失踪した王女様
「あなたがリリーちゃんね? 私がアリシアよ。神聖国のシアハウスへようこそ!」
アリシア様に会いたいと願い出た私は、シェアハウス、ではなく、シアハウスという施設に連れて来られた。
このシアハウスは、魔法石に魔力を流さずとも不自由のない生活が送れるという何とも素晴らしい施設だ。
普段は全く魔力のない私が神聖国に移住するにあたって、このシアハウスで暮らすという案はそもそも既定路線だったらしい。だからすんなりとその願いが通ったようだ。
もちろん魔法が使えることが当たり前の神聖国民や、魔法が使えるからこそ移住することができた元ガルシア国民にとって、ガルシア国と同じ生活様式である必要ははっきり言ってないのだけれど。
そして今、私の目の前にいるアリシア様はめちゃくちゃ美人さんだ。この人の正体、絶対にあの方に違いない。
「失踪した王女様、ですよね?」
失踪当時は王女様。現在は王姉様と行った方が正しいのかもしれない。
誰が見てもエレン王子に似ていると言うはずだ。十中八九同じ血を引いているはず。
「あら、リリーちゃんったら、ここではただのアリシアよ。シアちゃんって呼んでくれればいいわ」
やっぱり間違いないらしい。それにしても無茶振りすぎる。
「呼べません!! 百歩譲ってシア様です!!」
「ダメよ! シアちゃんよ!! シアちゃんって呼んでくれるまで、絶対に返事をしないからね」
ぷうっと頬を膨らませるて拗ねるアリシア様が可愛いすぎて、全く悪女感を感じない。
「アリシア様」
「……」
「シア様」
「……」
宣言通り一切返事をしてくれない。このままでは話が進まなさそうなので、ドキドキしながらも試しに呼んでみた。
「……シアちゃん」
「はい! ふふ、聞きたいことがあれば何でも聞いてね」
シアちゃんと呼んだ瞬間、満面の笑みで返事をされてしまったら、シアちゃんとしか呼べなくなってしまう。そうだ! せめてシアちゃん様にしよう!
「では、遠慮なく質問です。シアちゃん様はどうしてガルシア国を飛び出して来たんですか? 隠し子の王子様が関係しているんですか?」
「あら? それを聞いちゃう?」
どうしても気になることを聞いてみた。だって聞けるチャンスは今しかなさそうなんだもの。
こういう時こそ、空気の読めない距離感皆無なヒドインの力を遺憾無く発揮させてもらった。
それにシアちゃん様がこれだけエレン王子と似ているのなら、幻の王子様も私好みのイケメンに違いない。あわよくば……
……じゃなくて、幻の王子様の情報を少しでも知っておきたいから。
私が神聖国に移住したこと(国外追放されたこと)で、ざまぁは終わったはずだけれど、念には念を、敵となり得る人物の情報は知っておいて損はないと思う。
そんなことを考えていると、シアちゃん様は「特別に教えてあげる」と可愛くウインクをして教えてくれた。
「そもそもどうして失踪したことになっているのかしら? きちんとお父様の許可を得て神聖国に来たのよ。だって私は王族としての務めを果たしたいがために来たんだから」
「王族としての務めって?」
「もちろん結婚よ!」
「えぇっ!?」
「だって神聖国の人を愛しちゃったんだもの」
愛しちゃったんだもの、その言葉に度肝を抜かれた。そして思い出される、オークの言葉。
ーーアリシアは悪女だ。俺様に好意があると入国しておいて
ーーけれど一向に俺様に見向きもしないし……いや、あれはセレスティアと同じで演技か……
「嘘っ、あれはオークの虚言癖じゃなかったの!?」
「オーク?」
「いえっ、独り言ですっ」
ワンナイトも夢じゃないという可能性が本当にあったことと、演技をして焦らしているというシアちゃん様の策士ぶりに驚愕する。シアちゃん様、めっちゃ悪女だ……
「次は息子の件ね。確かに私には息子がいるわ。けれど全く隠してないわよ。だってほら」
「えっ?」
だってほら、の声と共にシアちゃん様が示した方を見た。そこにはよく見ると同い年くらいの男の子がいて。まさか……!?
