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18/30

竜神様と竜の巫女様

「ねえ、イアン? 新しい職場に行くのに、本当に何も用意しなくていいのかな?」

「リリーは意外と心配性なんだね。きっとネリネ様は元気なリリーの姿が見られるだけで嬉しいと思うよ。でもそうだな〜、可愛いリリーにギュッと抱きしめられたらもっと喜ぶかも!」

「もうっ、イアンったら!」


 イアン王子にも「僕は王子じゃないし年齢も変わらないんだから敬語はなしで」と言われてしまった。もちろんイアンと呼ぶまで返事をしてくれなくて。


 シアちゃん様といいイアンといい、見た目は似てなくてもやっぱり母子だ。


 しかも昨夜から二人してあれやこれやと私に良くしてくれている。


 シアちゃん様とは一緒にお風呂に入ったり、イアンは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。しかも驚いたことに料理の腕前は抜群で包丁さばきはプロ級だった。


 それに何と言っても全く偉ぶらないからすぐに打ち解けられた。居心地が良すぎてシアハウスに嫁に来たいとさえ思ってしまうほど。


 

 そして私たちは今、私の新しい職場となる場所、竜神様のところへと向かっているところだ。


 竜神様とご対面なんて普通ならありえないこと。心臓が爆発するんじゃないかってくらいドキドキしている。


「竜神様のお世話係って何をするの? 粗相したら食べられちゃったりして」

「じゃあ、リリーは会った瞬間に余計なことを言って一口でパクリだね」

「あり得る!!」

「あはは、あり得るんだ。大丈夫だよ。きっと竜神様のお話相手だから」

「それなら手土産必須じゃない!!」


 美味しい物を食べながらだと自然と会話が弾む。今から施設長のところへ行っておいしいお菓子を貰ってきた方がいいのかもしれない。


「他に注意事項は何かある?」

「うーん? 初めましての挨拶はしないこと、かな」

「初めましてって言わない方がいいの!? 竜神様はいつも見守ってくれているから初めましてじゃないよ、ってことなのかな?」

「そんなとこかな。さあ、着いたよ」


 到着した場所はシアハウスの裏庭で。えっ、通勤時間、徒歩1分!? 


「ちょっと待って。明らかにおかしいよね? 私、竜神様のところへ行くんだよね?」

「うん」

「うん、って……どう考えてもここは裏庭だし!! しかも何もないし!!」

「そうか、リリーは知らないんだね。下だよ。下!」


 イアンは下を指さす。以前にも似たような状況があった気がするけれど、これってデジャブ?


「下? 下って、地下?」

「正解! じゃあ、行ってらっしゃい!!」


 今度は正解できたけれど、喜ぶ間も無く突然私の立っている地面に変化が現れた。


『娘ヨ、此処へ来イ』

「えっ!?」


 突然声が頭に響いたと思ったら、これまた突然地面が消えた。もちろん私はその穴に落ちた。あ、死んだ。


「ッ、痛っ……」


 落ちたと言ってもほんの少し、二メートルくらいだったのが救いだ。されど二メートル。痛いものは痛い。


「もうっ、さっきの声は何だったの?」


 パパの手紙には、頭に声が響いたらその声の導かれるままに、と書かれてあった。


 もしかすると、あの意味不明なメッセージは今起きた出来事だったのかもしれない。


 けれど納得がいかない。導かれるままも何も、強制的に穴に落とされたんだけど!!


『何ヲモタモタシテイル、早ク来イ』


 もう一度頭に声が響いた。


 上を見上げても私が落ちたはずの穴は見当たらなくなっていて、その代わり目の前には地下に続くだろう階段があった。


 もう後戻りはできないらしい。やっぱり私に選択権などなかった。


「仕方がない、行くか」 


 怖いを通り越して、どうにでもなれと言う気持ち、半ばヤケクソでその階段を下りていった。


「ッ!?」


 一気に目の前が開けたと思ったら、そこにはとても大きな竜が眠っていて、思わず息を飲んだ。


「いや、まさか、夢? やっぱり私、死んだ?」


 穴に落ちて死んだ。何とも呆気ない。それならせめて天国で天使に会いたかった。けれど私はヒドインだから、どう考えてもここは地獄だろう。


「……リリー、ちゃん?」

「え?」


 呆然と突っ立っている私に向かって、とても可愛らしい女性が駆け寄ってきた。そしてギュッと私に抱きついてきた。


 天使キター! ここは天国だ!! 


