70 人の温もり
その後、オリバーは日記を持ったまま本邸へと帰って行った。
シーラのいる別邸へ乗り込んできたときとは違って、彼は抜け殻のようだった。
父が帰った後、シーラは療養として一日アカデミーを休むこととなった。
翌日、クレアたち生徒会メンバーが彼女のお見舞いにやって来た。
「シーラ、大変だったわね。昨日そんなことがあっただなんて全然知らなかった」
「ええ……でも何とか、上手く切り抜けられたわ」
あなたって本当トラブルに巻き込まれやすいのね――とクレアは笑った。
いやいや、巻き込まれやすいのは私のせいではなく謎のゲームのせいですよ。
シーラはクレアの隣にいたアルヴィンに視線を移した。
「アルヴィン殿下……昨日は色々とありがとうございました」
「いやいや、俺は何もしていないから」
昨日はきちんと礼を言えなかった。
アルヴィンが助けてくれたのはシーラにとっても想定外のことであり、彼のおかげで彼女は一時的ではあるが窮地を回避することができた。
「ところで……あの方たちはどうなったんですか?」
「ああ、それはだな――」
アルヴィンから聞かされた処罰の内容は、シーラの予想の範囲内だった。
まず、実行犯たち全員はそれぞれアカデミーを退学となった。彼らは既に一度やらかしているため、すんなりと退学という処分が下りたそうだ。
そして、実行犯たちを唆したとして捕縛されていたアメリア。
彼女もまた、罪を全面的に認めて退学となったそうだ。そして彼女の取り巻きとなっていた男子生徒たちは、今頃婚約破棄になったりでそれなりの天罰が下っているようだ。
「何だか複雑な気持ちです……あのようなことを企んだのが血の繋がった妹だなんて」
「そうだな、君はまだ受け入れられていないだろう」
アルヴィンはシーラを慰めるように、背中を撫でた。
あの一件で距離が縮まっているせいか、自然なボディタッチをお互いに受け入れ始めていた。
「二人、何か距離近くないか?」
「「ッ!!!」」
サイラスが指摘するまで、シーラはそのことを気にしなかった。
アルヴィンは慌てて彼女から手を離し、何とか言い訳をした。
「ほら、俺は昔から……困ってる人を放っておけない性格だから……」
「そういえばそうだったな、アルヴィン」
ダミアンがアハハッと笑いながら返事をした。
あぁ、どうかあそこで二人きりで過ごしたことはバレませんように。
彼女は心の中でそう願った。
***
定期テストが終わった後、アカデミーはすぐに長期休みに入る。
ちょうどシーラが一日休んだすぐ後、学園は約二ヵ月の間休みとなった。
夏休み期間となったシーラは、すぐに祖父ローガンに会いに行った。
「お祖父様!お久しぶりです!」
「シーラ、久しぶりだね……」
彼女は子供のように、ローガンの胸に飛び込んだ。
シーラにとってローガンは、唯一家族の温もりを与えてくれる人だった。
子供みたいだと非難されるかもしれないが、幼い頃に親から愛情を注がれなかったのだ。このくらいは、許してほしいものだ。
「学園生活は順調かい?」
「ええ、ヘンドリックとの婚約解消も無事に済んだし……最近は快適な日々を過ごせています」
婚約解消が成立したからか、ヘンドリックもデイジーも最近は大人しかった。このまま何事もなく学園生活を終えられたらいいのだけれど。
「今回はいつまでここにいるつもりなんだ?」
「一週間ほどの滞在を予定しています。長期休みですから、長くいようと思って」
「そうか……一人は寂しいからね。嬉しいよ」
ローガンはニコッと微笑んだ。
気のせいか、今はもう閉じている左目が柔らかくなったようだ。
「そうだ、お祖父様。散歩にでも行きましょう。今日はとっても良い天気ですし、涼しい風が吹いてるんですよ」
「良い提案だな」
シーラはローガンを車椅子に乗せ、外へと出た。
夏の暖かい日差しが降り注ぎ、心地の良い風が二人の間を吹き抜けた。
「ジェニファーとも夏はよくここで過ごしていたんだ」
「あら、お祖母様と?仲が良かったんですね」
「あぁ、まだ幼いオリバーもいたな……」
オリバーの話題になり、ローガンは暗い顔になった。
やっぱり、二人の間には何か秘密があるのだろう。その秘密をシーラが知ることができるのは、まだまだ先になりそうだが。
シーラはローガンの車椅子を押す手を止め、庭園に設置されていたベンチに座った。
「学園を卒業したらどうしようって悩んでいるんです」
「……シーラが決めた相手であれば、私は誰を選んでもかまわないと思っているよ。イザベラには……辛い思いをさせてしまったようだから」
「お祖父様……」
ローガンはイザベラをオリバーと結婚させてしまったことを後悔しているようだった。
シーラはそんな彼の誤解を正すべく、口を開いた。
「お祖父様……お母様の日記に書いてあったんです。私と……そして、優しい義理の父親に出会えたことをとても感謝していると」
「……彼女がか?」
彼の左目が、驚いたように丸く見開かれた。
母イザベラの実の両親は利己的な人で、家のためなら娘を売ってもかまわないという考えを持っていた。彼女はそんな両親のもとで、非常に窮屈な暮らしを送っていた。
政略結婚で嫁いだ夫からも愛されることはなく、苦しみの中で生きなければならなかった。
しかし、そんな彼女の心の拠り所となったのがローガンとシーラだった。
愛する娘に、親の愛を与えてくれる義理の父親。
二人のおかげで、泥沼のようなイザベラの人生は明るく照らされた。
「……お母様に、会いたいな」
「あぁ、私もだ」
シーラはローガンと共に青い空を見上げ、今は天国で過ごしているであろう母親に思いを馳せた。
――『新カード“母親の温もり”を手に入れました』
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