼きたてのパンケーキ、ヨーグルトやフルーツまで用意されている。私の分とセレスティア様の分。
「シアハウスの食事は全てイアンが作ってくれてるんですよ。凄くないですか!」
「嘘、これが全部アンの手作りなの?」
「そうなんですよ! 嫁に欲しくなりますよね……って冗談ですよ。むしろ私は作ってあげたい派ですから」
セレスティア様が思いっきり睨んできた。迂闊に冗談も言えない。
この一ヶ月、時間がある時にイアンから料理を教わっていただなんて口が裂けても言えない。
イアンの手作り料理を前にしてご機嫌が戻ったセレスティア様。私も美味しそうな料理を前にしたら一気にお腹が空いてきた。
「……美味しい。とっても美味しいわ!! アンにこんな特技があったなんて」
「驚きですよね。イアンを知れば知るほど王子様だと思えなくなりましたもん。料理はできるし、進んで掃除はするし、びっくりするほど働くんですよ。全く偉ぶらないどころか、誰とでもすぐに打ち解けてるし」
イアンは人を見た目で判断しないし、差別もしない。
あの小説では王に即位する人物なだけあって、現実のイアンも王の器に相応しい人格を有していると思う。ヒドイン的には認めたくないけれど、認めざるを得ない。
ちなみにシアちゃん様は、料理もしなければ掃除もしないし、基本的に何をしているのかも分からない。
元王女様だから家事全般できないのは仕方がないのかもしれない。
それなのに、お付きの人を連れずにシアちゃん様とイアンの二人だけで神聖国に来たものだから、あら大変。
生活の全てのことをイアンが担っていただろうことが容易に想像できてしまった。
イアンは苦労人だ。ぜひとも幸せになってほしい。早くセレスティア様と感動の再会をして、思う存分青春を謳歌してもらいたい。
それなのに、次の日もその次の日も、イアンは私たちの前に姿を現すことはなかった。
これにはセレスティア様もショックを隠しきれないようで、一緒にいる私の方が居た堪れない気持ちになってきた。けれど、私もさすがにフォローをしきれなかった。
「私、帰るわね。やっぱり迷惑だったのよ」
「いや、待ってください。きっと照れてるんですよ。それか何か事情があって」
「慰めはいらないわ。もういいの……」
「で、でも、どうやってガルシア国に帰るんですか!? それにゲートは王城にあるんですよ?」
「それは……」
「「……」」
私たちの間に沈黙が落ちる。けれど、用意周到なセレスティア様に限って、ノープランはないと思う。
「……アンとずっと一緒にいるつもりで来たから何も考えていなかったわ。どうしましょう?」
まさかのノープランに、逆にセレスティア様の本気を感じた。イアンに対する本気を。
だからこそ、出直したいと言うセレスティア様のお気持ちも尊重したくなった私は、奥の手を使う決意をした。
奥の手ーー王城にあるゲート“以外”のゲートの存在をセレスティア様にも教えてあげようと決めたのだ。
けれど、その奥の手にも一つだけ問題があった。
「ガルシア国に帰るには、ゲートを通るしか方法はないと思うんですけど、神聖国側のゲートを通るには、体外魔力がない人しか通れない仕様になっているみたいなんです」
「魔法が使えない人、ではなくて、体外魔力がない人なの?」
「たぶん。もちろん魔法が使えない人は魔力がないはずだから通れると思うんですけど、私みたいな、いや私はちょっと違うかな?」
だって、無力化の魔法石を持っていないから。
「えっと、施設長が教えてくれたんです。無力化の魔法石で体外に放出する魔力を無力化すると、体外魔力をなくすことができるだろうからゲートを通れるだろうって。だから、セレスティア様の魔法石でもできるんじゃないですか!」
「私の魔法石……」
胸元に隠されたネックレスを取り出したセレスティア様は、その魔法石を見て愛おしそうに微笑んでいた。
「セレスティア様はその魔法石をどこで手に入れたんですか? やっぱりボールドウィン侯爵家の財力で?」
と聞いたものの、本当はエレン王子とお揃いだということを私は知っている。きっとエレン王子からのプレゼントなんだ……へこむ。
「ううん。これはアリシア様から戴いたものなのよ」