 そう思ったのも一瞬で。その女性は私を抱きしめながら涙を流している。


 正直言って泣きたいのは私の方だ。穴に落とされたせいでお尻がまだジンジンしているのだから。


 けれど不思議なもので、先に泣いている人がいると泣けない不思議。逆に冷静になってきて今の状況を整理する余裕まである。


 目の前の大きな竜が竜神様で、この女性が竜の巫女様、ネリネ様だろう。


 ということは、私がギュッと抱きしめるはずが、すでに抱きしめられているので、あとは笑って挨拶すればいいのだろう。


「ネリネ様、こんにちは! リリーです。お会いできて嬉しいです!!」


 ありったけの笑顔で挨拶をすると、泣いていたネリネ様は涙を止めて、とても嬉しそうに笑ってくれた。天使か!


 さすがイアン、イアンのアドバイスは的確だった。


「リリーちゃんに会えてとっても嬉しいわ。本当に、ずっと、ずっとこの日を待っていたの。でも驚かせちゃったわね」

「ええ、でも美女に抱きしめられるのは得した気分しかしないので大丈夫です!」


 ネリネ様は美女というか美少女と呼んでもおかしくないくらいとても可愛いらしい人だった。私の親世代のはずなのに全く年を感じさせない。


「ふふ、そんな調子の良いこと言って。誰に似たのかしら? きっとお父様ね」

「残念! 私、パパには似てないんですよ。だからママかな? ママの顔は知らないんですけどね。でもとても美人さんだって聞いているので、私はママにそっくりに違いないです!!」

「いいえ、間違いなくリリーちゃんはお父様似よ」


 どうしてか、それだけは譲ってくれなかった。もしかしたらネリネさんもパパに会ったことがあるのかもしれない。


 パパに似ていると言われるのは初めてのことだけど、少しだけ嬉しいかも。だって私はパパっ子だもの。


 泣いていたネリネ様も落ち着いてきたようなので、私もゆっくりと周囲を見回してみる。


 今いるこの場所は地下とは思えないほど、とても広くて不思議な空間だった。


「地下にこんな場所があるなんて驚いたでしょう? ここは竜神様の結界の中なのよ」

「結界、ですか?」

「そうよ。竜神様がずっと守ってくれていたの。神聖国のことも、私のことも。でも、もう時間がないわ」

「時間がない?」

「少しずつ、少しずつ、竜神様の力が弱ってきていて、神聖国を空に浮かせていられなくなってきたの」

「それって一大事じゃないですか!! だって……」

「えぇ、落ちてしまうわ」


 移住して早々神聖国が落ちてなくなってしまうかもしれないという最悪な局面に出会してしまっているらしい。


 私のざまぁは終わっていなかった……


 いや、今回の場合は絶対にオークが原因だ。オークのざまぁに善良な国民を巻き込まないでもらいたい。


「落ちるかもしれないって分かっているなら、いつまでも空に浮かんでないで地上に着陸すればいいんじゃないですか?」


 飛行機のように。もちろんこの世界に飛行機はないのだけれど。


 しかも地上に戻ってくれるのなら格段にエレン王子と会える確率が高くなる。私にとって都合の良いことこの上ない。


「それももちろん考えているわ。でも、最後の最後、地上に戻る瞬間には間違いなく強い衝撃が加わってしまうの」

「どうしてですか? でも、そこはほら、竜神様のお力でどうにかしましょうよ」


 竜神様の魔法か何かでできるでしょ、と私は軽い気持ちで提案をした。


「それがね、神聖国が空に浮かんでいられるのは、竜神様の魔法ではなくて、正確には結界を展開しながら空を飛んでいる竜神様の上に神聖国が乗っているからなの。竜神様が結界を解いた瞬間、勢いよく地面に向かって落下してしまうわ。それはもう凄い衝撃が神聖国全土に加わってしまうから、きっと人も建物も無事ではいられないわ。それだけは絶対に回避したいの」

「そんな……はっ! だから飛翔の魔法を持つイアンたちが神聖国に来たんですね」


 結界を解くタイミングに合わせて飛翔の魔法で神聖国を浮かせる。そしてゆっくりと地上に戻す。


 たとえ出来たとしても国全体を浮かせるのにどれだけ膨大な魔力量が必要になるのだろうか?


