8 お似合いな二人
アンダーソン家の馬車に乗り、シーラはアカデミーまで向かった。
今日彼女が乗っているのは、いつものヘンドリックの家の馬車ではない。それに彼から貰った贈り物は、全て突き返してきた。
(礼儀に反する行為ではあるけど……彼との婚約を破棄するためには仕方ないわよね)
少なくとも、あと一年でヘンドリックとの婚約関係を終わらせなければならない。
彼を心から愛し、彼の後ろ姿だけを見つめ続けていた彼女はもういない。
――生き残るために、変わると決めたのだ。
もう二度と、ヘンドリックを愛したりはしないし、彼の妻にも絶対にならない。
「お嬢様、到着いたしました」
「ありがとう」
シーラは礼を言うと、カバンを持って馬車から下りた。ありがとうと言われたことに驚いたのか、御者は一瞬だけ目を見張った。
(そういえば、今までヘンドリックにかまけてばかりで使用人たちと全く話してこなかったわね)
愚かにも、彼女は今になってそのことに気が付いた。
使用人たちがロボットのようにシーラに接していたのも、元はと言えば彼女のそのような態度が原因だったのかもしれない。少なくとも、使用人たちは家族のように話がわからないような人ではなかった。
(今世は、彼らとの関係を変えられるかもしれないわ……)
馬車から下りた彼女を出迎えたのは、やはり生徒たちの嘲笑う声だった。
しかも今日はアンダーソン家の馬車で来たから余計に。
「アンダーソン令嬢よ……」
「今日はレイヴィス家の馬車じゃないんだな……」
「決まってるわ、レイヴィス公子にとうとう愛想を尽かされたのよ」
明日の学内新聞にでも載りそうな勢いで、噂は広まっていく。
ちょうど、ヘンドリックが一人の女子生徒と親しくしているという噂が同時に広まっていた頃だった。
そのため、生徒たちの関心は今シーラとヘンドリック、そして彼の浮気相手であるデイジーに集まっている状態だ。
つまりは、シーラの行動一つ一つが、生徒たちに面白おかしく噂されてしまうような状況なのだ。
「――見て、レイヴィス公子とキャンベルさんよ!」
「……!」
その声に、シーラは振り返った。
ちょうど、校門の前でヘンドリックとデイジーが馬車から降りているところだった。
ヘンドリックが優しく、デイジーに手を差し伸べていた。
あんな顔の彼を、シーラは一度も見たことが無かった。
それどころか、エスコートをされたことすらほとんど無い。
「何てお似合いなのかしら……陰鬱なあの婚約者とは大違いね……」
「ええ、もういっそキャンベルさんと結婚してしまえばいいのではないかしら?」
前世から、ヘンドリックとデイジーの世紀の大恋愛は生徒たちから応援されていた。
デイジーは平民ではあるものの、とても美しい容姿をしており、ヘンドリックの隣に相応しい女性だった。
身分の違いさえなければ、彼ら二人は間違いなく結ばれていただろう。
デイジーは生まれはともかく、穏やかな性格をしていることに加えて地頭も良い。そのため、きっと良き公爵夫人にもなれるはずだ。
シーラよりもずっと。
デイジーの方がヘンドリックからも愛されているし、今思えば最初から彼女がヘンドリックと結婚すればよかったのだ。そうすれば、誰も不幸になることはなかったのではないか。
――そのことを拒んだのは、他でも無いシーラ自身だったが。
(今はこれ以上、あの二人を視界に入れていたくないわ……早く教室に行きましょう)
シーラは堂々と並んで歩くヘンドリックとデイジーに背を向け、そのまま教室へと向かった。
第三学年のシーラは階段を使って二階まで上がり、D組と札が貼られた部屋へ入った。
「おはようございます」
「……」
中には数人の生徒がすでに席に着いていたが、返事は返ってこなかった。
担任教師から贔屓されていると思われている彼女は、クラス内であまり良く思われていない。そのことを本人も気付いていた。
(挨拶すら無視するのね……礼儀がなってない人たちだわ)
シーラの席は窓際の一番後ろだ。
彼女は机の上にカバンを置き、朝の準備を始めた。カバンから授業で使う教科書を取り出し、机の中にしまう。
その間も誰も声をかけることはなく、腫れ物に触るかのように彼女を扱った。
そんな彼女に、一人だけ話しかけた人物がいた。
「――アンダーソン令嬢、今日は早いんだな」
「…………アルヴィン殿下?」
振り返ると、すぐそこに黒髪黒眼で整った顔立ちの青年が立っていた――
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