「そうですか、エレ……えっ、シアちゃん様に貰ったんですか?」
「ええ、そうよ。本当は付けていたピアスの片方をくれるってアンが言ってくれたの。けれど、私の耳にはピアスホールがなかったから。私は空けるって言ったのにアンが必死で止めるものだから、それを見かねたアリシア様がくださったのよ」
「……じゃあ、エレン王子からの贈り物ではなかったんですね」
お揃いのアクセサリーの真実に、思わず顔が綻んでしまう。
だって、いくらセレスティア様がエレン王子のことを好きではないと言っても、やっぱり信じられなくて。
でも、本当に二人は全く好き合っていなかったんだと、ようやく心から安堵できた気がした。
「あら? でもどうしてエレン王子が出てくるの?」
「だって、エレン王子が付けているピアスとお揃いだったから。あれ? でもエレン王子はピアスを片方しかしていなかった気がする。ピアスって基本両耳ですよね? まさか他に女の影が!?」
「ふふ、女の影はないけれど、男の影はあるかもしれないわね」
「男!?」
それは考えていなかった。でもあれだけイケメンならあり得るし、それもありだと思ってしまった自分が憎い。
「エレン王子はアンに貰ったのよ。それを知った時、とっても悔しかったからよく覚えているわ」
「なーんだ。イアンから貰ったんですか。従兄弟同士仲が良いんですね。いとこ同士……いとこなら結婚も!?」
イアンの妹、かもしれない私でも結婚できるとシアちゃん様も言っていた。だから、イアンも条件は同じだ。まさかここに来て強力なライバルが現れるとは。
しかも嫁にしたいと思えるほどの逸材。間違いなく負ける。完敗だ。
「男の人同士の結婚は、神聖国では分からないけれど、ガルシア国では認められてないわ。そもそも私が認めないわ!!」
セレスティア様はイアンのことを全く諦める気はないらしい。そりゃそうだよね。長年一途に思い続けてきたのだから。
けれど、帰る意思は強いらしく、荷造りももうできているようだ。
「今度はきちんと連絡をしてから来るわ。やっぱり最低限のマナーは必要よね」
「私はいつでもウエルカムですからね!!」
「ふふ、ありがとう」
なんなら今度はターミナルでお泊まり会でもいい気がする。よし、施設長に打診しよう!
「あの、リリー様、帰る前にお願いがあるの」
「お願いですか? 私にできることなら何なりと」
「私ね、街の中を歩いてみたいの。この国で暮らしている人たちの姿をこの目で確かめたいの。本当に幸せに暮らせているのかを」
強い使命感を感じさせるその言葉に、私はセレスティア様のお願いを叶えてあげたいと思った。けれど……
「それは、シアちゃん様が許してくれるか……」
「大丈夫よ。アリシア様は“国王陛下に会わないこと”って言っていたわ。私は街を歩きたいだけだし、街で偶然国王陛下に会うわけないじゃない。約束は破っていないわよ。ね、お願い!!」
たしかに、街中を歩いた時に国王であるオークに出会す確率は遥かに低いだろう。
神聖国自体大きくない国で人口も少ないとは言っても、相手は国王だ。基本王城の中にいるはずだ。
それにせっかく神聖国ーー外国に来たのに観光もせずに帰るのは私だったら嫌だ。お土産も買いたい。
「もう、セレスティア様に可愛く強請られたら、断れるわけないじゃないですか!!」
ということで、急遽セレスティア様と街に出掛けることになった。
そもそも私が知っているゲートは街中にこっそりと立っている。
以前施設長から、魔法の使えない神聖国民が逃げるためのゲートが存在していることを聞いていた私は、見事そのゲートを探し当てていた。
故に、街には行くのだから、少しくらい寄り道をしたって無問題。美女とデート。やっぱりご褒美モードは継続しているらしい。
神聖国の街並みはきれいに整備されている。全て魔法で行っているのだとか。
浮浪者はもちろん貧民街のような場所はないし、全ての人が各々の魔法に見合った仕事に就いている。
生まれながらにして将来が決まってしまう反面、魔法さえ使えれば最低限の生活は保障される。
「ティア様?」
「えっ?」
突然セレスティア様の名前が呼ばれた。
振り返ると可愛らしいレインコートに身を包む一人の少女が立っていた。緊張した面持ちながらもほんのり赤く染まる頬がとても可愛い。
