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ウインクの理由

「あの〜、セレスティア様って、実は神聖国に来たことがあるんですか?」

「いいえ、もちろん初めてよ」

「初めて!? それならどうしてそんなにさくさくと歩けるんですか!?」


 セレスティア様は慣れた様子で王城の中を歩いている。そこに一切の迷いなんてない。


 初めて神聖国に訪れた人の足取りとは到底思えないその行動に、ボールドウィン侯爵家の人たちはターミナルだけでなく神聖国にも足を踏み入れることが許されているのかも、と思ってしまう。


 けれど違った。しかもその理由は至極簡単なことだった。


「ふふ、だって『入国審査を終えた人はこちらへ』と書かれた矢印があるじゃない。私はその通りに進んでいるだけよ」

「えっ? まさかそんな矢印が王城の壁にあるわけない……って、そこら中にあるし!!」


 ガルシア国から移住する人たちは必ず王城のあのゲートのある部屋にやってくるのだという。


 その移住者たちが速やかにシアハウスに辿り着くように、王城の壁の至る所に矢印付きの貼り紙が掲示されていた。


「いや、だからといってシアハウスまで行けるわけない……って、着いちゃったし!!」


 矢印通りに歩いてきただけなのにシアハウスに着いてしまった。しかも道中の警備兵たちが「ウェルカム」と笑顔で声をかけてくれる歓迎ぶり。


 神聖国がいかに移住者を歓迎してくれていて、シアハウスが本当に移住者のための施設なのだと改めて実感した。


「それにしても今日はいつにも増して警備が手薄だった気がします。移住者って言わばよそ者ですよね? 警戒しなくて良いんですかね?」


 余計な心配かもしれないけれど、ふと、私は当たり前のことを疑問に思ってしまう。


 魔法が使える人はウエルカムとは言っても、全員が良い人だとは限らないし、中にはガルシア国からの回し者がいるかもしれない。


「そのことなら何も心配いらないのよ。そのために国王陛下自らが足を運んでターミナルで入国審査を行なっているのだから」


 鉄壁な守りとも言えるターミナルのおかげで、不審者が神聖国にやってくることはないということなのかもしれない。


 けれど、やっぱり移住者みんなが素直にあの掲示に従うなんてあり得ないと思ってしまう。


 そんなことを考えていると、私の腕を掴んでいたセレスティア様の手にぎゅっと力が入った。心なしかその挙動もそわそわとしている気がする。


 堂々と不法入国して王城の中を闊歩していた人が、今さら緊張し始めたようだ。今さら感満載だ。


「セレスティア様、どうされました? 今になってとんでもないことをしてしまったと思ってるんですか? きっと国王陛下もセレスティア様がにこりと笑って謝れば許してくれますよ」


 優しく気遣ってみれば、セレスティア様の返答はその優しさもガン無視の予想のしていなかった言葉で。


「あの、ここにアンって男の子がいるでしょ?」

「アン? もしかしてイアンのことですか?」


 セレスティア様はこくりと頷いた。イアンと言えば、セレスティア様に報告しておかなければならないことがある。


「聞いてくださいよ!! 驚いたことに、イアンこそが前にお話した王子様だったんですよ!! 覚えてます? セレスティア様のお屋敷にお泊まりした時にお話した幻の王子様!」

