ターミナル再び
「リリー、今日はどこに行くの?」
「ターミナルに行ってくるよ。そろそろ施設長が私を恋しがっていると思うからね。イアンもどこかにお出かけするの?」
「ううん。僕はのんびりと過ごす予定かな。今日は夕方から忙しくなるからね」
「忙しくなる? 今日って夕方から何かあるんだっけ?」
「今日は移住者がやってくる日だよ。だから国王陛下もターミナルに行くだろうから気を付けてね。リリーなら心配いらないだろうけれど」
「えぇっ!? 会いたくないなあ……」
今日はターミナルで月に一度行われる入国審査の日らしい。
私は特別に王城で入国審査を受けたけれど、本来はオーク自らがターミナルに出向いて行うのだとか。
ターミナルで入国審査を終えると、移住者たちがゲートを通り王城に着くとまっすぐシアハウスに来るので、イアンはその移住者たちに神聖国で住む上での諸注意などの説明をするらしい。
私にも手伝えることはないか聞いてみたけれど、特にないからターミナルで美味しいお菓子を食べておいで、と言われた。
オークに会いたくないから違う日に行くことも考えたけれど、出来れば竜神様にあの木の実を取ってきてあげたい。
長考した結果、ターミナルに行くことを決めた。決して美味しいお菓子が食べたいからではない。
「施設長、遊びに来ましたよ!!」
約束通りお菓子をプリーズ! と、大声をだして挨拶をした。ターミナルに来ただけなのに何となく実家に帰ってきた感があってホッとする。
「リリーちゃんいらっしゃい。神聖国での新生活はどうだい?」
「はっきり言って快適です。シアちゃん様とイアンは優しいし毎日が賑やかでとっても楽しいです!! それに私の職場も超絶ホワイトだし!!」
竜神様もネリネ様も家族のように接してくれて本当に居心地が良すぎる。
私の小さい頃の話や恋話を聞きたがるので、調子に乗ってエレン王子への愛の深さを力説した。
自分でも相当ウザかったと思うのに、終始笑顔で聞いてくれた竜神様とネリネ様。
今まで二人きりで代わり映えのない毎日だったから、話題も尽きてとても退屈だったんだと思う。
「その様子だと、ネリネちゃんにも会えたようだね」
「はい、お会いしました! 施設長はネリネ様のことも知ってるんですか? あ、前王妃様だから当たり前か!」
「もちろんそれもあるけれど、基本的に可愛い女性のことを忘れるわけなかろう。ネリネちゃんのことは小さい頃から良く知っているしな。あの子は昔から天使のように可愛かった。リリーちゃんも少し見ない間に随分と可愛さがアップしたような?」
前王妃様をネリネちゃん呼び。施設長って神聖国ではどれくらいの地位の方なのだろうか?
この人の存在って本当に謎すぎる……と思考が飛びそうになる。けれど、その疑問もすぐにどうでも良くなる。
だって「可愛さがアップした」というお褒めの言葉を私がスルーするわけがないからだ。
「ふふ、最近ではネリネ様から花嫁修行に必要なあれこれのレッスンをしてもらってるんですよ。今日のこのヘアアレンジもネリネ様に教えてもらったんです。これこそが私の可愛さが増し増しの理由ですよ!」
ネリネ様はさすが前王妃様だけあって所作が美しい。
そんなネリネ様から貴族のマナーやお作法の手ほどきを毎日受けているのだから、淑女として見違えるほどの成長を遂げたはずだ。
私が毎日頑張る理由。それは全てエレン王子と国際結婚をする時のため。
今まではヒドインだから貴族のマナーなんて気にしてこなかったけれど、今度はきちんとエレン王子に見合う女性として再会したいから。
「羨ましいねぇ。わしもネリネちゃんにお願いしようかな?」
「えっ、花嫁修行を? それともヘアアレンジを?」
思わず“ぴかり”と輝く頭に目が釘付けになってしまった。後者は絶対に無理だと思う……
「そうあからさまに見るでない。恥ずかしいだろ。もちろんわしの場合はヒゲアレンジに決まっておる!」
「なる! それならいけるかも!!」
ふわっさ〜と風に靡くおヒゲは、毎日入念なお手入れを欠かさないらしい。
「そうそう、ティアちゃんからの手紙を預かったんだった」
「セレスティア様からですか! 嬉しい!!」
推しからの手紙。嬉しすぎて泣ける。
あの時セレスティア様を連れて逃げたからこそ、セレスティア様が生きていて、今この手紙が私の手にあると思うと余計に泣けてくる。
「一人で読むように、と言っておった。でもわしにも見せておくれ」
