61 婚約破棄の宣言
翌日、シーラは平常通りアカデミーで授業を受けていた。
ちょうど二限が終わったところで、彼女は次の授業の準備のためにカバンの中からテキストを出していた。
(ヘンドリックに婚約破棄のこと、そろそろ言わないと……)
いい加減、いつまでも先延ばしにしておくことなどできない。
面倒なことは早めに終わらせておいたほうが、その分気持ちも楽になるはずだ。
「ア、アンダーソン令嬢……お客様がいらっしゃっていますよ……」
「お客様……?」
生徒会メンバーか、ヘンドリックかデイジーか。
後者二人なら最悪だなと思いながらも、シーラは扉のほうに目を向けた。しかし、そこにいたのはそのどれでもない人物だった。
「…………王弟殿下?」
開いた教室のドアからこちらを見ていたのは、学園長のロイドだった。
彼はシーラと目を合わせると、ニコッと笑いながら軽く手を振った。
美麗すぎるその仕草に、教室にいる女子たちがキャーと悲鳴を上げた。
まるで王子様でも現れたかのようだった。
シーラは前のめりになって、ロイドが来たことを報告しに訪れたご令嬢に尋ねた。
「ど、どうして彼がここに!?」
「わ、わかりません、令嬢!」
まくし立てるシーラに、彼女はすかさず答えた。
最初は人違いだと思ったが、明らかにこっちを見ているし、どう考えてもシーラに会いに来たようだった。
彼女は席から立ち上がり、生徒たちの注目を集めた状態で、そのままロイドの元へ向かった。
「お、王弟殿下……お久しぶりです」
「久しぶりだな、シーラ嬢……」
ロイドは生徒たちの教室に来ることなど滅多になく、そもそも普段学園にすらあまりいない。
そんな彼が、どうして急にシーラのいるD組へやって来たのか。何かやらかしてしまっただろうかと急に不安になり、シーラは恐る恐る尋ねた。
「あの、私に何か御用でしょうか……?」
「特別な用事があるわけじゃないんだが……」
ロイドはシーラの空いた左手を取り、ギュッと握った。
大きな手から伝わる温もりが、彼女に何かを思い出させそうとしていた。
彼はシーラの耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。
「人づてに言うのも何だと思って……今日の放課後、学園長室に来てほしい」
「で、殿下……」
そんなふうに言われたらとても断ることなんてできなくて、シーラは自然と頷いていた。
見たことのないロイドの姿に、アルヴィンを始めとした男子生徒たちはただただあ然としていた。
そして、女子生徒たちはそれぞれ頭の中で妄想を膨らませていた。
顔を近づけて一体何を言っているのか、愛の告白でもしているのではないか。そう考えると、彼女たちはもう耐えられなかった。
「キャーーーーー!!!」
耳をつんざくような甲高い悲鳴が、教室中に響き渡った。
***
その日の五限終わり、シーラはロイドのいる学園長室へ向かう前にある人物の元を訪れていた。
D組の教室を出た後、少し離れたA組の教室まで一直線に歩いた。
そこでは、シーラに因縁とも呼べる二人がちょうど教室を出るところだった。
「――ヘンドリック、話があるの」
「……」
ヘンドリックは疎ましそうにシーラに視線を向けた。
せっかくのデイジーとの時間を邪魔されたのが、よほど不快だったようだ。
「……デイジー、先に行っていてくれ」
「ええ、わかったわ」
てっきりヘンドリックとシーラを二人きりにすることを嫌がるかと思ったが、彼女はすんなり受け入れた。
デイジーの考えが、やっぱり掴めない。
シーラはヘンドリックと共に校舎を出ると、そのまま裏までやって来た。
「こんなところに連れ出して、何のつもりだ?」
「人目があるところではできない話だったのよ。安心して、あなたに不都合なことではないから」
「……」
彼は不機嫌そうに腕を組み、早く話せと目で伝えた。
もちろん、わざわざ彼に言われなくともすぐに終わらせるつもりだ。
揉めることもないだろう、今からの提案は彼にとっても喜ばしいことのはずだから。
シーラは間を空けると、ヘンドリックにキッパリと告げた。
「――ヘンドリック、私たち婚約破棄しましょう」
「……………………何だと?」
婚約破棄という単語を聞いたヘンドリックの体が、石のように固まった――
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