「やっぱりティア様だ! 嬉しい!! 私ね、もしもティア様に会うことができたらお礼を言おうと決めていたんです。本当にありがとうございます!」
不安そうだった表情は一変して満面の笑みで少女はお礼を口にした。そして照れながら言葉を続ける。
「ティア様は覚えてないかもしれないけれど、ティア様に見つけてもらって神聖国に移住してきて、私は人として扱ってもらえるようになったんです。今日死ぬかもって毎日思っていたのに、今では明日は何しようかなって思えるようになったんです」
「まぁ! それは本当なの!? 良かったわ。本当に良かった」
嬉しそうに話す少女につられてか、セレスティア様も自分のことのように喜んでいた。
「もしかして、ティア様も移住を決めたんですか?」
「ううん。今から帰るのよ」
「えっ、残念。みんなも会いたがっていますよ。私もティア様っぽい人を見かけたって聞いて、急いできたんですから」
「みんな?」
「はい! ティア様は私たちの女神様ですから」
悪役令嬢から女神様に華麗なるジョブチェンジをしたセレスティア様。たしかに現実のセレスティア様の役割は女神様の方がしっくりくる気もする。
「あの作業服を着た彼もティア様にお礼が言いたいって言っていたんですよ。でも持ち場を離れることができないみたい」
植物を育てる魔法が使える彼ですよ、と少女が少年を指差すと、それに気付いた少年が大きく手を振ってくれていた。
それに応えて手を振るセレスティア様は、やっぱり女神様に見間違いそうになるほど神々しい。
「あなたは今幸せ?」
「はい! とっても幸せです!! 見ての通り、私の魔法は水魔法なんですけど、神聖国では雨が降らないから大活躍してるんですよ!!」
だからいつでも雨が降らせられるようにレインコートを着てるんです、と満面の笑みを浮かべる少女を前に、セレスティア様は突然涙を流し始めた。
「私、アンには会えなかったけれど神聖国に来て良かったわ」
「セレスティア様……」
「だって、ずっと彼女たちの行方が心配だったから」
少女と別れた後も、セレスティア様はたくさんの人に手を振られていた。
どうしてセレスティア様はこんなに有名なんだろうと不思議に思ったけれど、もしかしたらガルシア国で慈善活動をしている時に知り合ったのかもしれない。
だって、さっきの少女も生きるのに必死だったみたいだから。
そして、ようやくゲートにたどり着いた。さっそくセレスティア様にゲートを通ってもらう。
「やっぱり無理みたいね。えっと、体外魔力をこの魔法石で無力化すれば良いのね?」
「そうみたいです。とりあえずやってみましょうよ」
セレスティア様はネックレスを外して両手に包み込んで無力化させようとしたその時、背後から「ぐふふ」と気持ち悪い笑い声が聞こえてきた。
「やっと見つけた……」
おそるおそる振り向くと、それはオークで。
「国王陛下……」
「セレスティア、神聖国に来てるならきちんと教えてくれないと。さあ、今から入国の儀式をやろうじゃないか?」
オークはセレスティア様に向けて手を伸ばす。ちょっと待って、私もいるんですけど!!
けれど突然のオークの出現に反応が一歩出遅れてしまう。私の推しが汚れる!!
「ティア様!!」
瞬間、セレスティア様とオークの間に割って入ったのは、
「イアン!!」
イアンだった。
絶体絶命の大ピンチに登場するなんて、申し訳ないけれどこの瞬間を狙っていたとしか思えない。
突然目の前に現れた長年の思い人の登場に、肝心のセレスティア様は理解が追いついていないのか、目をぱちくりさせて固まっている。
「セレスティア様! 良かったですね。待ちに待ったイアンですよ!! ピンチに駆けつけてくれるなんて、やっぱりヒーローですね!!」
今もなお呆然としているセレスティア様。きっと嬉しすぎて言葉にならないのだろう。
けれど、そんなセレスティア様がようやく発した言葉は感動も吹き飛ぶような、私の想像を遥かに越える言葉だった。
「違う、……アンじゃない」
セレスティア様がイアンを見つめる瞳は動揺を隠せていない。
私は私で、セレスティア様のその言葉に動揺を隠せなかった。