「嫌ですよ!! セレスティア様の言うことは絶対に従います。何を命令されてもきっと従います!! きっと条件反射で身体が命令通りに動くはずです!!」
セレスティア様に絶対服従。理不尽なこと以外、推しの願いは絶対だから。
このまま永久保存したいけれど、手紙の内容も気になるし、読んでと言われたからには読まないわけにはいかない。
シアハウスに帰ってからペーパーナイフを使って綺麗に開封しよう。
「今日は国王陛下がいらっしゃる日だけどリリーちゃんなら、ま、大丈夫だろう。ゆっくりしていきなさい」
「はい! そのつもりです!! 美味しいお菓子をたらふく頂いていきますね!! それと、」
施設長に木の実の話をして大量に分けてもらうように頼んだ。
魔法石や魔力増幅薬にもなる、とても貴重な木の実だと知った今、こっそり持っていくのはやっぱり申し訳ないから。
「では、大量にもらっていきますからね!!」
「大量の魔力を含んでいることは知っておったが、そんな秘密があったとはな。どこで魔法石を調達するのか謎だったが、わしにも作り方を教えてほしいものだ」
「作り方? 魔法石で一攫千金を狙うつもりですか! それなら施設長にはアレがあるじゃないですか!!」
四次元ポケ……鞄。
「そう言えばそんなことを言っておったな。せっかくだから詳しく教えてもおうかな」
「もちろんです! 一緒にがっぽり稼ぎましょう!!」
ということで、四次元ポケ……鞄のことを説明した。
「ほほう、無制限に物を入れて運べるような鞄か。しかもこっそりと」
「はい! 見た目は普通の鞄なのに、これでもかってほど何でも入る鞄です。私的には鞄じゃなくてポケット型もおすすめです」
むしろポケット型がいい。けれどそこは大人の事情で自重する。
「実はわし、ここだけの話、内緒でたくさんのブツを運びたいんだが……」
「あれれ〜? 犯罪のにおいがする。犯罪はダメ、絶対! ですよ!!」
「も、もちろんわしはワイフの悲しむことはしないと決めておる!! ブツはワイフに届けるんだから決して……」
「ふふ、冗談ですよ。もちろんいろんなブツを運ぶことが可能ですよ! とりあえず作ってみましょうよ!」
ということで、施設長と試作品作り。……のはずが、施設長が早々に音をあげる。
「もうダメだ……これ以上やるとわしの魔力が枯渇してしまう」
「魔力が枯渇? 枯渇してしまうとどうなるんですか?」
「死ぬ……」
「えっ……」
真顔で呟いた施設長の言葉に、私は言葉を詰まらせる。
「……ことはないんだが、死んだように眠ってしまうらしい。要するに気絶するってことだな」
「もうっ!! 死ぬ、で溜める必要はないでしょ! 無駄に心配して損したし!! じゃ、このまま続けましょうよ。なんなら魔力回復薬を飲めばいいんじゃないですか! あ、でも魔力回復薬は貴重だから、試しにあの木の実を食べればいいんじゃないですか? 魔力の実!」
「リリーちゃんはわしを殺す気か!? あれは本当に死ぬ!!」
やっぱりあの木の実は食べてしまうと一時的に魔力が上がり膨大な威力の魔法が使えるようになるけれど、副作用として魔力過多症になるらしい。
施設長の魔力が戻るまで、私はあの木の実を取りに行くことにした。
木の上に登り木の実を取りながら、どうして今まで食べても平気だったのか、試しに一粒食べてみようかな? との考えも過った。
けれど、これだけみんなに「死ぬ死ぬ」言われてしまったら、さすがに次は本当に死ぬんじゃないかと、躊躇する気持ちも芽生えてきた。
それより何より、あの魔法石の原料だ。食べてしまったらもったいないというのが一番の理由だけれど。
竜神様に差し上げるのも勿体ない気もするけれど、魔法石の作り方が分からなければ木の実を持っていても意味がない。
だから今だけは竜神様に譲って、より良い職場環境の構築を目指そうと、四次元ポケ……鞄になることのできなかった小袋に、木の実をたくさん詰めこんだ。
「おお、そこにいるのは俺様の可愛いリリーじゃないか? 何をしている?」
「オー、じゃなくて、国王陛下!! こんなはしたない姿を見られて恥ずかしいです。あっ、危ない!!」
うっかりオーク目掛けて木の実を落としてしまった。わざとじゃない。うっかりだ。
「元気なリリーも可愛いのう。ぐふ。リリーまで落ちてしまったらあぶないからな。ほれ、俺様の胸に飛び込んできていいぞ」
「謹んで辞退申し上げます」
「照れなくてもいいんだぞ」
そう言いながら、ぐふふな笑いと共に私にウインクをしてくる。うげっ、また?
