不思議な儀式
「そなたがリリーか?」
私の目の前にはオークが座っている。間違えた。神聖国の国王陛下が座っている。
イケオジ、ワンチャン。予想通りそんなものは泡沫の泡となって消えた。そりゃ人生そんなに甘くないよね。
でも第一印象は大切だから、しっかりと愛嬌を振りまいて挨拶をしようと思う。
「はい、リリーと申します。この度は神聖国に受け入れていただきありがとうございます。国王陛下にお会いできるなんて誠に光栄です」
「ああ、あの美しいセレスティアの頼みだからな。セレスティアは全く俺様に靡かないところが気に食わんが、ま、それも演技だろうし。それにしても……リリーも可愛いらしいな、ぐふふ」
「あ、ありがとうございます!」
途中、とてもおかしなことを言っていた気がするけれど、聞こえなかったことにしよう。
それはさておき、自分の容姿を褒められるのは嬉しい。はっきり言って自分でも顔は可愛い方だと思っている。だから謙遜せずにありがたく受け取る。
けれど寒気がして鳥肌が止まらない。
舐め回すように見てくる気持ち悪い視線も、ニヤニヤとした下品な笑い方も、はっきり言って無理なんだけど!!
すると突然、オークは怪訝な顔をし始めた。
まずい、非常にまずい。もしかしたら私の思考が思いっきり顔に出てしまっていたのかもしれない。
焦る私に、オークは思いもよらぬ質問をしてきた。
「……リリーは以前俺様と会ったことはあるか?」
「えっ?」
「どうしてか、他人とは思えない親近感を感じるし、心なしか俺様の知ってる奴にも似ている気がする……」
「そ、そんな畏れ多い!! 初めましてです!!」
他人とは思えない親近感だなんて、私は全く感じないし、会ったことはあるか? だなんて、下手なナンパの常套句のようだ。もちろん絶対にお断りだ。
必死で否定する私に、オークは不機嫌な声色で、さらに質問を投げかけてくる。
「……リリーの父は健在か?」
「パパですか? もちろん元気です!」
「それは真か?」
パパは元気だと答えると、先程までの殺気が嘘のように消え、むしろ少しだけ呆気にとられた様子を見せ始めた。
「はい! 私の知る限りパパが風邪を引いたことは一度もないですし、魔物を一瞬で倒せてしまうくらい強いんですよ。……残念ながら魔法は使えないみたいですけど」
「そうか、それならやはり他人の空似か。……そもそもあいつは死んでいるんだからな」
どうやら私の見た目は国王陛下の亡くなったお知り合いの方に似ているらしい。間違いなく赤の他人だろう。
そもそも私がこのオークと会ったことがあったら絶対に忘れないと思う。
初対面の人を、しかも国王陛下のことをオークと呼んで悪口を言うのはとっても失礼だと思うけれど、そう思わせる態度の相手も悪いと思う。
だって、目の前のオークは素材自体は悪くないはずなのに、でっぷりとしすぎた体格で、ぐふふ、ゲヘヘと下品に笑い、厳粛な謁見の間だというのに綺麗なお姉さんたちを侍らせてお触りしている。
汚らわしい、その一言に尽きる。
ここがあの小説とはまた別の小説の世界だとしたら、このオークは確実にざまぁされる側の人間だ。地に落ちる程の悲惨な末路が待っているに違いない。
そこで私はハッと気付いてしまった。
私に対して親近感を覚えたのは、私がざまぁされる側の人間だということを瞬時に感じ取ったからではないか、と。
決して同類だとは認めたくはないけれど、ざまぁされる運命にある、その一点だけは同じであることは否めない。
さすがは一国を統べる王様だ。人を見る目があるのかもしれない。
そんなオークが今何をしているのかというと、再び気持ちの悪いゲヘヘな顔で、仕切りに私にウインクをしてくるではないか。はっきり言って気持ち悪っ!
初対面で、しかもオークにウインクされるなんて苦痛でしかない。本当に無理なんだけど!!
