67 救世主
シーラは何とか上手く隠れて、一度は追手をやり過ごした。
こんなイベント、本当はやりたくもないけれど勝手に発生してしまったのだから仕方がない。
「もういないかな……」
そっと物陰から出て辺りを確認したが、またすぐに見つかってしまった。
「いたぞ!あっちだ!」
「ッ……いい加減、しつこいのよッ!」
シーラは再び走り出し、その後を生徒たちが追いかける。
彼らはどうやら本気でシーラを捕らえ、精神病棟に入れるつもりのようだった。
(大人しく捕まってたまるもんですか……!)
大体、テストで不正だなんて完全な冤罪なわけだし。
外へ出たシーラは、疲れ果てた末によろけて壁に手をついた。
元々、彼女はあまり体力がないほうだった。
ゼェゼェと息を切らし、これ以上は走れなかった。
しかし、そんな彼女の状態に配慮してくれるほど追手たちは優しくはない。
「どっちへ行った?」
「……!」
ついさっきシーラが走ってきたほうから声が聞こえ、彼女は慌てふためいた。
すぐに逃げようと足を動かすものの、上手く走れない。疲労が溜まっているせいだ。
(ど、どうしよう……このままじゃ……)
絶体絶命の危機に陥った彼女の耳、聞き慣れた声が入った。
「――シーラ嬢」
「……誰?」
突如聞こえた声に振り返ろうとしたそのとき――
シーラは横から伸びてきた腕に引っ張られ、そのまま近くにあった倉庫の中へと押しやられた。
驚いて顔を上げると、唇に人差し指を当てたアルヴィンの姿が視界に入った。
「…………殿下?」
「シーッ、静かに!」
アルヴィンはシーラを倉庫に入れたまま、一人外へ出た。
僅かに開いた扉から光が漏れ、外の様子を確認することができた。
外ではアルヴィンがシーラを追いかけていた生徒たちと向かい合って話をしていた。
「殿下、こっちにシーラ・アンダーソンが来ませんでしたか?」
「ああ、シーラ嬢ならあっちに行ったよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
アルヴィンは全く別の方向を指差し、生徒たちは騙されて逆方向へと走って行った。
彼らを見送ったアルヴィンはシーラのいる倉庫内へ入り、休憩していた彼女の隣に腰を下ろした。
「ふぅ……何とか助かったみたいだな、シーラ嬢」
「殿下……助けてくれてありがとうございます。どうしてここに?」
二人は横並びで座ったまま、息を潜めて会話を続けた。
「……倉庫の整理をしていたんだけど、たまたま君が追われているところを目撃して。放っておけなかったんだ」
「そう、だったんですね……」
あんな幼稚なところをアルヴィンに目撃されてしまったとは、何とも恥ずかしい。
大体、校舎内を走るだなんて普通に違反行為である。
「シーラ嬢、大変だったな」
「ええ、でも殿下のおかげで助かりました」
彼がいなければ、今頃シーラは捕まって病棟送りにされていただろう。
王都にある精神病棟は規律が厳しいことで有名だ。そんなところに彼女を送り込もうとするなど、正気の沙汰ではない。
アルヴィンには感謝してもしきれなかった。
「――ありがとうございます、殿下。私、とっても嬉しかったです」
「……!」
彼女の笑顔を間近で見たアルヴィンは、僅かに頬を染めた。
彼がシーラに特別な感情を抱いていること、当然彼女は気付いていなかった。
アルヴィンは赤くなった顔を隠すように、彼女から目を逸らした。
「俺も前に君に助けられたから……お互い様だ。君のおかげで、俺は今過去の傷を乗り越えられているんだから」
「殿下が令嬢のことを前向きに捉えられたようでよかったです」
成長したんですね――とシーラはフフッと笑った。
その笑顔にまた一つ、彼の胸がトクンと音を立てた。こうやって二人、密室で身を寄せ合っていると心臓の音が聞こえてしまうのではないかと余計に心配だった。
「ところで、今日はこの時間までアカデミーに残っていたんだな。いつもみたいに、教師の手伝いでもしていたのか?」
「あ、いえ、今日は……」
シーラはゆっくりと首を横に振った後、口を開いた。
その一言が、彼の心を抉るとも知らずに。
「――王弟殿下と二人でお茶をしていたんです」
「……」
彼の表情が強張った。
さっきまで赤らんでいた頬は急に熱が引いたように白くなり、瞳は悲しそうに揺れている。
「……叔父上と、二人で?」
「ええ、テストのお祝いとして……殿下がプレゼントをくれたんです」
シーラは彼からもらった花束をカバンから取り出すと、嬉しそうに微笑んだ。
その表情が、アルヴィンを奈落の底へと突き落とした。
「叔父上が……どうして……」
「殿下……?」
彼は俯き、一人何やらボソボソ呟いている。
そして突然顔を上げたかと思うと、シーラの肩を両手で掴んだ。
「――シーラ嬢……!俺は……君のことが……!」
「……?で、殿下……?」
アルヴィンの顔が、ゆっくりとシーラに近づいてくる。
お互いの鼻先が触れそうなほどの距離になったそのとき、外から声が聞こえた。
「――何か、こっちで音がしなかったか?」
「……!」
その声と同時に、足音がこちらへ近づいてくる。
マズい、二人でいるところを見られたら――
突然の事態に、アルヴィンもシーラも咄嗟に動くことができなかった。
婚約していない男女が密室で二人、身を寄せ合っている。こんなところ、生徒たちに見られでもしたら一巻の終わりである。
(お、お願い!来ないで!)
そう願うほかに、できることはなかった。
しかし、そんな彼らの意思など関係なく、倉庫の扉がゆっくりと開けられた――
その瞬間、いつもの画面が出現した。
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