 エレン王子が100人いれば足りる? ……やばい! それ最高すぎる! イケメンパラダイスじゃん!!


 けれどそんなのは机上の空論で。そもそもエレン王子が100人なんて夢のまた夢。


 だからきちんと現実に向き合って、私は私のやれることをやろうと思う。


「あの、ちなみに私に出来ることは? あ、私はここで何をすればいいんですか?」

「リリーちゃんには……」


 ネリネ様の言葉が詰まり、心なしか悲しそうで。そして首を振って言葉を続けた。


「ううん、リリーちゃんには危険なことはさせられないわ。それにリリーちゃんが神聖国には招かれたのは、私たちの計画とは別で、きっと私が邪魔だからだと思うの」

「邪魔?」

「竜神様のお言葉は代々国王とその妃にだけ聞くことができたの。けれど、お義兄様は国王になった今も竜神様のお言葉が聞こえないから、その原因はまだ私が生きているからだと思っているの。本当は違うのに」

『ソモソモ我ハアイツニハ話シカケテナイ』


 眠っていた竜神様が起きて早々辛辣な一言をぶちかました。


 けれど聞いていたのとは違う情報に、私は少しだけ戸惑ってしまう。


「あの、聖女様だから竜神様のお言葉が分かるんじゃないのですか? アリシア様にもそう聞いてきたんですけど?」

「そういうことにしてあるけれど、本当は違うの。これのおかげなの」


 そう言って見せてくれたのは、虹色の輝きを放つ綺麗な宝石のようなもの。この虹色の輝きを私は知っている。


「これは竜の涙と言って、代々王と王妃が受け継いでいるものなの。これのおかげで竜神様のお言葉が分かるのよ」

「代々受け継がれてきたのに、オーク、えっと、現国王陛下には受け継がれなかったのですか?」

「それは……」


 ネリネ様が言い淀んだことで察した。代々受け継ぐはずのものが受け継がれていない理由。受け継ぐことができなかった、若しくは受け継ぎたくなかったから。


「前国王陛下が“色々あって”お亡くなりになられたことに関係してるんですね……」

「えぇ。だから竜の涙が受け継がれていること自体知らないと思うわ。私たちも王や王妃になるまで知らなかったから」


 竜の言葉が分かるのは竜の涙のおかげらしい。けれど私は持っていない。ということは、私の場合はやっぱり転生特典なのかもしれない。


『ソンナコトヨリモ、娘、我ガ子ノ怪我ヲ治シテクレタコトヲ深ク感謝スル』

「我が子?」

「あら! もしかしてもう生まれたの? 竜神様ったら、教えてくだされば良かったのに!!」

『知ッタラ、ネリネハマタ謝ルダロウ。娘ニ会エナイ辛サヲ知ッテイルオ前ダカラコソ、余計ニ言エナカッタ。デモ、娘ガ元気ダロウコトクライ会ワナクテモ分カル』

「でも、それこそ神聖国が空に浮かんでいる理由がなくなっちゃったじゃない。お子様が生まれるまでの約束でしょ?」

「あ、それ! すごく気になってました! どうして神聖国って空に浮かんでるんですか?」

『話セバ長クナル』


 竜神様はそっぽを向いて教えてくれそうにない。


「ふふ、竜神様ったら照れちゃって。お子様が卵から生まれるというのに、神聖国とガルシア国が戦争を始めようとしたからみたいよ。遥か昔、神聖国は地上にあったのよ。ガルシア国のお隣に神聖国があって、そのまたお隣に竜神様の住処があったみたいで。それなのに目と鼻の先で戦争を始めようとするものだから、お子様のために竜神様が神聖国を空に浮かせたみたいよ」