「息子のイアンよ」
「えぇっ!? いつからそこに!?」
「ずっといたじゃない。むしろ王城にいる時からずっとリリーちゃんの側にいたはずよ?」
全く気付かなかった。隠し子じゃなくて、ただ単に影が薄過ぎるだけという新事実を知った私は、謝罪するどころかさらに空気を読まない発言をしてしまう。
「全く気付きませんでしたよ!! 百歩譲って存在には気付いていたとしても、シアちゃん様とイアン王子って全然似ていないから息子さんだとは思えないかも」
「!?」
私の言葉にピクリと反応をしたイアン王子を見て、ようやく私はヤバいことを言っていると気付く。
「ごめんなさいっ! 悪気はないんです!! シアちゃん様がエレン王子とそっくりだったから、イアン王子もエレン王子と似ているんだろうな、って勝手に思ってしまったんです。親子だって似ていない親子もいますもんね。私もパパと全く似ていないんですよ」
エレン王子とシアちゃん様が似ていたから、あわよくばワンチャン狙っていただなんて言えない。残念に思っただなんて口が裂けても言えない。
それより何より、一番ヤバいのは私の発言が不敬すぎること。暗に「本当にシアちゃん様の子供なの?」って言っているようなものなのだから。
このことが原因でざまぁされることになったらどうしよう……そうだ! 土下座をしよう。
「大変失礼しまし!?」
た、と同時にジャンピング土下座をしようと思いっきりジャンプをしたら、ふわりと身体を浮かされて、今の私は正座の状態で宙に浮いている。
パッと顔を上げると、イアン王子は優しく微笑みながら、私に手を差し出してくれた。
飛翔の魔法の力によって浮いていることをすぐに理解したのだけれど、この状況はさらに私の頭を悩ませた。
またジャンピング土下座が成功できなかったのは何がいけなかったのだろう、と。
けれど、このまま頭を下げれば空中土下座、それは新技に違いない、と。
しかし、土下座なんだから相手よりも遥かに低い位置でなければならない、と。
そして何より、地面に直に正座をしたうえで、頭と手を地面に付けて平伏さなければ真の土下座とは認めない、と。
結局、どうすればいいのだろう、と。
他の人が聞いたらどうでも良いようなことを長考する私に、優しい声が降り注ぐ。
「驚かせてごめんね。今日は調子が良くて成功したみたい。僕の手に捕まって」
まだ土下座していないのに、と少しだけ戸惑いつつもその手を取るとゆっくりと地面に立たせてくれた。紳士すぎる。
相手が紳士ならば、私も淑女としてしっかりと対応しなければ。
「ありがとうございます。あの、今のって、飛翔の魔法ですよね? それに調子が良かったって?」
「僕も君と同じで普段は全く魔力がないんだ」
「私と同じ?」
「普段は全く魔法が使えないんだけれど、調子が良い時にだけ飛翔の魔法が使えるんだ。それでも神聖国の国王陛下は飛翔の魔法を欲してくれて、神聖国に来たんだよ」
私の場合は魔力増幅薬を飲むと魔法が使えるようになると分かっているけれど、イアン王子は完全に運らしい。それにしても、
「飛翔の魔法を欲するってどうしてですか?」
「神聖国の浮力が徐々に弱まっていて、それを防ぐためみたい」
「浮力が弱まる? きゃあっ!!」
見事なタイミングで、得体の知れない浮遊感が私を襲う。私だけじゃなく周りの人たちにもそれは起こったようで。
「まただわ。最近本当に頻繁ね」
シアちゃん様は余裕の表情で「また」と言うけれど、こんなのが頻繁に起きたら生きた心地がしなくて恐怖でしかない。
「今みたいに、神聖国自体が急降下することが増えてきたんだ。大事になる前に飛翔の魔法を使ってどうにかしたいみたい。だからそんなに怖がらなくても大丈夫だよ。こんなに可愛い子に抱き付かれるなんて僕は役得だな」
