恋の話と秘密の特訓
結局イアンはまだお仕事をしているらしい。入国審査の日はいつも夜遅くまで大変なようだ。
セレスティア様とイアンの感動の再会は明日に持ち越して、今夜はセレスティア様と一緒に眠りにつくことになった。
突然のご褒美に私は喜びを隠せない。
だって、前回のお泊まり会では見ることのできなかったセレスティア様の寝衣姿が見られるのだから。しかも今回は部屋も同室。
そしてお泊まり会と言ったらもちろん恋話だ。
あの小説では語られることのなかったセレスティア様の恋愛事情を知ることができるなんて。ざまぁされてからご褒美しかもらっていない気がする。
まさか、上げるところまで上げておいて盛大にざまぁされるとかはないよね?
それだけが少し気がかりでもあるけれど、きっと大丈夫……きっと。
「さあ、セレスティア様! イアンとどういう関係なのか教えてもらいますからね!!」
「関係と言われても、私たちはただの幼馴染みよ」
頬を赤らめて「ただの幼馴染み」だと言われても全く説得力がない。めっちゃくちゃ意識しているとしか思えない。
「でも、イアンってシアちゃん様の隠し子じゃないですか? 一体どこで出会ったんですか? セレスティア様の浮いた噂なんて聞いたことがなかったし」
「ふふ、それはもちろんターミナルよ」
確かにターミナルの中での出会いなら、ガルシア国民の誰にも気付かれることなく仲良くなれると思う。けれど、それはそれで疑問が残る。
「ターミナルって、王族さえも出入りができない場所のはずですよね? シアちゃん様とイアンはどうやってターミナルに?」
「実はよく分からないの。けれど、私が物心ついてお父様と一緒にターミナルに行くようになった頃には、すでにアンもターミナルにいたわ。しかも突然庭園の方から現れるの」
そう言えば、あの時のセレスティア様は「アン」と叫んでいた。
今思えば、ずっと会いたいと思っていたイアンが会いに来てくれたと思ったのだろう。だから、あの時の落ち込みぶりが尋常ではなかったのか。
「アンも私も、ターミナルに時々訪れる国王陛下から隠れるようにして遊んでいたのよ。思いっきり走ったり屋根の上に登ったり。屋根の上から街を見下ろしながら、いつかターミナルを抜け出して一緒にこの街を歩こうと約束したりして」
思いを馳せるように語り始めたセレスティア様はとても嬉しそうで、そして幸せそうで。今もなおイアンのことを思い続けているだろうことがひしひしと伝わってきた。
「でも、ある日突然、お父様から王家と私の婚約が決まったと告げられたの。とてもショックだったわ。だって、相手はアンではないことは確実だったから」
「どうしてですか?」
「……お父様はアンの存在を知らなかったから。しかも同時期にアンが神聖国に行ってしまったの」
シアちゃん様とイアンがターミナルに出入りしていることは、施設長とセレスティア様しか知なかったらしい。
セレスティア様は「僕と会っていることは誰にも言わないで」とイアンに言われていたから、お父様にも内緒にしていたのだとか。
「セレスティア様はずっとイアンのことが好きなんですね。だからエレン王子から婚約の破棄を宣言されても素直に頷けたんですね?」
「ええ、私から婚約を解消することなど到底無理な話だもの。それにね、非があるのはエレン王子だから、うまくいけば彼は廃嫡されるわ」
「廃嫡……」
「ええ、エレン王子が王位を継げない状態になればアンを国に戻さざるをえないと思ったの。最低よね。リリー様に悪役令嬢と言われた時、妙にその言葉がしっくりきたわ」
「もうっ、やっぱり悪役令嬢って言われたこと根に持ってますよね!? まだまだ悪役令嬢と名乗るのは早いですよ! もっと酷いことをしてくれなくちゃ。それこそ国を裏切るような」
品行方正な現実のセレスティア様も好きだけれど、あの小説の悪役令嬢のセレスティアが好きな私は、セレスティア様の裏の顔をやっぱり期待してしまう。