「そう言えばそのようなことを仰っていたわね」


 私が興奮気味に報告したにも関わらず、セレスティア様は全く驚かない。あ、察した。


 セレスティア様は、お泊りの時にはすでに幻の王子様が実在することを確信していた、と。


 お泊まりの時に幻の王子様=イアンの存在を隠した理由は、嫉妬に似た感情だろう、と。


 つまりは、イアンのことが好きで、魅了の魔法を使う私のことを警戒してのことだろう、と。


 そこまで考えてしまった私は、気付かなければ良いことにまで気付いてしまった。


「もしかして、セレスティア様ってイアンに会いに来たんですか?」

「会いに来たというか、その、はい……」

「うわーっ、そこは嘘でも私に会いに来たって言ってくださいよ!!」


 今の今まで、セレスティア様がサプライズで私に会いに来てくれたのだと思っていた。


 私のことを心配して不法入国してまで会いに来てくれるなんて、はっきり言ってめちゃくちゃ嬉しかった。私のことが好きなんだな〜って。


 でも違った。もう無理。私、傷付いて立ち直れない。自分の自惚れ具合が甚だしくて恥ずかしすぎる。 


「リリー様にも、もちろんお会いしたかったわ」

「いいですよ。私はついでだって言ってくれても」

「もう、リリー様ったら」


 真っ赤になって照れるセレスティアが可愛いすぎる。


 神聖国に来た目的が私に会うことではなかったことが少しだけ悔しくて、でもそれ以上にセレスティア様のもっと照れた姿が見たくて、私は、つい調子に乗ってしまった。


「ふふ、聞いてくださいよ〜! イアンと約一ヶ月の間ひとつ屋根の下で一緒に暮らしてるんですけど、イアンったら優しいうえに作ってくれる料理まで美味しすぎるから、このままシアハウスに嫁に来てもいいって思っちゃてるんですよ。嫁!」