「……!? ご、ごめんなさいっ!!」
気付いたらイアン王子に抱きついていた。初対面なのに恥ずかしすぎる。
それにしてもイアン王子の説明に納得すると同時に、シアちゃん様が説明してくれた神聖国へ来た理由をどこまで信じたらいいか分からなくなってきた。もしかしたら全部冗談かも。
「あ、もしかして普段は全く魔力がないにもかかわらず私のことを好条件で神聖国に迎え入れてくれたのは、イアン王子という前例がいたからなんですね」
破格の好条件の理由も同時に納得をした。そんな私にイアン王子は笑いながら補足する。
「僕たちは共通点が多いね。僕も父親似だし」
「も、もちろんシアちゃん様の息子さんじゃないなんて疑っていませんよ!! 飛翔の魔法は王族の証ですから!!」
不敬発言をなかったことにするために必死で訴えた。イアン王子とは良好な関係を築いておきたい。
今のところ上々だと思う。上々というかそれ以上? 勘違い甚だしいかもしれないけれど、今も優しい眼差しでイアン王子が私を見つめてくるんだもの。
「盛り上がっているところ申し訳ないけれど、イアン、そろそろ遅れるわよ?」
「あっ、もうそんな時間なんですね!? 明日は竜の巫女様のところに案内してあげるね。じゃ、また後でね」
そう言い残し、イアン王子は慌ただしく去っていった。……竜の巫女様? って誰?
「シアちゃん様、竜の巫女様って、誰のことですか?」
「竜神様のお世話をしている前王妃様のことよ」
「竜神様?」
「竜神様は、この神聖国に結界を張って守ってくれているのよ」
そう言えば、神聖国は竜に守護されていると言っていた。竜って、本当に実在するんだ……
「でもどうして私が竜の巫女様、しかも前王妃様のところへ連れて行かれるんですか? お偉い様のところに行くのはできれば遠慮したいです」
「ふふ、大丈夫よ。前王妃様と言っても、とても優しい方だから。それに、前王妃様、ネリネ様とリリーちゃんは絶対に会うべきだわ」
「そうは言っても、お婆ちゃんとどんなお話をすればいいんですか?」
パパと二人暮らし歴の長い私にとってお婆ちゃんは未知の存在だ。とりあえず軒下でお茶を飲みながらぼーっとすればいいのかな?
「お婆ちゃん?」
「えっ、だって前王妃様ってことはオーク、じゃなくて国王陛下のお母様のことですよね?」
「ああ、なるほど。そういう勘違いね。違うのよ。前国王陛下は現国王陛下の弟に当たる方なのよ。……色々とあって、お亡くなりになったのだけれど。だからネリネ様は若くて美人さんよ」
私ほどじゃないけどね、とシアちゃん様は言う。シアちゃん様と比べたら誰も勝てないだろう。対抗馬になり得るのはセレスティア様くらいだと思う。
「ネリネ様はリリーちゃんと同じく聖女様と呼ばれるお方で、なんと竜神様のお言葉が分かるみたいなの。だからきっとリリーちゃんも竜神様のお言葉が分かるはずよ」
だから私にも竜、というかトカゲちゃんの声が聞こえたのかと納得した。
リリちゃんの言葉が分かるのは転生特典ではなく、聖女様だかららしい。そう思うと、聖女ってチートな存在だよね。
詳しくは明日イアン王子に説明してもらうことにして、シアちゃん様はシアハウスの中を案内してくれた。
「ここでは文字の読み書きを学んでいるのよ。貧民街出身の子も多いから、基本的なことから教えるのよ」
「貧民街出身?」
「ガルシア国にはまだストリートチルドレンと呼ばれるような子供たちがいて、そんな子供たちでも魔法が使えれば神聖国に来てそれなりの暮らしができるのよ」
「魔法が使えればウエルカムだから、ですね!!」