そして何より、私だけが真正ヒドインで、セレスティア様は擬似悪役令嬢だなんて納得がいかない。異世界転生した悪役令嬢の物語じゃないんだから。
そんな私の言葉にセレスティア様は曖昧な笑みを浮かべ戸惑っている。
そりゃそうだ。国を裏切る行為だなんて一介のご令嬢様がそう易々とできることではない。
「……私のことはこれくらいにして、次はリリー様の番よ。リリー様はエレン王子のどのようなところをお好きになられたの?」
「顔です」
もちろん即答だ。超絶イケメン万歳。
「もうっ、顔以外では? リリー様が命をかけてまで助けようとした相手だもの。本当は顔だけではないのでしょう?」
セレスティア様が納得してくれなくて、仕方がないから渋々話し始めた。だって聞いたって絶対に面白くないもの。
「……私の実家は辺境の地にあるのは有名な話ですよね?」
「ええ、周りには誰も人が住んでいないようなところだと聞いたわ」
「本当に誰もいないんですよ。見渡す限り荒地だし、住んでいるのは私とパパの二人だけだし。ぶっちゃけ一生あの田舎でパパと二人きりで人生を終えるのだと思っていました」
代わり映えのない毎日をただ過ごすだけの日々。パパ以外の誰とも会わないから、私の置かれている状況が一般的な普通ではないことさえも気づけなかった。
「もちろんパパのことが大好きなので幸せは幸せでしたよ。でも、何となく違う気がして……、そんなある日、超絶イケメンが倒れていたんですよ!! しかも血塗れで!! あれは衝撃的でしたね」
私の人生が一変した瞬間だった。初めてパパ以外の人の存在を認識して、癒しの魔法が使えることが判明して、王都に行くことになって。
「王都に行くことをパパはすごく反対したんですけど、エレン王子が“一緒に行こう”って、外の世界に連れ出してくれたんです。……私、初めて自分が生まれてきた意味を見出せそうな気がしたんです」
目紛しく私の置かれている状況が変化していって、全ての出来事が刺激的で、気付いたら外の世界に魅了されてしまっていた。
ううん、きっと外の世界だけじゃない。エレン王子という存在にも。
けれど、実際に私が生まれてきた意味--与えられた重要な役割は“ヒドイン”だった。世の中って世知辛い。
「でも、やっぱり私の考えは甘かったんですよね。今まで全く人付き合いのなかった私が、上手に人間関係を形成することなんてできるわけがないじゃないですか! 常識だってわからないし。今まで頼り切っていたパパはいないから、頼れるのはエレン王子だけで。だからパパに頼るように甘えちゃいました。しかもエレン王子はめちゃくちゃ優しいから真面目に相手してくれるし。そんなの距離感間違えるに決まってるじゃないですか!!」
エレン王子に依存しきっていたと思う。だからどんなことをしてでも繋ぎ止めたかった。そんな時に手にした魔力増幅薬とあの手紙。そして今に至る。
「……つまりは、平凡だった日常をエレン王子が変えてくれたんです。私にとってエレン王子との出会いは人生を変える運命の出会いだったんです」
平凡だった人生を劇的に変えてくれた人。知れば知るほど好きになっていった。しかも超絶イケメンだ。好きにならないわけがない。
「だから、セレスティア様も明日こそ運命の出会い、いや再会ですね! 絶対に果たしましょうね」
恥ずかしさを紛らわすように、セレスティア様に話を振った。そんなセレスティア様は神妙な面持ちで私に問いかける。
「……リリー様は後悔してないの?」
「えっ、何がですか?」
「学園で魅了の魔法を使ったこと。ううん、魅了の魔法が使えると知ってしまったこと」
「後悔だらけですよ!! 魅了の魔法ってやっぱり良い魔法ではないですから、魅了の魔法なんかに頼らずにエレン王子や学園の方たちときちんと向き合えばよかったです。今のセレスティア様とお話ししているみたいに、自分を知ってもらおう、相手のことを知ろうって努力をすべきでした。魅了の魔法で操るなんて最低なことをしたなって後悔しまくっています」
