85 強制力
ロイドはシーラの元へ駆け寄ると、彼女を抱きしめた。
周囲にいた女性たちからキャーと悲鳴が上がった。
「で、殿下……!」
「よかった、いなくなったと聞いて心配していたんだ」
座り込むシーラを、ロイドは強く強く抱きしめ続けた。
あまりにも長すぎる抱擁に、シーラは何だか恥ずかしくなった。二人きりのときならまだいいけど、他にも人がいるわけだし。
幼少期の記憶を取り戻してもなお、彼女は未だに彼の愛には慣れなかった。
「殿下……そろそろ……」
「……あぁ、すまない。久しぶりに会えたのが嬉しくてつい長くなってしまったな」
「う、嬉しい……ですか?」
昔はもっとツンケンしていたのに、今はどうしてそんな言葉を平然と口にできるのだろうか。
ロイドはシーラの腰を両手で掴むと、手に力を入れて彼女を立ち上がらせた。
ふとポケットに入れていた懐中時計に目をやった彼女は、あることに気付いて慌てた。
「ご、午後の部が終わるまであと三十分しかない……!」
今世はアカデミー生活最後の文化祭を楽しむと心に決めていたのに、思いがけないトラップに嵌まって時間を無駄にしてしまった。
これでは前世と何も変わらないではないか。
それに気付いたシーラはガックリと肩を落とし、呟いた。
「お化け屋敷、行きたかったなぁ……」
ロイドはそんな彼女の言葉を、しっかりと耳に入れていた。
「――じゃあ、今から行くか」
「え……?」
彼は不思議そうに首をかしげるシーラを軽々と抱き上げた。
突然お姫様抱っこされ、彼女は困惑した。
「で、殿下!何してるんですか……!」
「しっかり捕まってろよ、シーラ」
ロイドは地面に魔法陣を展開すると、すぐに発動させた。
光に呑み込まれ、あっという間に二人の姿が消えてなくなる。
眩しさで目を閉じたシーラは、気付けばお化け屋敷ブースの前に転移していた。
普通に歩けば十分はかかるであろうその距離を、ロイドはものの数秒で移動したのだ。
「て、転移魔法……!?」
「そうだ、これで間に合うぞ。シーラ」
ロイドは彼女を抱いたまま、ゆっくりと傍にあるブースへと歩いて行った。
以前から行きたいと思っていたお化け屋敷にこうして行くことになるとは、思いもしていなかった。
(というか、恥ずかしいから早く降ろしてぇ~!)
そんなシーラの気持ちに、当然彼は気付いてなどいなかった。
***
ちょうど二人がお化け屋敷に入った頃、アルヴィンはダミアンとサイラスの二人と校内にいた。
周囲に溢れるカップルたちを見て、アルヴィンは深くため息をついた。
「何が悲しくてお前たち二人と一緒にいないといけないんだか……」
「おいおいそんなこと言うなよ、アルヴィン」
「そうだぞ、俺だって本当は一緒に来たかった人がいるんだ」
アルヴィンは誰から見てもわかるほど真っ直ぐにシーラに思いを寄せており、サイラスもまた彼女に好意を抱いていた。
ダミアンは恋愛感情こそないものの、シーラの幸せを心から願っている。
形は違うものの、三人全員がそれぞれシーラを大切に思っていることはたしかだった。
しばらく周囲を見渡していたアルヴィンは、ある人物が遠くに見えることに気が付いた。
「あれは……シーラの元婚約者か」
彼の視線の先にいたのは、ヘンドリックとその恋人のデイジーだった。
楽しそうにヘンドリックに話しかけるデイジーと、心ここにあらずなヘンドリック。
「あぁ、ほんとだ。レイヴィス公子、やっぱりキャンベル嬢と来ていたんだな」
「あんなにも仲睦まじくされちゃあたまったもんじゃねえな。シーラ嬢、婚約破棄できてよかったよな」
アルヴィンはしばらくの間、じっとデイジーを眺めていた。
ダミアンはそんな旧友に、不思議そうに声をかけた。
「アルヴィン?どうかしたのか?」
「おいおい、お前気付いてないのか?」
サイラスはダミアンの肩を掴むと、耳元に唇を寄せて囁いた。
「――あの女、アイツの好きだった女によく似てるんだよ」
「……そういうことか」
ダミアンは納得したかのように呟いた。
それを聞いて改めてデイジーに視線を向けるが、たしかに彼女はアルヴィンの初恋の女性によく似ていた。
叶うことはなかったものの、今でもアルヴィンにとって彼女は大切な存在であることに変わりはないわけで。
「もしかしてアルヴィン、デイジー嬢にガチで恋しちゃったんじゃ……」
「いやぁ、それはないだろ?あの女の本当の姿を知ってるはずだし……あり得ないって」
サイラスは馬鹿げたことを言うなと、ダミアンの考えを真っ向から否定した。
しかし、ダミアンは寂しそうな目でデイジーを見つめるアルヴィンを前に、不安を隠しきれなかった。
「……」
アルヴィンは二人が噂していることも知らず、ただデイジーをじっと見つめていた。
なぜかわからないが、彼女から目が離せない。
少し前までは興味なんてなかったはずの女が、なぜ今になってこんなにも気になってしまうのか。
アルヴィンは自分の気持ちに説明がつかなかった。
「……何だ、この感情は」
そのとき、彼の頭上にシーラしか見えない画面が現れた。
――『主人公が選択を失敗したため、強制力が強まりました』
アルヴィンは自分の思考が支配されているような感覚に陥っていた。
悪意あるその力は、徐々に彼の身体を蝕んでいった――
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