最終話
武闘大会、最終日。
美珠の心と同じように気持ちよく晴れ渡った朝、朝日に輝く白亜の廊下を駆け目当ての扉を叩いてみる。
すぐに返事が帰ってきた。
「おはよう。ねえ、はいってもいい?」
「ああ、はい。おはようございます」
柔らかな朝の光の中で碧の籠手を左腕にはめる国明の姿に美珠の胸は高鳴った。
見慣れたはずの愛する彼の姿がなんだか大人の男として素敵に見えたせいだ。
「こんなに朝早く、どうなさいました?」
「どうしても会いたくなってしまって」
そうどうしても、どうしても朝一番に会いたかった。
この特別な朝、少しでもいいから彼と二人の時間を過ごしたかったのだ。
自分の気持ちをちゃんと伝えるために。
今日彼が勝てば、夢を叶え自分たちは晴れて結婚できる。
別に優勝しなくとも誰に咎められることもなく結婚できるのだろうが、それでは二人の心は晴れることはない。
自己満足だと人に笑われても幼い二人の約束はどうしても果たしたい、美珠は口には出せなかったが心のなかでそう願っていた。
「ねえ、珠以。勝ってね」
「ええ、もちろん」
強く言い切ってから先に禁断症状が出たのは国明の方で、軽く屈んで美珠の頬に優しく唇を当てた。
それと同時に国明の吐息と肌の温かみが直接伝わってくる。
「去年みたいにあんなひどい怪我はしないでね。最後まで絶対に気を緩めちゃだめよ。ねえ、本当に怪我なんてしないで、珠以、無理は絶対にしないで。私、貴方に何かあったら」
「何もありません」
顔を持ち上げられまだ何か言おうとしていた美珠の唇に国明の唇が触れる。
けれどやはり唇が離れると美珠の口から言葉が溢れた。
「もう心配させないでね。怪我しても魔央さんがチョイチョイって治せる怪我くらいにしてね」
「必ず、勝ちます。だから心配じゃなく応援してください」
国明は強気な言葉を美珠と自分に言い聞かせ、心配しかしない涙目の美珠をギュッと抱きしめてもう一度今度は深めに口づけた。
「ダメだ、限界」
優菜は負傷者が収容されるの天幕に倒れこむ。
「まあ、思ったよりもできた方じゃないか?」
頭の上に座るのは師匠だ。
優菜は上位六十四というところで、魔法騎士魔希にあたり力尽きた。
兄弟子の弟子、どんなものかと思っていたら魔希は自分の師匠をも凌駕する派手な魔法をガンガン使って優菜を苦しめ、近距離攻撃が得意な優菜を寄せ付けずものの数分で圧勝ともいうべき勝ち方をした。
「しかし、あれも強くなったものだ、今大会の台風の目になるかもしれんな。案外魔央を抜くんじゃないか? なあ」
最後は天幕で治療にあたっていた魔法騎士にかけたものだが魔法騎士は返答に窮し、汗をかきながらへこへこ頭を垂れている。
そんな中、優菜はちらりと先生に目を向ける。
「何だ? お前、また何か変な作戦を考えてるのか?」
「当たり、先生、さすが俺のお師匠」
「何だ? しぶとくヒナに付きまとうのか? なあ、お前若いんだから。月並みな言い方だが星の数ほど女はいる。それなりの年になれば……」
「違うよ。あのさ、明日優真を北晋に連れていって慎一さんと話をしようと思うんだ」
「そうか」
ワンコ先生は深く頷き、それから後ろ足で顔を掻く。
優菜はノミは落としてくれるなよと心の中で願いつつ、それでも話を今日は逸らすこともせず一度唇を噛んだ。
「延ばしすぎたよね。話しておかなきゃいけないことだし。ヒナ、今日がなんか人生の境みたいな感じだったし言い出しにくくてさ、今日の明日でついてきてくれるかな?」
「お前たちは家族なんだ、ヒナだってどんなに浮かれてようが、顔を無理やり引き締めてついてきてくれるだろう。大切なことなんだ。私もついていくからな」
「ありがとう先生、感謝してます」
うむ、と尊大に頷いてからワンコ先生は優菜の頭から飛び降りた。
「さてと観戦にいくか。それにしてもどこかに美しい娘はいないものか? 私は抱っこをしてもらいながら観戦したいのだが」
「女の人なら星の数ほどいるんでしょ? 頑張ってみつけてください」
「星の数ほどいても、私のメガネにかなう相手はそうはいまい。お前は私の弟子だろう。いい女を見つけたら声をかけてこい」
「そんな!」
「できないからいつまでたっても童貞なのだぞ」
そこについては何も言えず優菜は今一度唇を噛むことになった。
