55 黒幕
人に聞かれたらマズい内容だったため、ダミアンはシーラと共に空き教室へと入った。
中に誰もいないのを確認した彼は、扉を閉めて狭い部屋の中でシーラと向かい合った。
「あ、操ったとは一体どういうことでしょうか……?」
「そのままの意味だ。あの件には裏で暗躍していた人間がいる」
あの件とは、ダンスパーティーで起こった通り魔事件のことである。
事件のことは、今でも学園長やアルヴィンが捜査中だった。本来ならば実行犯の彼を裁けばそれで終わりとなるはずだったが、背後に何者かの存在がある以上、そういうわけにもいかなかった。
「彼が……自白したのですか?」
「いや、彼は薬物中毒でまともに会話ができる状態ではなくってね。黒幕の正体も言わないままだ」
「や、薬物中毒……!?」
あの血走った目からしてまともな状況ではないとは思っていた。
しかし、事態はシーラが思っていた以上に深刻なようだ。
幸い怪我人は出なかったものの、一歩間違えればシーラもヘンドリックもただでは済まなかっただろう。
高位貴族二人の殺人未遂罪が適用され、かなりの重罪となる。
(もし、彼を意図的に薬物漬けにした人間がいるのだとしたら……)
当然、放っておくことはできない。
シーラは聞いていいのか迷いながらも、気になって仕方がなくて尋ねた。
「黒幕の正体については……心当たりはあるのでしょうか?」
「……」
彼は一度扉を開け、人がいないことを確認した。
そしてシーラに顔を近付けると、口元を手で隠して囁いた。
「怪しい人物は一応いる……そして、それは君に深く関わりのある人間だ」
「わ、私に……?」
何と、黒幕と疑わしき人物はシーラのよく知る人間だという。
一体誰なのか、彼女の頭に何人かの人物が浮かび上がった。しかし、とても信じたくはなかった。自身の身の回りにそのような残忍な行いを平然とやってのける者がいるということを、認めたくはなかったのだ。
「シーラ嬢、君にとってはかなり衝撃的な内容になるだろう。どうか心して聞いてほしい」
「ええ、もちろんです……」
彼がそのように言うということは、彼女にとってかなり近い人物であるという意味だ。
ダミアンのその一言で、シーラはもしかしてとある一人の女の関与を疑った。
どうか違っていてほしい。シーラは昔から勘が鋭い方だが、今回だけは外れていてほしいと心の中で願った。
しかし、やはりそう上手いこといかないのが現実だ。
ダミアンは彼女の覚悟を受け取ると、ゆっくりと口を開いた。
「―――君の妹のアメリア・アンダーソン侯爵令嬢だ」
「……」
シンと静まり返った部屋の中で、彼の一言は重々しく響いた。
――あぁ、やっぱり。
予想通りではあったが、やはり驚きを隠せない。別の人物であることを願っていたものの、ダミアンが疑っていたのはまさに彼女の異母妹だった。
「……理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「もちろんだ。君は彼女の姉だし、あの事件の被害者でもあるからな」
彼はアルヴィンから聞いたのであろう、調査結果をシーラに伝えた。
「実行犯の男子生徒は、かつてアメリア嬢の取り巻きの一人だった。彼には元々婚約者がいたんだが……つい最近になって婚約は破棄されている」
「取り巻き……婚約破棄……?」
シーラはアメリアとは姉妹であるものの、彼女が普段学園で何をしているのかまでは知らなかった。
知っていることと言えば、ただいつも男たちを侍らせて歩いているということだけだ。
そのせいか、アメリアは女子生徒たちからはあまり好かれていない。
「あぁ、何でも彼側からの破棄だったそうだ。元々あまり評判が良くなかったこともあって、婚約の破棄はスムーズに執り行われた。特に相手と揉めることも無かったそうだ」
「他の令嬢の取り巻きなんてやっていたら、そりゃあ婚約者も嫌になりますよね……」
婚約破棄を提案したのが彼側であるというのが何とも気に入らない。
それほどまでにアメリアに本気だったのだろうか。
(まぁ、お飾りの妻にするよりかはマシなのかも……)
前世でも、ヘンドリックが周囲の反対を押し切ってシーラとの婚約破棄を遂行していれば彼女はあのような悲惨な末路を迎えることも無かっただろう。その点で言えば、彼はヘンドリックよりまだまともだった。
「彼の父君である伯爵は息子の愚行に大層ご立腹だったようでな……婚約破棄をするなら後継者の地位から外すと言ったそうだ。彼はそれでもかまわないと自ら持っている地位を捨てた」
「わぁ、すごい愛」
自分でも驚くくらい棒読みだった。
彼の愛の深さは立派なものだが、相手がアメリアであるため何だか複雑な気持ちである。
「だがアメリア嬢は彼を振った」
「え!?」
まさかの展開に、シーラは驚きで声を上げた。
「そうだな、彼は動機を何も語っていないが……おそらく何らかの目的でアメリア嬢が彼を薬物漬けにし、理性を失って今回の凶行に及んだのではないか……というのがアルヴィンの見解だ」
「アメリアはそんなこと……」
しない、とシーラは言い切れなかった。
彼女は元々残酷な人間だから、今さら何をしていたところで不思議ではない。
「とにかく、シーラ嬢。事件の真相がわかるまで、アメリア嬢と二人きりにはならない方がいい。彼女が何をするかわからない……危険だ」
「ええ、そのようですね……忠告してくださってありがとうございます」
真剣な面持ちのダミアンに、シーラは力強く頷いた。
「そういえば、さっき勉強会って言ってたけど……行くつもりか?」
「行きたくはありませんが……約束をすっぽかしたら面倒なことになります。アメリアは昔から一度言い出したことは絶対に曲げませんから」
「困ったな……」
もちろん、シーラだってアメリアと二人きりで勉強会をしたいというわけではなかった。しかし、断ったら断ったでアメリアはきっと父に泣きつくだろう。
彼女のことになると父は理性を失うときがあるから……今シーラが住んでいる家に怒鳴り込んでくるかもしれない。
そのことを考えると、どうしても断りを入れる気にもなれなかった。
悩んでいるシーラを見かねたのか、ダミアンは助け舟を出した。
「そうだな、仕方が無い。疑われないためにも勉強会は予定通り執り行う。だが二人きりになるのはマズい――君に護衛を付けるよ」
「護衛……ですか?」
不思議そうに首を傾けたシーラに、ダミアンはニコッと笑った。
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タイトル変更、そして序盤の1~17話を改稿しました!大まかな内容は変わっていませんが、物語の流れを入れ替えました!
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