「そう、よね……」
「でもまあ、良い思いもしましたよ。エレン王子とイチャイチャできましたから!」
「リリー様っ!!」
真っ赤な顔で声を荒げるセレスティア様。純情なんだから。
「ふふ、それに幽閉塔にエレン王子を助けに行った時、魅了の魔法が使えてよかったなって心底思いました。死ぬかもしれなかった衛兵さんたちの命も救えたし、そもそも魅了の魔法で衛兵さんたちを退かせることができたからこそ、エレン王子のところにまで辿り着くことができたのだから、魅了の魔法様々です」
普通に考えたら絶対に使ってはいけない魔法だと思う。けれど、使い方を間違えなければ人を助けることもできる魔法だった。
「だから、今では魅了の魔法が使えるって知ることができて感謝しています」
「リリー様……」
「さあ、セレスティア様、明日の運命の再会に向けて早く寝ましょうか! 夜ふかしは美容の大敵ですからね!」
と言いつつ、テンションが上がりすぎた私は横になってもなかなか眠れないでいた。
「セレスティア様、もう寝ちゃいました?」
「いいえ、まだよ。何だか眠れなくて」
「私もなんです。この際寝るのは諦めて特訓でもしようかな?」
「特訓?」
セレスティア様は私の秘密の特訓に興味があるようだ。横にしていた体を起き上がらせる。
「そうだ! もしよかったらセレスティア様にお手伝いをお願いしてもいいですか?」
「お手伝い? 私にできることならいいわよ」
「命令を……じゃなくて、号令をかけてほしんです」
「……」
私のお願いに、セレスティア様は黙り込んでしまった。まさか困難なことだと思っているのだろうか?
「めちゃくちゃ簡単なことです。五文字、いや、三文字の言葉を言うだけです! 最近、失敗しかしていないので、このままじゃダメになりそうなんです」
失敗続きで私の自尊心がズタボロだ。でもまだ高みに行けると私は信じている。それにはきっとセレスティア様の力が必要だ。
「……そこまで仰るのなら、言うだけなのよね? 何て言えばいいのかしら?」
「土下座 (しろ)」
「……えっ?」
笑顔で答えた私とは正反対に、セレスティア様は怪訝な顔を向けてくる。でも気にしない。
「セレスティア様に命令されたら、最速で完璧な土下座ができる気がするんです!! とりあえずやってみましょうよ! リピートアフターミー土下座」
「えっ、嫌よ、……どげざ?」
命令でもなんでもなく、私の言葉に続いて復唱しただけなのに、セレスティア様の口からその三文字が微かに漏れた瞬間、私の身体が考える間もなく動いていた。
ジャンピング土下座でもなく、スライディング土下座でもない、シンプルな土下座を披露していた。
頭を床につけたまま私の身体はふるふると震え出した。屈辱の震え、ではない。歓喜の震え。
「決まった……」
細胞の全てがセレスティア様の声に反応して、本能のままに動いていた。
シンプルisベスト。基本の形だからこそ逆に難しい。ほんの少しの無駄な動きなどなかった。最短の軌道を描き、私は今、床に平伏している。
震える。鳥肌ものだ。ぜひこの感動をもう一度。
「セレスティア様、もう一度お願いします!!」
土下座の姿勢のまま、目の前に立つセレスティア様の様子をちらりと窺えば、凍てつくような視線を浴びせられていた。でもめげない。
「どうか、今一度、あの三文字を」
もう一度ちらりと窺えば、もうそこにはセレスティア様のお姿はなくて。
「夜ふかしは美容の大敵だから、もう寝るわ……」
そう言いながらすでにベッドに横たわっているセレスティア様。挙句の果てに電気まで消される始末だ。
「そんなぁ、もう一度だけ! あんな蚊の鳴くような小さな声でも身体が勝手に動いたんですよ!! 凄くないですか!? セレスティア様! どうか、お願い致します!!」
土下座は謝る時にだけ使うものではない。だから誠心誠意土下座をして頼み込んだ。
結果、どれだけ懇願しても、セレスティア様の口からあの三文字が放たれることはなかった。




