69 母イザベラの日記
父オリバーはズカズカと大股で歩いてくると、シーラを頭ごなしに怒鳴りつけた。
「お前、よくもアメリアを嵌めたな!お前のせいでアメリアがありもしない罪で連れて行かれたではないか!」
「お前のせいで……?」
私のせいだなんて、何を言っているのか。今回の件に関してはシーラは被害者であり、アメリアを始め関与した生徒たちは加害者だった。
(愛する娘が突然連れて行かれたからって、私に当たらないでよね)
シーラもついさっき、アメリアが捕縛されたことを聞いたばかりだった。
彼女ですら驚いているのだから、父オリバーや母セレナは驚きどころではないだろう。
特に母セレナはアメリアのことを溺愛している。今頃セレナが泣き喚いている姿が、簡単に想像つく。
「お父様、あの一件に関してはアメリアが仕組んだんですよ。何の証拠もなく、アカデミーが高位貴族の令嬢を捕らえるはずがありません」
「ふざけるな、お前が嘘の証言をしたんだろう!」
オリバーは決めつけ、シーラの胸倉を掴んだ。
掴まれたことで、彼女のかかとが浮いた。
「だ、旦那様おやめください……!」
侍女や執事たち使用人が、慌てて横暴を働く彼を止めに入った。
しかし、何を言われようともオリバーの怒りは収まらない。
むしろ、シーラが落ち着かせようとすればするほど燃え上がって行った。
「その目……あの母親にそっくりだ……アイツもいつもそんな目で俺を見ていた……母娘揃って、そんなとこばかり似やがって!」
「ウッ……お父様、やめてください……!」
シーラは自身の胸倉を掴む父の腕に手を置いて何とか引き剥がそうとした。
侍女や執事たちが彼を押さえつけるも、主人相手に無礼な真似はできないのか、力が出ていない。
(……お父様は、こんなにも感情をコントロールできない人だったかしら?)
シーラは苦しみの中で、父の顔をじっと見つめた。
無精髭を生やし、目の下にクマを作るその姿は、威厳ある以前とは別人のようだった。
一体、何が彼をここまで変えてしまったのか。祖父ローガンと言い争いをしてからというもの、彼は人が変わったようだった。
「旦那様、いい加減にしてください!」
「ッ……」
他の使用人たちが加わったことにより、ようやくオリバーの手がシーラから離れた。
「お父様、私は何もしていません。アメリアのことも……まだ調査段階です。冤罪であれば、すぐに帰ってこられるはずです。落ち着いてください」
「……」
オリバーは納得がいかないというように、眉間にシワを寄せた。
溺愛する娘が罪を犯したのだ、信じられないという気持ちもわからなくもない。しかし、被害者であるシーラに当たるのは間違っている。
「お父様……あなたは変わってしまいましたね……」
「何だと?」
「昔のお父様は、いくらお義母様とアメリアを愛していようと、もう一人の娘である私の話はきちんと聞いてくださいました」
「……」
そこで、彼女が思い起こしていたのは義母セレナからの虐待を訴えたときだった。
あの日のことは今でもシーラの脳裏に深く刻まれていた。アメリアが嘘をついた日でもあり――父オリバーが初めてシーラの話に耳を傾けてくれた日でもあったからだ。
結局アメリアの証言でオリバーはシーラのことを信じなかったけれど。
「でも今は……もう私の話すら聞いてくださらないのですね。前に娘だと思わないとおっしゃっていたので、そうなるのも当然でしょうか」
「……」
黙り込んだオリバーは、悲しそうに目を伏せる娘の姿をじっと見つめた。
髪色や外見は母イザベラに似ていたが、その紫色の瞳は紛れもなくオリバーから受け継いだものだった。
オリバーの脳裏に、かつて政略結婚で一緒になった一人の女の姿が浮かんだ。
『旦那様は、どうして私の話を聞いてくださらないのですか?いつもあの方たちばかりのことを信用して……』
今でも記憶によく残っている、涙を流す銀髪の女。
その姿はシーラにそっくりだった。
「……変なところばっかり、似るんだな」
「お父様」
オリバーはシーラから顔を背け、呟いた。
かつて嫁いできた妻に対する僅かな罪悪感を、彼は隠しきれていなかった。
「アイツも俺のことなんか愛してなかっただろう。いや、恨んでいたのかもしれないな。いつも父上と一緒にいて、俺を責めていたから」
「それは違いますよ、お父様」
「……お前に何がわかるんだ」
たしかに、シーラも前まではオリバーと同じように思っていた。
母も自分を虐げて外に女を作った夫を憎みながら死んでいったのだろうと。
しかし、彼女の遺された遺品を初めて手に入れ、それは違うのだということを知った。
――そう、“アレ”を読んでからシーラは母に対する考え方が一変した。
その瞬間、画面が現れた。
――『使用するアイテムを選んでください。
一、母イザベラの日記 二、思い出の花束』
シーラは迷うことなく、一番のイザベラの日記を選択した。
目の前に日記が現れ、シーラはオリバーに母の日記を手渡した。
「お父様、これはお母様が生前に書いていた日記です。私も見つけたのはつい最近のことなんですけど……これを読めば、お母様の考えがわかるかもしれません」
「……」
彼は悩みながらも受け取り、中を開いた。
最初は無表情で読んでいたオリバーだったが、しばらくすると一筋の涙が彼の頬を伝った――
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