「物理的に戦争を起こさせないようにするなんてスケールが違いすぎる。そして良きパパですね!!」

『無駄ナ殺シ合イハ好カン。我モイツ生マレテクルカ分カラナイ子ヲ待ツノハ退屈ダッタ。少シダケ空ノ上デ寝テイヨウト思ッタダケダ』


 お子様が生まれたら地上に戻る約束だったらしいけれどなかなか生まれなくて、気が付いたら魔力が枯渇しそうなほど長い年月が経っていたそうだ。


『我ノ話ハ終ワリダ。ネリネ、滞ッテイタ件モ何トカナリソウダト、サッキ連絡ガ入ッタデハナイカ。アトハ持ッテクルダケダ』

「全国民分となるとさすがに量が多いものね。見つかってしまったら確実に没収されて、下手したら気付かれてしまうだろうし」

『セメテ我ノ魔力ガモウ少シ回復スレバナ』

「魔力を回復? 魔力増幅薬ならありますよ?」


 二人が何を言っているか良くわからなかったけれど、魔力を回復させたいことだけは理解できた。


 私は施設長にもらった魔力増幅薬を差し出そうとした。いざと言う時のためのものだから、本当は渡したくはなかったのだけれど。


『魔力増幅薬ナンテ、ソンナモノハ水ト変ワラン』


 竜神様は受け取ってはくれなかった。正直言ってラッキー。気が変わる前にポケットにしまっておこう。あと私が持っているものといえば……


「ふふ、竜神様ったら、魔力の実が食べたいんでしょ? でもあれは作戦に必要だからきっと全部加工しちゃってるわよ」

「魔力の実? ですか?」

「そうよ。大地の奥深くには魔力溜まりと言われる魔力源があって、そこから溢れた魔力を栄養源として育つ木の実のことよ」

『魔力ノ実、アレハ美味ナンジャ』

「へぇ〜初めて聞きました〜!」

「あら? パパが育てていたでしょう?」

「パパが育てていた木、って、もしかして、魔力の実ってこれですか?」


 ポケットから取り出したのは、ターミナルの中庭のあの木から拝借した木の実だ。


『オォッ! 娘ヨ、デカシタ!!』


 竜神様がめちゃくちゃ喜んでくれた。ハヨ全部ヨコセ、と急かしてくる。


「もしかして、竜神様のためにパパに頼まれて持ってきてくれたの?」

「いえ、私のおやつ用に……」

「えっ、おやつ!? これがおやつ!? もしかして、リリーちゃんはこれを食べたの?」

「はい。パパにはめちゃくちゃ怒られましたけれど、って、ネリネ様、大丈夫ですか!?」


 ネリネ様は一気に青褪めて、身体が小刻みに震え出した。慌てて駆け寄ると、またもギュッと抱きしめられた。


「リリーちゃんまで失ったら、私……、もう絶対にやめてね、お願いだから、絶対に……」


 絞り出すような声で強く強く願ってきた。その身体は今も震えていて、強く私を抱きしめて。


「……はい、もう、食べません」


 いくらパパとの思い出の木の実でも、食べても全然平気だったとしても、そう答える以外できなかった。


『娘、良ク死ナナカッタナ』

「やっぱり生死に関わるレベルのものなんですね」


 セレスティア様も驚いていたし、普通なら本当に死んでしまうものなのだろう。魔力が増える魔力の実だから、魔力過多症かな?


「リリーちゃん、これは魔法石と魔力増幅薬の元となる実なの。魔法石を作る際にこの木の実を水のようなものに浸すのだけれど、結果的にほんの僅かだけ魔力が染み出したその水が魔力増幅薬として飲まれているものなのよ。簡単に言えば、木の実自体にはとてつもない量の魔力が存在しているの。だから魔力過多症になって死んでもおかしくないわ」


 魔力過多症で正解だった。


 教えてくれたのは魔法石を作り出す工程の一部らしいけれど、それはごくわずかな人にしか知られていない秘術らしい。


 あの高価な魔法石の原料を食べていたなんて、なんてもったいないことをしてしまったのだろうか。一生の不覚!!


 でもまあ、生きていることに感謝して、さっきからずっと魔力の実を物欲しそうに見てくる竜神様にその実を差し出した。


『コレデ少シクライハ無茶モ出来ソウダ』

「ふふ、竜神様もやんちゃはほどほどにね。でも、ようやく全てが終わるのね。やっとあの人の願いが叶うわ。……ありがとう、リリーちゃん」


 やっぱり二人が何を話しているのか分からなかったけれど、役に立てたようで嬉しかった。


 ……ありがとう、とギュッと抱きしめられた時、ネリネ様の震えが収まっていたことに無性に安心した。





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