会場では今、女子の戦いが行われている。
本命は珠利と縁だ。
ヒナこと美珠は三回戦で珠利と当たってしまい敗北、悔しさを引きずりながらも観戦している。
その目はもう完全に国明を追っていた。
本当は追っかけや国王騎士達のように国明を声をだして応援したいところであるが、それでは相手の騎士かわいそうなので少し遠くからただ目で追うのだ。
大会は滞りなく進み、昼を過ぎた頃に準々決勝が行われた。
先生の予想に反し、魔央は魔希に勝った。
火や水が飛び交い、果ては空間まで捻じ曲げる。
優菜は恋人同士ってここまでえげつない戦いをするのだろうかと恐れおののいたほどだ。
そしてもう一試合、ここまで順当に残った国明は次の対戦相手に一瞬固まった。
「出てはいけないのかもしれないと迷ったのだが、妻が私が戦う姿をどうしても見てみたいというものだから。珠利につれてきてもらった」
「そうですか、珠利は休みをとって出掛けていましたが……あなたのところに」
そこにいるのは孝従。
去年の優勝者でもあり、自分から喜びを奪った人間でもあり、自分の監督不行き届きのせいで大切なものをたくさん奪ってしまった相手でもある。
今は憎い相手というよりも負い目の方が大きい。
ただその孝従は去年とくらべものにならない穏やかで安定した気を持っていた。
「珠利が婚約者を連れてきた。お前の部下だそうだが、とても気持ちの良い相手だった」
「ええ、彼は正義感に溢れる騎士です」
「そうか、なら良かった」
穏やかに微笑む自分の元教官。
かつて越えたいと思い続けてきた相手だ。
そんな人との対戦は気持ちがはいる。
去年は彼の存在も、彼が戦う理由にも気が付かず胸を貫かれた。
ただ結果的にそんな怪我をして、遠い存在だった美珠がやっと届く距離までやってきたともいえる。
「お前に誓いがあるのはわかっているが、私だって妻と子供たちにいい姿を見せたいからな。お互い手加減なしだ」
「はい、先生」
「姫様」
そんな二人の姿を事情も分からずただ心を逸らせて見つめていた美珠は振りかえり笑顔をむけた。
「咲さん。お久しぶりです。あ、この子が?」
孝従の妻、咲は香里という小さな村に住んでいた。
上の子二人を待ち続けた国王騎士に殺され、復習の鬼となった孝従を待ち続けた不遇の人だった。
美珠が彼女に初めて会ったときは彼女自身も傷ついており、復讐に取りつかれ行方知れずになった孝従を探し求めげっそりとやつれていたが、今はその時お腹に宿っていた小さな命をだっこ紐で抱き、生き延びた子を乳母車にのせ穏やかな顔をしていた。
「お怪我の具合は?」
「ええ、もう。去年まで夫が騎士相手に戦えるなんてしりませんでした。去年、あの人は一人で子供たちの為に戦った。今年も私や子供たちの為に戦ってくれる。でもそこにある気持ちは違うみたいです」
「見ていてわかります」
二人の視線の先にはそれぞれの愛する人がいる。
思う存分戦ってほしい二人がいるだけだ。
「ああ、間に合った! 孝従せんせー! 頑張れー!」
珠利は自分の準決勝を終えて駆けつけると声を上げて応援をはじめた。
そんな珠利の背中を二人でほほえましく見つめながら、それぞれ喉がかれるほど応援した。
*
「対戦成績は現在のところ聖斗の二勝一敗か」
「だな」
国明は暗守の言葉にうなずきながら剣を確認する。
少し緊張した瞳をした自分がいることに国明は気が付いてふうっと息を吐いていると、聖斗が閉じていた瞳を開け不敵な目を向ける。
「いや、三勝一敗だ」
「一体、いつお前に負けた」
聞き流せない言葉に緊張など吹き飛んだ国明は聖斗に不審な目を向けた。
自分たちの対決は過去の武闘大会三回だけではないか、そういいたげな国明の視線を聖斗は鼻で笑い、兜を持ち上げる。
「黎仙様と当時は王子であった陛下の結婚式の日。俺は珠以と初めて戦って一本取った」
「……あれはお前か」
珠以という怖いもの知らずの子供は剣を倣い始めて嬉しくていつでも木刀を持ち歩いていた。
国王と教皇の血が結ばれるあの世紀の結婚式の日、珠以は木刀を持つ少年を見つけてかかって行った。
あれほど鮮やかに一本取られたのは初めてだった。
ただそれが一体誰であったのかは記憶がぼやけてしまっていたが、その悔しさは今でも残っている。
「なんだ、いわくつきか」