それなのにオークはウインクを止めようとはしない。
「おかしい……実におかしい……」
おかしいのはお前だ! けれどもちろんそんなことは言えなくて。
どうにか助けを求めようと周囲を見回すも、どうしてか皆、オークに向かって心酔するような熱烈な視線を送っている。……この人たち正気か?
若干、というか、かなり引いている私を目掛けて、今もなおオークはウインクをしまくってくる。
頑なにウインクを止めないところを見ると、おかしいを通り越して、何か理由があるのではないかと思い始めた私は考えた。
そこで再びハッと気付いてしまった。
もしかして、ウインクをするという行為が、公式的な神聖国の挨拶、一種の儀式なのではないか、と。
私がウインク=挨拶をしないから、おかしいと言っているのではないか、と。
儀式の一環だから、私がウインクを返すまでやめられないのではないか、と。
そう思ってしまったら、私のせいで入国審査が進まないのかもしれないと、一気に申し訳なさが込み上げてくる。
……もう覚悟を決めるしかない。
郷に入れば郷に従え、という言葉がある通り、私は恥ずかしさを堪えてオークにウインクをした。
バチン、と。
私のウインク姿は可愛いに違いない。けれどめちゃくちゃ恥ずかしい。恥ずかし過ぎて死ねる。
ヒドインという役割を与えられたはずの私でさえ、オークに向かってウインクをするというこの行為は、ざまぁ並みの罰ゲームだ。
だから顔を真っ赤にして俯いてしまった。できればもう二度と顔を上げたくはない。
「ふっ、ふっ、ふっ、これでリリーも神聖国民だ。目いっぱい可愛がってやるぞよ」
「あ、ありがとうございます!!」
ちらりとオークを見れば、満足そうな顔をして頷いている。やっぱりウインク=神聖国の儀式で正解だったのだろう。
「それで、リリーはどこで暮らすつもりなんだ? なんなら俺様の……」
「アリシア様にお世話になるつもりです!!」
本当は、旅行気分でふらふらと神聖国内を見て回って、適当に暮らす場所を探そうと思っていた。
けれどオークが言わんとしている言葉を容易に想像できてしまった私は、続くその言葉を聞きたくなくて、オークの言葉に被せまくって答えた。
だって、絶対に碌でもない提案に違いないから。
「アリシアのところか……まあ仕方がないか」
オークは一言そう呟くと、どうしてかその表情を曇らせた。そして私に忠告する。
「アリシアを安易に信用するな」
「えっ?」
パパからの事前情報とは相反した忠告に、思わず聞き返してしまった。そんな私にオークは真剣な面持ちで言葉を続ける。
「アリシアは悪女だ」
「あくじょ?」
「ああ、悪女だ。俺様に好意があると入国しておいて人妻だなんて。いや、人妻だからこその魅力もあるんだが……未亡人って噂もまた唆られるし……けれど一向に俺様に見向きもしないし……いや、あれはセレスティアと同じで演技か? 演技ならば今晩こそはワンナイト、いや、エブリーナイト……」
「……」
聞こえてくるセリフはやっぱり最低だ。真剣に耳を傾けた私が馬鹿だった。こんなやつさっさとざまぁされてしまえばいいのに……
気付けば私は侮蔑の眼差しを送っていた。
その視線に気付いてか、またもゲヘヘな笑いを携えて、さらに意味不明なことを言い始めた。
「すまぬ、すまぬ。そう嫉妬するでない。リリーのこともこれからたくさん可愛がってやるから安心したまえ。まあ、もう少し成長してからの方が好みだがな。ぐふふ」
その卑猥な視線は、私のお子ちゃまボディーを見ている。何て失礼な!!
それに私がオークに嫉妬をするわけがない。もう無理。生理的に無理。よし、逃げよう!
