7 お返し
シーラの視線の意味に気付いたのか、アメリアがビクッと肩を上げた。
あの日のことは、当然二人ともよく覚えている。ちょうどシーラがアメリアから距離を置くようになったのも、そのときからだった。
「お姉様……それは昔の話でしょう?」
「私は忘れたことなんて一度も無いわ。あなたがあんなことを言ったおかげで、私がお父様から嘘つき呼ばわりされたんだから」
もし、あの場所でアメリアが本当のことを言っていたとしたら。
シーラがこんなにも辛い思いをすることは無かっただろう。
アメリアはシーラを優しく諭すように、その肩に手を置いた。
「仕方なかったのよ。もし虐待のことを正直に話して離婚なんてことになったとしたら……私はお父様もお母様も、そしてお姉様のことも大好きなの。ただ、三人と一緒に暮らしたかっただけなのよ」
「……」
だから理解して?とでも言いたげに彼女は笑った。
自らの幸せのためなら、多少の犠牲はやむを得ない。
シーラには、アメリアがそう言っているようにしか聞こえなかった。
彼女は彼女なりに、母親と姉の間で板挟みになって複雑だったのだろう。
しかし、それが嘘をついていい理由にはならないのだ。
(あなたたちの幸せのために、私に不幸になれと言いたいのね……)
誰かの不幸の上で成り立つ幸せ。
シーラは二度、その不幸の張本人になっている。
一度目はアメリアを始めとした家族たちの幸せ。そして二度目はヘンドリックとデイジーの幸せ。
――誰かのために、自らが犠牲になるのはもう御免だった。
「ねえ、お姉様。いつまでもそんな風に拗ねていないで、明日の夕食には出席してくれないかしら?やっぱりお姉様がいないと、家族って感じがしないのよ」
「………そうね、体調が良かったら行くことにするわ」
シーラはそう返事をし、アメリアを部屋から追い出した。
前世も今世も、家族たちは何も変わっていない。
冷たい父も、罵声を浴びせる義母も、自分のことしか考えていない妹も。
機械のように彼女の周りで動く使用人たちも。
「早くこんな家、出て行きたいわ……」
そんな彼女の願いが叶うのは、まだまだ先の話だ。
回帰したばかりだからか、今日は何だかとても疲れた。一度すべてを忘れてしまいたいと願いながら、シーラは早めにベッドに横になった。
***
次の日の朝、シーラはいつも通りアカデミーへ行く準備をしていた。
時間が戻ったのは放課後だったため、昨日は授業には参加していない。そのため、シーラの二度目の学園生活が始まるのは今日からだった。
久しぶりの制服に着替え、スクールバッグを手に持ったシーラは家族たちに挨拶も済ませないまま部屋を出た。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、いってくるわね」
そのまま誰にも会わないように、エントランスまで向かう。
邸宅を出ると、屋敷の前に見覚えのある馬車が停まっていた。
「あれは……」
馬車に刻まれていた剣の紋章。それはまさに、ヘンドリックの実家であるレイヴィス公爵家を表す家紋だった。
何故、レイヴィス家の馬車がここに停まっているのか。
(そういえば……レイヴィス公爵家の馬車で一緒に登校したいと駄々をこねていた時期があったわね)
貴族の子息が、登校の際に婚約者を馬車で迎えに行くのは王立アカデミーでは当たり前のことだった。
しかし、シーラを毛嫌いしているヘンドリックは入学した頃から迎えの馬車を寄越さなかった。
アンダーソン侯爵家の馬車で登校したシーラを待っていたのは、生徒たちの嘲笑。
それに耐えられなかった彼女は何度もレイヴィス公爵家に猛抗議した。
最初は聞く耳を持たなかった彼だったが、何度も抗議することで観念したのか。ヘンドリックは自分は乗ることなく、公爵家の馬車のみをシーラの元に送ってくるようになったのだ。
(今思えば、くだらない慣習を私はすごく気にしていたのね……)
シーラはレイヴィス家の御者の肩をポンポンと叩くと、ハッキリと告げた。
「あなた、帰っていいわよ」
「…………へ!?」
御者は口をあんぐりと開けて固まった。
そりゃあ、わざわざ朝早くから来たってのに誰も乗せることなく帰れって言われたんだからそうなるわよね。
「そうねぇ……たしかに誰も乗せずに帰らせるのは問題があるかしら……」
「アンダーソン嬢?何を言っていらっしゃるのですか?」
「あっ、そうだわ!」
シーラは良いことを思い付いた、とでもいうかのように御者を置いて邸宅の中へ走っていった。
御者が固まっていた数分の間に、彼女はあるものを持って邸の中から再び姿を現した。
「ちょうどよかったわ!これ、レイヴィス公爵邸に持って行ってほしいの!」
「こちらは一体……?」
シーラが抱えていたのは、ネックレスやイヤリングなど女性ものの派手な装飾品や、華美たドレスや靴だった。
それらを腕一杯に抱えた彼女は、レイヴィス家の馬車の中に放り投げた。
「お嬢様!?何を!?」
「全部ヘンドリックから貰ったものよ!いらなくなったから、彼に返すことにしたの!」
シーラは馬車の扉をしっかりと閉め、御者に背を向けた。
「じゃあね、私はアンダーソン家の馬車でアカデミーに向かうから!」
「……」
それだけ言うと、傍に控えさせていた馬車に乗り込み、颯爽と去って行った。
――何故か、御者が最後に見た彼女の顔は晴れ晴れとしていた。
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