光東も面白そうに会話に入ってきた。
「ああ、あの頃からお前は国王と教皇を盛り立てるとか息巻いてたな。私はただ戦う相手ができたことが嬉しくて、そいつとまた手合せしようと訓練にいそしんだ。けれどある日を境に消えた。
それがまさかお前だったとは団長になってからは思いもしなかったがな。けれどいつかまたお前と、珠以という名の武人と戦いたいそう思ってきた。だからこそ、本当のお前を知った今年は腕がなる」
そんなことを言われればこちらの腕だってうずく。
幼いころの想いが一気に今日は晴らせるのかもしれない。
「じゃあ、お互い手加減なしだ」
国明は剣を鞘に納め立ち上がった。
「当り前だろう。……さてと行くか、決勝だ」
「ああ、行こう」
もう国明に緊張などなかった。
ただ一年に一回許される騎士同士が思う存分戦える日に最高の試合をしてみたい。
その期待だけだった。
今年度決勝、国王騎士団長国明、教会騎士団長聖斗。
予想通りの二人だった。
会場には国王、教皇、姫をはじめそれぞれの騎士団の団員、そして観客が押し寄せ大変な熱気だった。
どちらかが攻撃を繰り出せば、どちらかの応援が熱を帯び、それに負けじと相手方も応援に熱が入る。
そしてその二人の戦いはまるで剣舞でも見ているかのように美しいものだった。
磨き上げた剣技もさることながら、邪な考えなど一切なく、まるでお互いがキラキラ輝く少年のような心で戦い続けているからかもしれない。
教会騎士団長が目も止まらぬ早業を繰り出せば国王騎士団長が魔法剣を操り雷やら炎を使って反撃する。
「楽しそう、二人とも」
美珠は思わずつぶやいていた。
二人の本気の戦いを目でみたのははじめてだった。
「深窓の姫様は何年もこんなにいい戦いを見逃してきたなんて」
闘技場の一番近いところで他の団長たちと観戦していたのだが、ここから見える二人は戦っているというのにどこか笑っているようだった。
「今日だけは誰に責められることもなく思う存分戦えますから」
隣の光東もまた準決勝で国明に負けたけれど楽しげだった。
「二人とも頑張って下さい!」
「それじゃ結婚遅れるよ」
珠利に茶化されたがそれでも二人を応援したくなる。
美珠の声は歓声にかき消されているのかもしれない、けれど、それでも声を張り上げて応援し続けた。
そしてその時はやってきた。
国明と向かい合っていた聖斗が顔を緩める。
「一年前はお前とともに魔女を倒すことになるとは思わなかった」
「そうだな。お前に背中を預けられるようになるなんてな」
国明も顔を崩し顎を伝う汗を拭い息を吐いた。
「お前相手だと力の消費が半端じゃないな」
「ああ、それは俺も同じだな。終わりにしよう」
国明は剣を握りなおすと雷の魔法剣を作りあげ、一方で聖斗はゆらりと左に揺れる。
その瞬間、聖斗の姿は消えた。
国明は剣を振るうと放射状に雷の刃を飛ばし、聖斗の足を一瞬止め、そしてすぐさま剣を氷の剣にかえた。
今までの剣の長さとは変わり、その思わぬ長さに攻めようとしていた聖斗の感覚がくるう。
聖斗はほんのわずか反応が遅れ、気が付いた時には氷の刃がのど元にあった。
その状態を理解すると聖斗は表情一つ崩さず剣を鞘に戻して息を一つした。
「負けだ」
国明の方がまだ理解できない顔をして、剣を構え続けていた。
けれど聖斗が口を持ち上げて国明の剣を下ろさせると、勝者をたたえるように観客に押し出した。
それと同時に国王騎士団をはじめ観衆からは歓声がはじけ、優勝者をたたえはじめる。
惜しみない拍手が二人に送られ、そして万人の祝福の目が国明に注がれていた。
やっと国明も自分が勝ったのだと自覚しはじめていた。
「美珠様! 珠以がやったよ!」
珠利の声をどこか遠くにききつつ、美珠はただ歓声に包まれる男をひたすら見つめていた。
「ほら、美珠様、行ってきなって」
相馬が大きな花束を美珠に持たせ、場内に押し出した。
美珠が闘技場に立つとさらに人々からどよめきが上がる。
優勝者の国王騎士団長はこの国の美しい姫に称えられるのだと。
けれど彼へ送られる歓声も賛辞ももう美珠には聞こえなかった。
そして彼の少年のような満面の笑顔を見て、目があった瞬間、美珠はその場でただ泣いた。
嬉しかった。
兎に角、嬉しくて人目も気にせず涙をこぼして泣いた。