「陛下、入国審査の準備が整いました。いつもの場所へご足労願います」
ナイスなタイミングで施設長がオークを呼びにきてくれた。助かった。
「そうか、今すぐ向かうぞ。今回も可愛い子はおるかのう? ぐふふ。リリー、また今度ゆっくりと可愛がってやるぞよ」
またもバチンバチンとウインクをして、お供を連れて去っていった。
これから入国審査だろうから、目の準備運動でもしてるのかもしれない。きっと今日も痙攣しそうなほどウインクをしまくるのだろうから。
「なんか一気にテンション下がった気がする。だから私はそろそろ帰ります」
オークがここにいるんじゃ、逃げる一択だ。早くシアハウスに帰ってセレスティア様の手紙を読もう。
手紙を枕の下に置いて眠ったら、セレスティア様が夢に出てきてくれるかな?
そんな妄想をしながら、さっきオーク目掛けて落としてしまった木の実をポケットに入れ、帰り支度を整える。
「またいつでも遊びにおいで」
「はい」
そうしてゲートを潜ったけれど、毎度のごとく全く反応がない。
「施設長!!」
「すまぬ、すまぬ。忘れておった」
やっぱりボケてるよ、このおじいちゃん。けれど次に続く言葉はボケとはかけ離れた意外なもので。
「リリーちゃんは本当に体外魔力が放出されていないんだね。見事なもんだ」
「へ? 体外魔力?」
「わしは考えてみた。リリーちゃんの魔力の謎を」
「えっ、何ですか! 知りたいです!!」
「魔力測定器もそうだが、このゲートも体外に放出される魔力を感知しているんだよ。リリーちゃんは魔力増幅薬を飲めば魔法が使えるのだろう?」
「はい。実はそうなんです。一応隠しているので内密でお願いします」
もしも悪い人に知られてしまったら、魔力増幅薬漬けにされて、馬車馬のように働かされるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。
他人に強要されることなく、自分が魔法を使いたい時にだけ魔力増幅薬をうまく使用する。現状維持でお願いしたい。
「例えば無力化の魔法石のような物で自分の魔力を無力化する。そうすると、体外に放出しているはずの魔力ももちろんなくなる。けれど、魔力増幅薬で潜在魔力の量を増やすと、容量に限界のある無力化の魔法石だけでは増幅された魔力の無力化が追いつかなくなる。要するに、普段は魔法が使えなくて魔力がないように見えるけれど、魔力増幅薬を飲めば魔法が使える、という現象が起きるのさ」
施設長が難しそうなことを説明してくれた。けれど残念。施設長は重要なことを忘れている。
「それはないですよ〜! だって私、無力化の魔法石を持ってませんから! てことで、神聖国に帰りますね」
そうして神聖国の王城に着いた、と思ったら、目の前には神聖国にはいるはずのないあの人がいて。
「セ、セレスティア様!!」
「ふふ、手紙に書いた通り、遊びに来たわ」
手紙に書いた通り、って……
手紙は確かに受け取った。けれど、まだ読んでいない。
「さあ、見つかる前に行きましょう!」
この状況を把握しきれていない私の腕をセレスティア様は優しく掴み、王城から逃げるように歩き出した。




