73 王子様
「どこか行きたいところはありますか?」
「いや、特には……シーラ嬢に任せよう」
シーラ・アンダーソン、何と人生初のデートである。
ロイドは彼女を馬車に乗せると、後に続いて乗り込んだ。
「そうですね……なら、湖にでも行きませんか?」
「ああ、君が望むならそうしよう」
ロイドは笑顔で受け入れ、馬車は少し遠くに位置する湖へと向かった。
目的地へ到着すると、シーラはロイドの手を借りて馬車から降りた。
「ここって……」
目の前に広がったのは、果てしない湖。向こうには山がそびえ立ち、手前のほとりには綺麗な花々が咲いている。
ちょうど今日の天気は快晴。水面には大きな山や青空がくっきりと反射していた。
シーラたちが訪れているここは、世界でも有名なオルティネス王国有数の観光地となっている。
そして、湖では仲睦まじい恋人たちがボートに乗っている。
「――どうやら、カップルのデートスポットのようだな」
「た、たまたまですよたまたま!」
顔を真っ赤にしたシーラを、ロイドがからかうようにニヤニヤ笑った。
(ここがカップルのデートスポットだなんて知らなかった……オルティネスでは有名なところだから、選んだっていうだけで……!)
決して、他に変な意味があったわけではない。
「せっかくだし、ボートに乗ろう。金は俺が出すから」
「あ……はい、ありがとうございます」
シーラはロイドの提案に乗り、二人はボート乗り場まで向かった。
今日のロイドはいつものローブを脱ぎ、白いシャツに黒いズボンという軽装だった。
王弟とはいえ、彼はまだまだ若く、シーラと五歳しか年齢が変わらない。
そのため、彼らが教師と生徒という関係であることに気付く者は誰もいなかった。
ロイドはシーラの手を取り、先にボートに乗せた。二人乗りの、茶色いボートだった。
正面に座った彼が、オールを使ってゆっくりと漕ぎ始めた。
「わぁ、とっても綺麗ですね……!」
「そうだな、俺もこういう体験は初めてだから何だか新鮮だよ」
シーラはチラッとオールを動かすロイドの腕を見た。
肘までシャツをまくり上げ、鍛えられた太い腕が視界に入る。あまり筋肉質という印象のないロイドだが、実はかなり鍛えていたようだ。
(あの腕に……この間は抱きしめられたのね……)
男の人とそういう関係になってしまうだなんて、何だか不思議な気分だった。
前世は愛を求めてばかりで、誰からも気持ちを返されることはなかった。
だけど、今世は違う。
――シーラを愛してくれる人は、ちゃんといたのだ。
ロイドの横顔をしばらく見つめていた彼女は、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、殿下……」
「……どうした?」
声に反応した彼が、シーラのほうを見た。
柔らかい表情が、温かい眼差しが、彼女の記憶の奥深くに残る誰かと重なった。
――『選択してください。
一、どうして私にそんなことをするんですか?
二、あなたは一体誰ですか? 』
それと同時に、すぐに五からのカウントが始まる。
わざわざ悩むまでもなく、シーラは二番を選択した。
「――あなたは一体、誰ですか?」
「……」
突然の問いに、彼は一瞬だけ目を見開いた。
しかし、すぐに意味を理解したのか、彼はオールから手を離し、シーラの頬に触れた。
「俺は……」
真摯な瞳から、目が離せなかった。
彼は頬をするりと撫でると、そのまま言葉を紡いだ。
「――将来君を迎えに行く、王子様だよ」
その一言で、彼女の脳裏に眠っていた大切な思い出が浮かび上がった。
『いつか俺が、お前をあの家から救い出してみせるから。待っていてくれ』
『わぁ、とっても素敵。王子様みたいね』
幼い頃、少し年上の少年と秘密の宮殿で過ごした記憶。
ずっとずっと思い出すことのできなかった、大切な思い出。
『迎えに来てくれるの?約束よ?』
『ああ、もちろんだ』
二人は小指を絡め、約束を交わした。
――『キーワード“王子様”を獲得しました』
その瞬間、彼女は全てを理解した。
「お、王子様……!」
「あぁ、そうだ。迎えに来たよ、シーラ」
彼はシーラの腕を引くと、その胸に抱きしめた。
彼女は彼の正体を悟り、大きな背中に腕を回した。
私ったら、どうしてこんなにも大切なことを忘れていたんだろう。
彼は、私の大切な人だった―――
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