「!?」


 セレスティア様の驚き焦る顔に、スッキリして大満足な私。


 もちろんイアンは私のお兄ちゃんだろうから嫁に来られるわけがない。そもそも私はエレン王子一筋だ。


「……ひとつ屋根の下……嫁に来てもいい……」


 冗談で言っているだけなのに、ぶつぶつと唱え出したセレスティア様は、心なしか闇落ち寸前の気配を漂わせ始めた。


 これ以上セレスティア様を弄るのは非常に危険かもしれない。


 弄られ慣れていない人を弄る時は加減に注意しないといけないし、そもそも冗談が通じない弄ってはいけない部類の人もいる。


 これ以上揶揄うのはやめようと思ったけれど、もう遅い。


「リリー様はアンのこと、……好きになられたの?」


 案の定、セレスティア様は見事に誤解をしてくれたようだ。


 まずい。万が一これがエレン王子の耳に入ってしまったら、私の計画は水の泡となってしまう。


 だから早々に誤解を解かなくては。


「全部冗談ですよ〜。イアンの嫁なんて絶対にあり得ないですから」


 だって兄妹かもしれないから。けれど、それこそあの小説にさえ書かれていなかったトップシークレットだ。易々と言えるわけがない。


 はぐらかそうにも、セレスティア様は納得してくれなくて。


「でも、イアンって呼び捨てだもの。それにほら、アンって格好良いじゃない。だからその……」

「確かにイアンは(性格が)格好良いかもしれないですけど、全く私のタイプじゃないです」

「格好良いと思うのにタイプじゃないの? 嘘よっ、アンはエレン王子とそっくりなはずだから、リリー様の好みのお顔のはずよ?」

「は? どこがですか? イアンとエレン王子は全く似ていませんよ?」


 シアちゃん様とエレン王子は確かに似ていた。けれどイアンとエレン王子は全く似ていない。言っちゃ悪いけれど、がっかりしたもの。


「そんなはずないわ。子供の頃のお二人はそっくりだったもの」

「きっとほら、成長すると顔つきが変わるって言うじゃないですか!」


 はっきり言ってしまうと、成長して顔つきが変わったから似なくなったで許されるレベルの似てなさではないのだけれど。


「そうね。アンのあのキリッとした目はお父様似だって言っていたし、小さい頃から男らしくて頼もしかったもの」

「はいはい。私はエレン王子の優しい目が好きですから、……でも言うほどイアンの目はキリッとしてないと思いますよ?」


 むしろイアンの目はタレ目だと思う。でもきっと今のセレスティア様に何を言っても聞き入れてくれない気がする。


 それに昔の姿だけを知るセレスティア様と、今の姿だけを知る私では、この話は平行線のままだろう。


 ただひとつ。今までの話を総合してはっきりしたことがある。


「やっぱりセレスティア様って、イアンのことが好きなんですね」

「リ、リリー様っ、何を……」

「あたりですね! そっか〜、だから私がエレン王子にちょっかい出してもセレスティア様は無関心だったんですね」

「……アンには言わないでね」

「言いません。そんな野暮なことはしませんよ。そうだ! 感動のご対面をしましょうよ!! あ、でも今日は忙しくなるって言ってたかも。じゃあ、明日ですね!」

「でも、まだ心の準備が……」

「大丈夫ですって。会いたいんですよね?」

「ええ、……でも、やっぱり無理よっ」

「せっかく会いに来たんですから」

「……いきなり来て迷惑かもしれないし」


 このやりとりがずっと続きそうな気がしてきた。面倒臭いパターンに陥る気配しかない。よし、話題を変えよう。


「そういえばセレスティア様は国王陛下にはお会いしたことはありますか?」

「国王陛下? ええ、もちろんよ。ターミナルで何度かお会いしたことがあるわ」

「じゃあ、これも知ってます?」


 私はセレスティア様に向かってウインクをした。バチン、と。


 そしたらなんと、あれだけ恋する乙女の目をしていたセレスティア様が一変して冷たい視線を送ってきた。これぞ悪役令嬢の本領発揮だ。


「何をしてらっしゃるの? 可愛いけれど、可愛いからこそ少しだけイラッとしたわ」

「えぇっ、ひどいです。入国審査での儀式じゃないですか! 神聖国に着いた初日に、国王陛下とお会いしたんですけど、国王陛下が私に向かってめちゃくちゃウインクをしてきたんですよ。何か意味があるんですか?」

「……あ、なるほど、そう言うことね」

「へ?」

「リリー様、それは儀式でもなんでもなくて、魅了の魔法よ」

「魅了の魔法? って私も使えるあれですか?」

「そうよ。国王陛下の場合はウインクをすることで魔法が使えるのね。流石に私もそれは知らなかったわ」

「ウインクで魔法が使える?」

「正確にいうと、強力な魔法を使う時の動作っていうのかしら? 何もせずに魔法を使う時よりも、一定の動作をするとより強力な魔法が使えるみたいなのよ」


 私の場合で言うところの、目を合わせたり対象に触れながら魔法を使うことだろう。


「あれ? でも私は魅了の魔法にかかっていませんよ?」


 むしろ魅了されるどころか拒否反応しかない。


「それはね、魅了の魔法使いに魅了の魔法は効かないからよ。だから言ったじゃない。あなたなら平気よ、って。それにリリー様は竜の……」

「ティアちゃん!!」


 私たちに向かって美女が走ってきた。シアちゃん様だ。


 そして今、私の目の前にはセレスティア様とシアちゃん様。美女に挟まれたこの状況って眼福の極みだ。


「アリシア様。ご無沙汰しております」

「ご機嫌よう、……じゃなくて、ティアちゃん、どうして来ちゃったのよ?」


 優雅に挨拶をしたセレスティア様につられてシアちゃん様も完璧な笑顔を浮かべる。けれどそれも一瞬で。


 シアちゃん様は血相を変えてセレスティア様を窘め始めた。


「どうしてって、アンに、……イアン王子に会いたくて来たんです」

「セレスティア様! そこは私に会いに来たって言ってくださいってば!!」


 思わず口を挟んでしまったけれど、ガン無視された。さすがに二回目は地味にショックなんだけど。


「ティアちゃん、今すぐ帰りなさい」

「嫌です!!」

「だめです!! ティアちゃんはここに来てはいけないの。誰と来たの? このことをお父様は知ってらっしゃるの?」

「アリシア様はそうやって私のことをすぐに子供扱いするんだから!! ……お父様には内緒できました。でもどうせ私のことをあの護衛が監視してるんだから少しくらいいいじゃないですか!」