「私、今よりももっと良い女になって出直して来ます!! では!!」
高速で淑女の礼を取り、逃げるように謁見の間を飛び出した。
間違いなく不敬な行動だろうけれど、1秒だってあの場にはいたくない。
それに、さすがに特別待遇で迎え入れてくれた私を殺したりはしないだろう。
そして謁見の間を出た私は考えた。
「これからどうしようかな?」
私は神聖国について何も知らなすぎる。それをこの入国審査を経て身に沁みるほど痛感した。何の予備知識なしで外に出てしまったら、とんでもないことになりそうな予感しかしない。
誰かの庇護の下、もう少し神聖国について知るべきだという思いと、今までパパやエレン王子に頼りきりだったからいつまでも甘えていないで独り立ちするべきだという思いとの狭間で揺れる。
「やっぱり一人で頑張ってみよう! 知らないからこそ毎日が発見だらけで楽しいかもしれないし! 本当に困った時に誰かに頼るのがいいよね」
召喚された転移者だって、意外と何とかなったりするものだ。
いざとなったら、前世の記憶をフル活用して知識チートもできるし、施設長との共同制作の件も忘れてはいない。
それに、もしも神聖国がやばすぎる国だったら、パパが手紙を寄越すだけに止まらず、あらゆる手を使って私を引き止めたに違いない。
「そう言えば、パパって神聖国に来たことがあるのかな? 元神聖国民だったりして。……まさかね?」
そのまさかだったら、パパは魔法が使えなくて国を出て行ったのだろう。だから辺境のあの地でひっそりと暮らしていたのかもしれない。
そうなると、私を追って神聖国に来てくれると手紙には書かれていたものの、さすがのパパでも難しいのかもしれない。
だって、魔法が使えない人はウエルカムじゃないから。
「パパ……よりも、エレン王子は今頃どうしてるのかな?」
申し訳ないけれどエレン王子のことの方がぶっちゃけ気になる。エレン王子はこれから先、私以上に困難な道を歩むことになるだろうから。
今の私ではエレン王子の行く末を知る術はない。けれどエレン王子なら大丈夫だと信じたい。だって、何かに吹っ切れたように晴れやかな笑顔だったから。
「よーし! 私も負けてられないから、早く神聖国で聖女様だと認めてもらわなきゃ!!」
そのためにも心機一転気合を入れてこれからのことを考えよう。まずは謁見で無駄に手汗をかいたので、手を洗いたい。
「あの、手洗い場ってありますか? 手が洗いたいんですけど?」
そうして案内された場所は、手洗い場のはずなのに何かが違う。
壁に埋まっている魔法石から水を出す仕様はガルシア国とさほど変わらない。
ただガルシア国の場合は前世の記憶の中にある水道と同様、水を出すためには蛇口を捻る仕様になっていた。
「あの、蛇口はどれですか?」
「蛇口、ですか?」
何ですかそれ? と首を傾げられた。
「えっと、では、どうやってこの魔法石から水を出すんですか?」
そんなことも知らないの? と言いたげな顔をされた。
「この魔法石に触れて魔力を流せば、水が出てきますよ」
「なるほど〜」
と感心したはいいけれど、私には魔力がない。ゆえに魔法石を発動させて手を洗うことができない。
詳しく話を聞くと、神聖国はある一画を除いて、全ての魔法石は魔力によって作動するらしい。さすが魔法の国。けれど感心してはいられない。
まずい。私、神聖国で暮らしていけない。
ガルシア国では魔力を流すなんてことはしない。蛇口を捻ると水が出てくるという仕組みになっていた。
今まで当たり前すぎて何とも思わなかったことだけれど、離れて気付く。
何気にガルシア国って凄いのかも。
神聖国は魔法が発展している国だからこそ、生活の全てを魔法や魔力に頼りきっている。
魔法さえあれば全て事足りるため、その他の技術を発展させる必要がなかったのかもしれない。
もっと詳しく話を聞けば、トイレも魔法石に魔力を流して水を流すのだという。
百歩譲って、飲み水などの水の調達は誰かに頼むとしても、トイレの後処理だけは絶対に無理。私にだって恥じらいはある。
困った。実に困った。困った時は、
「やっぱりアリシア様に会わせてください!!」
オークはアリシア様を信用するなと言っていた。
けれど、どう考えても、ざまぁ要員のオークの言葉より、パパの言葉を信じるに決まっている。そこに少しの迷いなんて存在しない。するわけがない。
知らない国に何の事前情報もなしに乗り込むのは愚の骨頂だ。
私は当初の考えを一転して、アリシア様を頼ることに決めた。




