83 罠
その後、シーラは三十分以上もの間お化け屋敷内を彷徨い続けていた。
暗い屋敷の中では、時間の感覚が狂っていく。追いかけてくる魔物も、いつの間にか姿を消していた。
真っ暗闇の中一人取り残され、余計に不安感が増した。
「疲れた……」
体力のないシーラは、とうとうその場にへたり込んでしまった。
どれだけ歩いたところで、光は一向に見えない。本当に出口があるのだろうか。
「もしかして……罠だったのかしら?」
シーラはようやく、お化け屋敷が罠であったことに気が付いた。
思えば、最初から変だったのだ。人気で一時間待ちも普通なはずのお化け屋敷に誰も並んでいないだなんて、あり得ない。
一体誰が何のためにトラップを仕掛けたのかはわからないが、今はここから抜け出すほうが先だ。
「お腹、空いたなぁ……」
そういえば、お昼何も食べていなかった。
腹が減っては戦はできぬ。シーラはその場から動けなくなった。
このままずっと永遠に閉じ込められたままなのだろうか。
最悪の事態が、彼女の頭をよぎった。
(どうしてこんなにもマイナスなことばかり考えてしまうんだろう……)
わからない、ここにいると心まで闇に支配されてしまったかのような気分になる。
暗闇に包まれていると、前世でヘンドリックから受けた拷問の記憶が蘇ってきた。
そういえば、あのときもこんなふうに真っ暗だったっけ。
果てしない闇の中で、シーラはやってもいない罪を追及されて拷問を受け続けた。
あの日のことを考えると、どうしても彼女は浮かない気分になる。
まるで、闇が彼女をネガティブな思考へと導いているようだった。
「やっぱり……私は、ダメかもしれない……」
そう呟いた瞬間、突如猛烈な眠気がシーラを襲った。
座り込んでいたシーラは、睡魔に耐えられず、倒れるように横になった。
(このまま誰にも看取られることなく、死んでいくのかな……)
前世と同じような末路を迎えてしまうのか。シーラは既に心が限界を迎えていた。
目が覚めたら、天国にいたらいいなと願いながら、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。
***
シーラが眠りについた頃、いつもより華やかなアカデミーに、ある人物が足を踏み入れた。
暑い夏が過ぎ去り、今は十月。すっかり秋がやってきた。
彼の着ていたローブが、爽やかな風で揺れた。
「久しぶりだなぁ……」
およそ五年ぶりとなる、王立アカデミーの文化祭だった。
今年度は第二王子に第一王子の婚約者、大公家の嫡男が会を仕切っていることもあり、例年より人が集まっている。
まさに黄金世代だった。
「俺の代は誰もいなかったからな……大変だったなぁ……」
第三学年の文化祭は、彼にとって忘れられない日だった。
彼と同じ学年には、侯爵家の令嬢が一人いるだけで、高位貴族がほとんどいなかった。
そのため、彼はよく一学年下の王女スカーレットの手を借りていた。何とも懐かしい記憶だ。
「スカーレット……元気にやってるかな……」
今はもう隣国へ嫁いでしまった第一王女のスカーレット。
一つ下であり、親族でもある彼女とは、幼き頃からの仲だった。
昔を懐かしんで微笑む彼の姿を、周囲の女性たちはヒソヒソと噂し始めた。
「あの方……もしかして、ロイド王弟殿下?」
「あら、なんてカッコイイのかしら!あの噂は本当だったようね」
ロイドの輝くほどの美貌は、近隣諸国で話題になっている。
美しく地位も高い彼は婚約者もいないため、他国の王女たちから縁談が山のように来ていた。しかし、その全てを内容を確認することもなく捨ててしまっているのは公然の秘密だ。
「ロイド殿下、私と遊びましょうよ!」
「約束している人がいるんだ、すまないが通してくれ」
「あら、彼女さんですか?まぁ、いないわけがないか」
残念、と彼をナンパした女性たちは大人しく身を引いた。
彼は異性のかわし方も上手かった。
そんなロイドの元に、従者のレインが慌ただしくやって来た。
「――殿下、大変です!」
「……どうした?」
せっかくシーラに会いに行こうとしていたのに、なぜいつもレインはいいところで邪魔ばかりするのか。
眉をひそめる彼に、レインは切羽詰まった顔で用件を告げた。
「シ、シーラ嬢の姿がどこにもないそうです……!」
「……………何だと?」
その言葉に、彼は正気を失ってしまいそうになった――
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