 セレスティア様の言葉にシアちゃん様は少しだけ驚いていた。


「護衛のこと、気付いていたの?」

「当たり前じゃないですか!! 姿は見たことはないけれど、あれだけ監視されていれば嫌でも気付きます!!」

「もうっ、何してるのよ……、でも、ゲートはどうしたの? あそこには……」


 鉄壁の守りの施設長がいる。その言葉を聞く前に、セレスティア様は勝ち誇ったように告げた。


「施設長ならリリー様と仲良くお茶してましたか、その隙にこちらへ来ました。可愛いリリー様を前にデレデレしてましたから全く気付かれてはいないと思います」

「はぁ? それは本当なの!?」


 シアちゃん様に私が思いっきり睨まれた。怖い。美女に睨まれると本当に怖すぎる。


「こほんっ。ティアちゃん、今ならまだ間に合うから早く帰りなさい」

「嫌です。みんなして私には何も教えてはくれないじゃないですか。私にだって知る権利はあるはずです。どうして教えてくれないんですか?」

「どうして、って。あなたを巻き込みたくないのよ」

「巻き込みたくないと言いつつ、私にあの仕事をさせているじゃないですか!!」

「えっ? セレスティア様は何かお仕事をされてるんですか? めちゃくちゃ偉いですね。お家のお手伝いですか?」


 私の疑問にセレスティア様は口籠もり、シアちゃん様には目を逸らされた。どうして?


 もちろん私の疑問に答えてくれるはずもなく、シアちゃん様は説得を続けた。


「ティアちゃんのお仕事が正確で確実なおかげでみんなが幸せになれてるわ。だから心配せずに帰りなさい」

「そんなの分からないじゃないですか!! だから私はこの目で確かめに来たんです。神聖国がどんなところか。私が送った人たちがどんな生活をしているのか。それに……」


 今日一番大きな声でセレスティア様が叫んだ。


「イアンとずっと一緒にいたいんです!!」


 やはりそれが一番の目的か。


 恋する女の子の衝動的な行動は割と嫌いじゃない。頑張ってと応援したくなる。だから私はセレスティア様の擁護に入ることを決めた。


「シアちゃん様、セレスティア様は無力化の魔法石を持っているみたいだし、護衛さえ付ければなんとかなるんじゃないですか? 魔法が使えるなら屋根裏にいたセレスティア様の護衛の人を呼べばいいじゃないですか。めちゃくちゃ強そうだったし」

「あの失礼な護衛のことをリリー様も知ってらっしゃるの?」

「はい。セレスティア様のお屋敷に行った時に、ティアに何かしたら殺すって脅されました」

「リリー様にまでそんな無礼を!? もう本当に許せない!!」

「でも、怖いけど多分イケメンそうだったんで許してあげてください」


 どうして私があの失礼な護衛のフォローをしなければならないのだろうかとため息を吐くと、もう一人、同じタイミングでため息を吐いている人がいた。シアちゃん様だ。


「はあ、作戦が台無しになるわ。若い子が好きに決まってるじゃない。どうしましょう……」


 作戦って何? と思わずセレスティア様と顔を見合わせ首を傾げていると、シアちゃん様はセレスティア様に向かってはっきりと告げた。


「仕方がないわね。ティアちゃん、国王陛下には絶対に近付かないこと。約束よ! いいわね!!」

「本当ですか! アリシア様ありがとうございます」


 私は察した。


 シアちゃん様はセレスティア様に嫉妬しているのかもしれない、と。


 シアちゃん様はオークに対して、好きだけど気をひくために何とも思っていないフリ作戦を実行中だから、その作戦を変更するのだろう、と。


 セレスティア様もシアちゃん様も甲乙付け難いほど美しい。二人からアプローチをされたら正直言って迷う。


 けれど、オークは若い生娘が好きそうだから、シアちゃん様はセレスティア様にオークを取られてしまうのではないかと、気が気でないのだろう。


 絶対にセレスティア様をオークに近寄らせないように約束させるなんて。


 ……重篤な症状だ。


 シアちゃん様はオークの魅了の魔法にかかっているのではないのだろうか?


「リリーちゃん、心配しなくても私も無力化の魔法石を持ってるわよ」


と見せてくれたのは複数の無力化の魔法石だ。


 魔法石の効果には限界があって、効果が切れるとひび割れてしまったり、ただの綺麗な石になってしまうのだとか。だから万が一の時のために複数個持ち歩いているみたい。


 高価な魔法石を複数個所持しているなんて、さすが元王女様。


 ということは、シアちゃん様のオークへの想いは魅了の魔法のせいではないということ。


 ……シアちゃん様はあのオークのどこに惚れたっていうの!?


 神聖国に来て最大の謎が私を襲った。





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