54 姉妹の会話
廊下で数人の男子生徒を引き連れてやってきたのは、シーラの異母妹であるアメリアだった。
そういえば本邸を出てからというもの、彼女の姿を全く見ていなかった。
(やっぱり関わってきたわね、アメリア)
彼女が学園でシーラに接触することは予想がついていた。
「お姉様、探したのよ。こんなところにいたのね」
「……一体何の用かしら?」
素っ気ない態度と冷たい声に、アメリアの後ろにいた男子生徒がピクリと眉を上げた。
彼らはアメリアの付き人である。アメリアを心から愛し、アメリアのためであれば何でもするような男。自分の意思も無く、ただ彼女のために動くその様はまるで下僕のようだった。
いつにも増して冷めきった様子のシーラに、アメリアは苦笑した。
「お姉様ったら、久々に会えたんだからもう少し喜んでくれたっていいでしょう?――私たちは姉妹なんだから」
「……」
――姉妹。
シーラは長い間、その言葉に縛られて生きてきた。
姉なのだから我慢しろだの、姉なのだから妹のために何かをしてやるのが当然だの、シーラはいつだって両親からそう言われていた。
妹と言っても半分しか血は繋がっていないし、姉だから何でも我慢できるというわけではないのだ。
もし、シーラがイザベラではなくセレナの腹から生まれていたら何か変わっていただろうか。
そのように考えたことが一度だけあったものの、あんな性格の悪い女の血を受け継ぐなど御免である。
(ここは人目がありすぎる……冷たくしたらあっという間に噂になってしまうわ)
本当は今すぐにでも立ち去りたかったが、シーラは何とか我慢した。
「そうね、久しぶりに会えて嬉しいわ。アメリア」
「私もよ、お姉様」
ニコッと笑ったシーラに、アメリアも笑い返した。
一見穏やかな笑みを浮かべているように見える二人だが、どちらも目が笑っていない。
二人の間には他人からは到底理解できないような確執があるのだから当然だった。
「ところで、今日は何の用で来たの?話なら他の場所でもできるでしょう?」
わざわざこんな人目のある場所で話しかけるなと、遠回しにアメリアに伝える。
彼女は姉のそんな気持ちに気付いたのだろう、困ったように笑う。
「そうね……でも、どうしてもお姉様と話したかったのよ――お姉様ったら、こうでもしないと私の話を聞いてくれないでしょう?」
「……」
どうやら公衆の面前で声をかけたのは、わざとのようだ。
シーラが断れないことを知っていて、人の多い場所を選んだということか。アメリアは昔から頭は良くないが、こういうときだけはなぜか知恵が働く。
「姉さん、前に勉強会をしたいって言ったのを覚えてる?」
「……ええ、もちろん覚えているわ」
アメリアは覚えていてくれて嬉しいとでも言いたげに、満面の笑みを浮かべた。
覚えているのは当然だ、彼女が馬鹿げたことを言ったせいでシーラが両親から責められてしまったのだから。
「ちょうど今日、テストの範囲が発表されたでしょう?それで姉さんに勉強を教えてもらいたくてね」
「……何だ、そうだったのね」
アメリアは目をキラキラと輝かせながら、期待に満ちた顔でシーラの両手を握った。
「ねぇ、お願いお姉様。次のテストで良い点数を取ったらお父様が私専用の馬車を買ってくれるって言うのよ。だからどうしても、お姉様に教えてほしいの」
「お父様が……専用の馬車……?」
シーラは思わず笑みを溢しそうになった。
たかがテストで高得点を取っただけで専用の馬車とは、父オリバーは昔からやけにアメリアに甘い。
シーラにはどれだけ良い順位を取っても何も与えてこなかったくせに。
彼女は断りたかったが、後ろにいるアメリアの下僕たちの視線が突き刺さった。
断った途端、壮絶な非難でもされそうだ。
結局、シーラはその要求を受け入れざるを得なかった。
「……そうねぇ、少しくらいなわいいわ。ちょうど私も暇だったし」
「ありがとう、お姉様!嬉しいわ!」
アメリアは両手を上げて大喜びし、そんな彼女に下僕たちは愛しそうに頬を赤らめた。
彼女は何故か昔から、異性を虜にする才能がずば抜けていた。後ろにいる男子生徒は全員、アメリアに骨抜きになった貴族令息たちだろう。
(好きでもない人に好かれて何が嬉しいんだか……全く理解できないわね)
冷めた目で彼らを眺めていたそのとき、突然背後から声をかけられた。
「――シーラ嬢、今ちょっといいかな?」
「……ダミアン様?」
彼女に話しかけたのはあの日パートナーを務めてくれたダミアンだったが、もはやシーラにとっては彼が救いの神にしか見えなかった。
抜け出すなら今しかない、と彼女は直感した。
「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
「そうか、少し話したいことがあってね」
シーラはアメリアに行かなければならないという視線を送った。
アメリアは一瞬気に入らないという風に眉をひそめた後、いつものように笑顔を作った。
「……行ってきていいわよ、お姉様。本当はもうちょっと話したかったけれど」
「そう、悪いわね」
アメリアは不服そうな顔をしていたものの、シーラを引き留めるようなことはしなかった。
シーラは彼女の元を立ち去り、ダミアンについて行った。二人が横並びで歩いているところで、今さら驚く者は誰もいない。
シーラとダミアンはダンスパーティーを通じ、近しい友人のような関係性になっていた。
「ダミアン様、話って一体何でしょうか?」
「……るぞ」
「え?」
上手く聞き取れることができず、彼女は横を歩く彼を見上げた。
ダミアンは正面を向いたまま、今度はハッキリと告げた。
「――あの一件、裏で彼を操った人間がいるぞ」
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