「ええ、そのおかげで以前よりもそういう悲しい運命に置かれている子供たちが減ったのよ。でも他国に移住するってやっぱり大変なのよ。言葉の壁はもちろんだけど、生活が合わなくて体を壊す人もいるから」
このシアハウスでは、神聖国に移住してきた人たちが文字の勉強をしたり、神聖国の決まりやマナーを学んだり、護身用のための剣術も習える支援があるのだとか。
「こっちは作業場よ。神聖国では魔法が使えないと仕事に就くのも難しいの。残念ながら神聖国では魔法が使えなかったり、魔力が弱い子が増えてきていて、そんな彼らをこのシアハウスで雇っているのよ」
だからガルシア国仕様の生活様式なのだそうだ。イアン王子の件もあるし。納得。
ちなみにこの作業場ではみんなでお守りのような物を作っていた。表面には竜の刺繍、裏面には、
「何ですか、これ……」
♡アイラブ神聖国王♡ との刺繍が目に入った。趣味が悪すぎて思いっきり引いた。
それなのにシアちゃん様は嬉しそうに説明を続けてくれる。
「ふふ、もちろんお守りよ。表面には神聖国が崇め奉る竜神様のお姿を模した刺繍。裏面は忖度よ。この裏面の刺繍のおかげで、全国民への配布許可も下りたし、それなりのお金が支給されているのよ!」
笑顔で忖度と断言するシアちゃん様はやっぱり悪女なのかもしれない。きっと“それなりのお金”こそがこのシアハウスの運営資金なのだろう。策士だ。
「へぇ〜これを全国民に配るんですか? 凄いですね」
ぶっちゃけいらないけどね。
「結婚のお祝いの品として配る予定だったのだけれど、とある事情で滞っていて……」
「結婚のお祝い? 誰と、誰のですか? まさか!?」
「お・た・の・し・み、よ!」
まさかオークとシアちゃん様の!? このお守りはプチギフト的な?
ワンナイトどころか本当にエブリーナイトの可能性もあり得るなんて、何が真実なのか本当に分からなくなってきた。
入国審査でのあの不思議な儀式からシアちゃん様の話まで、全てが冗談に思えて仕方がない。
とりあえず、私がシアハウスに住むということだけは死活問題なので確認してみた。
「あの、本当に私もここでお世話になっても良いんですよね? 嘘じゃないですよね?」
「もちろんよ! だって、パパ……リリーちゃんの大切なパパ様の頼みだもの」
「シアちゃん様と私のパパって、やっぱりお知り合いなんですか?」
「ええ、まあ、そうね。お互いの最大の秘密を共有するくらいの関係かしら。それに、……実は私、リリーちゃんとも会ったことがあるのよ」
「えぇっ!?」
「赤ちゃんの頃のリリーちゃん、とっても可愛かったわ〜」
「私が赤ちゃんの頃?」
懐かしむシアちゃん様を見て、私の思考はある仮定を生み出してしまった。
だってシアちゃん様のあの言い方、最大の秘密を共有する関係だなんて、恋人同士だったとしか考えられない。恋人同士というか、それ以上というか。
ちなみに私のママについてパパに尋ねた時「理由があって遠くに住んでいる」と答えてくれた。
まさか、私ってシアちゃん様の娘だったりして……
でもシアちゃん様と私は似ていない。シアちゃん様とパパを足して割っても、きっと私は生まれないと思うくらい。
けれど、パパとイアン王子は何となく似てなくもない気もする。目つきの悪さとか。
ということは、イアン王子と私は兄妹!? だから初対面なのに無条件で私に優しいの?
それってつまり、私とエレン王子はいとこ!?
「……リリーちゃん?」
「い、いとこって結婚できますよね!?」
「突然どうしたの? まあ、いとこなら有りだと思うわよ」
「良かった〜」
まだ諦めてはいないエレン王子との結婚。
オークとシアちゃん様に国際結婚の前例を作ってもらえれば余計に結婚しやすい気もする。
パパには申し訳ないけれど、心から二人を応援しようと密かに決めた。




