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悪役令嬢ルートに入りました~今世は私がヒロインのようです~  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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63 婚約の解消

他に誰も人のいない学園長室にて、ロイドはシーラを突然抱きしめた。

大きな手が彼女の後頭部をギュッと押さえ、二人の体が隙間なく密着する。



「で、殿下……」

「シーラ嬢、そんなことを言ってはいけない」



彼の真剣な声が、すぐ傍で聞こえてくる。

抱きしめられているため、ロイドがどんな表情をしているのかはわからない。

頭に置かれていた彼の手が、シーラの長い髪を撫でて下へと降りて行った。



(私は今……殿下に抱きしめられているの?)



とても今の状況を信じることができなかった。

前世を含め、シーラは男性経験が全くと言っていいほどない。ヘンドリックと結婚こそしていたものの、彼女にとって彼は戸籍上だけの夫だったから。



「……君はあのときから、ずいぶん変わってしまったようだな」

「殿下、何を……」



あのときっていつのこと?

シーラは彼の発言の意味がよく理解できなかった。



ロイドは彼女を抱きしめる腕に力を込め、言葉を紡いだ。



「愛される資格のない者なんていないのだと――かつて、君がそう教えてくれたではないか」

「……!」



――なぜか、とても聞いたことのある言葉だった。

僅かに面影のある声と、懐かしい温もり。何かを思い出せそうだ。



そのとき彼女の脳裏に浮かんだのは、所々汚れていて、みずぼらしい格好をした男の子と一緒にいる記憶だった。



『俺は誰からも愛されていない。唯一の家族の父上も俺を愛していないし……愛し方も愛され方もわからない』

『そんなこと言わないで。愛される資格のない人間なんてこの世にいないんだから。お母様がそう言ってたのよ』



眠っていた記憶の奥底に入り込もうとしたそのとき、突然彼がシーラから身体を離した。

いきなりの出来事に、彼女は困惑した。



「……無礼を働いてしまったようだな、すまなかった」

「あ、いえ……お気になさらないでください」



顔を背けたロイドの耳は、真っ赤に染まっていた。

あら?王弟殿下ってこんなキャラだったかしら?



「座ってくれ、シーラ嬢。今日のことは……記憶から消してもらってかまわない」

「そ、そんな……」



絶対忘れることなんてできないと思います、多分。

シーラはそう言いたくなったが、真っ赤な顔のロイドを見て忘れてあげることにした。



――『キーワード“懐かしい香り”を入手しました』



彼が抱えている秘密がわかるのは、きっともう少し後になるだろう。



***



ロイドとの茶会を終えたシーラは、清々しい気持ちで邸宅へ帰った。

ヘンドリックと別れた後は落ち込んでいたものの、ロイドとの楽しい時間で彼女はすっかり元気を取り戻していた。



「お嬢様、お帰りなさいませ」

「ええ、ただいま」



シーラはいつも以上に明るく、使用人たちに挨拶を返した。

そんな彼女に気付いた一人の侍女が尋ねた。



「何だか今日はとっても嬉しそうですね。何か良いことでもあったのですか?」

「ウフフ、それはね……この後すぐにわかるはずよ」



そして、そう時間を空けることなくそのときはやって来た。

シーラが帰宅してから一時間も経たないうちに、レイヴィス家からの使者が別邸へ訪れた。



彼が大事そうに抱える封筒を見たシーラは、嬉しさのあまり顔を輝かせた。



「はいはい、よく持ってきてくれたわね!ご苦労様!」

「れ、令嬢!?」



あまりの嬉しさに、シーラはレイヴィス公爵家からやって来た使者にお礼のチップまで渡した。

彼女は邸にいる全ての使用人たちを集め、封書の中身をテーブルに広げた。



「「「こ、婚約解消の書類!?!?!?」」」



中から出てきたのは、シーラとヘンドリックの婚約関係を解消する書類だった。

彼女はその書類を一通り目で確認した。



そして、ヘンドリック・レイヴィスの名が書かれている横にしっかりと自らの名を記入する。

残る記入場所は、シーラの親族の同意の欄だけだ。ヘンドリックのほうは既に彼の母親がしっかりと記入済みである。



(できるだけ、早いほうがヘンドリックも喜ぶわよね)



そう考えたシーラは、部屋にいたレイヴィス家からの使者に頼みごとをした。



「あなた、この書類を持ってお祖父様の元まで向かうのよ」

「ア、アンダーソン前侯爵様の元へですか……!?そんな遠くまで行けるわけがありません!私にも他に仕事があって……」



渋る彼に、シーラはさらなるチップを手渡した。

茶色い小袋に入れられたそれは、彼の月給に相当する額だった。



「行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい」



シーラは手を振り、笑顔で使者を見送った。

あの様子ならば、きっと馬車を飛ばして今日中に祖父の元へ到着するだろう。



「お嬢様、レイヴィス公子との婚約はなかったことになるのでしょうか?」

「ええ、お祖父様から許可は貰っていたの。あれが受理されれば、私はもうフリーよ」



使用人たちはポカンと口を開けてシーラを見つめていた。

一人の侍女が遠慮がちに軽く手を叩いたのがきっかけだった。邸宅の中に、拍手の音が鳴り響く。



「おめでとうございます!シーラお嬢様!」

「ありがとう、みんな!」



使用人たちは全員揃ってシーラの婚約解消を祝福した。

ここまで祝われるとは思っていなかったため、彼女も少しびっくりである。



――そして次の日の朝、正式にシーラとヘンドリックの婚約は解消された。




読んでくださってありがとうございます!


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