「美珠様、結局勝っても負けても泣くんですね」
国明が美珠をきつく抱きしめる。
それをみて何も知らぬ人々が更に興奮して声を上げた。
「俺は優勝しました」
「うん、見てた。珠以が優勝した」
涙をぬぐって顔を持ち上げるとそこにあるのは子供の頃の珠以の笑顔にしか見えなかった。
自分が愛してきた大好きな笑顔だ。
「珠以が優勝したの。約束を守ってくれた。こんなにうれしいことはないわ」
涙をぽろぽろとこぼしながらただただ喜んでくれる恋人をみて国明は一度目を閉じてから跪いた。
「長い間、お待たせしてしまいました」
「でも、でも優勝した。珠以、優勝したの。本当に、本当に優勝した」
国明は優しく笑うとそうっと美珠へと手を伸ばす。
美珠は無意識にその手に自分の手を重ねていた。
「美珠様、俺と結婚してくださいますか?」
その言葉が聞こえた国王騎士達からは騎士団長を褒めるような歓声が沸きあがった。
一方で美珠はこんな人前で何をいうのだと照れる気持ちは全くおこらなかった。
お互いこの日を夢見てきた。
何年も、何年もこの日を。
「はい。妻にしてください」
そう答えた途端、国明は顔をくしゃくしゃにして笑いながらが立ち上がり美珠の体を再び抱きしめ口づけた。
「おっし! よくやったよ、珠以、ほんとよくやった。私、ホント嬉しい」
珠利はそんな二人を見て闘技場をたたいて喜び、相馬は必死に涙をこらえていた。
やっと自分の乳兄弟と親友が結婚できるのだ。
死んだ母だってきっと大喜びするだろう。
「ああ、本当に優勝しちゃったよ。優勝できないまま引退しちゃえばよかったのに」
優菜は一番後ろでくだをまきながら見守っていたが、それでもどこか笑みを浮かべて先生に褒められた。
聖斗は場内から降りると暗守が手を挙げる。
「いい試合だった」
「ああ、自分でもそう思う」
聖斗はそれ以上何も言うこともなく暗守の手にポンと手を当てた。
そして聖斗は振り返ると二またどこか穏やかな顔で抱き合う二人の姿を見つめ続けていた。
*
夕暮れ前、穏やかな橙色の光の中、美珠は噴水に腰かけて恋人の肩にもたれていた。
「夢みたい。でも夢じゃないのね」
「ええ、こんなこと夢であってたまるものか」
国明は美珠の顔を持ち上げてその瞳を見つめる。
「貴方を待たせた間に貴方はこんなに美しくなった」
水に映る二人はもう子供ではない。
約束をしたばかりの幼い子供たちではない。
「私は夢に出てくる珠以を、まだ一四だった少年の珠以を捜し続けてた。それが現実に存在する人だとは知らないで、夢の中の珠以がいてくれたらいいのに、そう思って毎日過ごしてた。
そして珠以がいたの。大人になって、騎士団長になって、そして私のことをまだ思っていてくれた。
私も想い続けてよかった。夢だって切り捨てないでよかった」
初恋を、そして想いをかなえた二人。
ここが幸せな人生の終わりではない。
これから長い人生たくさんのことを想って、笑って、悩んで生きて行くことになる。
国王、教皇を引き継ぐ美珠の立場であるならば困難の方が多いのかもしれない。
この一年、本当にたくさんのことを経験した。
お互いに何度も死の淵に立ったことがある。
信じられなくなる瞬間もあった。
けれど二人は結ばれる。
お互いにこの人を伴侶として得られたことは何にも代えがたい人生の宝物だと思う。
この国の姫はやっと婿を捜し当てた。
記憶から抹殺された、愛しい幼い初恋の相手を捜し当てたのだ。
ここまでおつきあいいただきまして本当にありがとうございました。
以前宣言しました通り、『姫君の婿捜し』完結でございます。
2008年から投稿をはじめ、気が付けばもう5年も経っていました。
この5年間、私も体調を壊し入退院を繰り返すという今までの人生で思ってもなかった出来事があり、投稿もできずという時期もありましたが、読んで下さる方がいる、その一心で何とか今日に至りました。
皆さまのおかげです。
5年前からずっとおつきあいくださってる方、感想を寄せてくださった方、入院中励ましのメッセージを寄せて下さった方、最後まで読んでくださった方、皆様には本当に本当に感謝しかございません。
また何か思いついたらひょっこり投稿しているかもしれません。
その時にまたお会いできたら嬉しいです。
本当にありがとうございました。




