8 カード
シーラは晩餐室の大きな扉を勢いよく閉めた。
バタンッと大きな音が鳴り、彼女はそのまま走り出した。
(どうして、どうして私がいつも悪者になるの!)
侯爵邸の廊下を、早足で駆け抜ける。
すれ違う使用人たちが、驚いたような顔でシーラを見つめた。
いつも冷静沈着な彼女のことを思えば、このような行動を取るのはあり得ないことだった。
使用人たちはそんなシーラの姿に眉をひそめ、ヒソヒソと噂話をし始めた。
『あら、シーラお嬢様よ。きっとまた奥様や旦那様に煙たがられたんでしょう』
『いつまでここに居座るつもりかしら……いたところで何の役にも立たないんだから、さっさと出て行けばいいものを』
もちろん、使用人たちが本当にそのようなことを言っていたわけではない。
この世の全てに絶望したシーラは、幻聴が聞こえるようになっていたのだ。
当然、彼女はそんなこと気付きもせず使用人たちが言ったことだと決めつけてただ逃げるように走り続けていた。
(もう嫌……この世からいなくなりたい……!)
このままどこか遠い、ヘンドリックもデイジーもアメリアも両親も誰もいないところへ行ってしまいたい。
自分のことを知っている人が誰もいない、遠い遠い国に。彼らがいないのなら、別に死後の世界でもかまわない。
やっぱり神様なんていないのよ。
いたとしたら、私をこんなにも残酷な世界に戻すわけがないもの。
どうして?どうして全員こんなにも私に冷たくするの?
いつも私を悪人だと言い、そのことを疑いもせず、全員が私を責める。自分がどれだけ変わったところで、あの人たちは何も変わらない。
――こんな狂った世界から、今すぐに逃げ出したい。
「ッ……!」
泣き喚きながら走り続けていたシーラは、階段に差し掛かっていたことに気が付かなかった。
自身の体が宙に浮き、彼女はそのまま屋敷の大階段から転げ落ちた。
「キャアアアアアアアアアッ!」
シーラは叫び声を上げなあgら、階段から落ちて行く。近くにいた侍女の一人が慌てて手を伸ばすものの、時すでに遅し。
体中を打ち付けながら落下し、彼女はようやく階段の下にある壁にぶつかって制止した。
「あ……う……」
最後に壁に額を打ち、頭から血が流れ出た。その頃にはもう、シーラは意識を保っていることも難しかった。
全身を強打し、自力で立ち上がることすらできそうにない。侍女たちのキャーという叫び声が遠のいていく耳に入る。
彼女の目の前にあるものが浮かび上がった。
青いスクリーンのような画面に、ハッキリと文字が浮き出る。
――『使えるカードが一つ増えました』
(カード?一体何のこと?また私を煽っているわけ?)
シーラは薄れゆく意識の中、呆然としたまま画面を眺めていた。
しばらくすると文字は消え、代わりにタロットカードのような一枚の札が映し出された。
――『新カード”使用人たちの情”』
カードには侍女服を着た女性が、泣いている幼い少女に手を差し伸べている姿が描かれている。
銀色の髪をしている少女は、よく見ると誰かに似ている。
しかし、今の彼女は猛烈な痛みでそのようなことを考えている余裕は無かった。
彼女はゆっくりと瞼を閉じた。
だが、今回もまたあの世へ行くことはできなかった。
「お嬢様!よかったです!お目覚めになられたのですね」
「……あなた」
目が覚めると、シーラは自室のベッドに横になっていた。頭に痛々しく包帯が巻かれており、怪我のせいか体が動きづらかった。
部屋にいた数人の執事や侍女たちが、心配そうに彼女を見つめている。
「……一体何が」
「覚えていないのも無理はありません。お嬢様は階段から落ちて意識を失ってしまっていたのですから」
その言葉で部屋にある時計に目をやると、ちょうどあの晩餐会から数時間が経過していた。
いくら頭を打ったとはいえ、父に言い返し、部屋を飛び出した記憶が鮮明に残っていた。
「ねぇ、お父様たちは……」
「旦那様は……」
部屋にいた執事が口を開きかけたそのとき、突然部屋の扉が勢いよく開けられた。
「――シーラ!」
「…………お父様?」
ノックもせずに入ってきたのは、父と義母、そしてアメリアの三人だった。
一瞬だけお見舞いに来たのかと勘違いしそうになったが、三人の表情から見てすぐにそうではないということを悟る。
違う、彼らは心配などしていない。
――私を責めに来たんだ。
「シーラ、何か言うことは無いのか?」
「アメリアはあなたのことを姉として慕っているのよ?どうしてそんな仕打ちができるのよ」
「お姉様……私はただお姉様と仲良くなりたいと思ってただけで……」
再び浴びせられる、刺すような視線。
それはついさっき彼女の身に起きたこと状況とよく似ていた。
シーラはじっと、ただ目の前にいる家族たちを見つめ返した。
呆然とする彼女に痺れを切らしたのか、父親が怒鳴りつけた。
「シーラ!!!いい加減何か言わないか!!!」
「……!」
父の見えないところで、義母がニヤッと醜悪な笑みを浮かべた。
(この人たちは本当、何も変わらないんだから……!)
シーラは言い返してしまいそうになったのを、寸でのところで耐えた。
義母とアメリアはいつも自分が被害者であるかのように振舞う人間だった。反論したところで、シーラが不利になってしまうだけだろう。
(……どうしよう、何を言えば)
困り果てていたそのとき、彼女の目の前に再びあの画面が現れた。
―――『ピンチ!カードを使用しますか?
使用できるカード:使用人たちの情 残るカードはあと五枚です
条件をクリアすることによってカードは解放されます』
カード?使用人?
何のことかよくわからなかったが、シーラは咄嗟の判断でカードを使用するを選択した。
ええい、もうどうにでもなれ―――――!
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