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悪役令嬢ルートに入りました~今世は私がヒロインのようです~  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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51 デイジーという女

シーラとクレアが会場を出て行くと、残ったのはロイドとアルヴィン、そして数人の騎士や使用人たちだけになった。

生徒会の会長でもあるアルヴィンは、生徒の代表としてロイドについさっき起きたことを報告していた。



「俺がいない間にそんなことがあったとはな……驚いた」

「申し訳ありません、叔父上。一歩間違えれば、シーラ嬢が大怪我をするところでした」



アルヴィンは悔しそうに拳を握りしめた。彼女が傷付いていたらと思うと、彼は耐えられなかった。

ロイドはそんな彼を何とか落ち着かせた。



「……まぁ、気にするな。何も無かったんだから」

「叔父上……」



悪いのはアルヴィンではなく、刃物を持ち出し会場を恐怖に陥れたあの男子生徒だ。

そのことをよくわかっているからか、彼は甥っ子を責めなかった。



アルヴィンにとってロイドは年の近い叔父であり、憧れの存在でもあった。

彼が十八歳なのに対し、ロイドは今年で二十三だ。叔父というより、もはや兄のような存在である。



ロイドはアルヴィンの父より二十下の弟であり、先王が平民の侍女との間に作った子だった。

そのせいか、彼は様々な蔑みに耐えて生きなければならなかった。



しかし、アルヴィンはどんな苦境に立たされても強くあり続けるロイドを尊敬していた。

同じ王族として、彼とは幼い頃から関わりを持っている。一緒に遊んでくれたこともあったし、勉強を教えてくれたこともあった。



優しい父も母も兄姉も大好きではあるが、ロイドもまた彼にとっては家族なのだ。



「ところで叔父上……キャンベル令嬢と何をなさっていたのですか?」

「……そんなことが気になるのか?」



騒動の後処理に追われていた彼は、その言葉に振り返った。

アルヴィンが心配そうな表情で口を開いた。



「キャンベル令嬢はレイヴィス公子の恋人です。あまり手荒な真似をすると、彼が黙っていないかと……」

「そうだな、さっきそのことを身をもって知ったよ」



ロイドは先ほどのヘンドリックの様子を思い浮かべ、面白そうに笑った。

彼に対して、あれほど感情を露わにする人間は久しぶりに見たからだ。



「手荒な真似なんてしていないさ。ただ、ちょっと灸をすえてやっただけだ」

「……叔父上?」



ロイドはついさっき、デイジーとの間に起きた一連の出来事を思い浮かべた――

突然やって来たデイジーはゆっくりとロイドに歩み寄ると、満面の笑みを浮かべた。



「こんなところで学園長様とお会いできるなんて、とっても嬉しいです」

「……」



彼女はそう言うが、ロイドはまったく嬉しくなかった。



――デイジー・キャンベル。

彼女の噂は、普段あまりアカデミーにいないロイドでも聞いたことがあった。



類稀なる美貌で多くの貴族令息を虜にしたうえに、シーラの婚約者であるヘンドリック・レイヴィス公爵令息の恋人となった女。

婚約者のいる男と恋仲になるとは、当然褒められたことではない。



しかし、学園にいる生徒たちはほとんどがヘンドリックとデイジーの味方だった。

被害者であるはずのシーラが悪者となり、あの二人は真実の愛で結ばれた恋人同士。



――何て、狂った世界なんだ。

彼はデイジーを前に、嫌悪感を隠すことができずにいた。



「……俺に一体何の用だ?」

「まぁまぁ、そうおっしゃらないでください。私、学園長様とは仲良くなりたいって思っていたんです」

「……何だと?」



デイジーは頬を染め、ロイドを見上げた。

ヘンドリックの恋人であるはずの彼女が、何故自分に対して恋焦がれた少女であるかのような顔をするのか。ロイドですら、彼女の考えがまるで掴めなかった。



「あいにくだが、俺はお前に興味が無い」

「今はそうかもしれません。でも、きっとすぐに私を好きになりますよ」

「……何を言っている?」



“きっとすぐに私を好きになる”

まるで何らかの呪文のように感じ、気味が悪かった。



「俺は戻る、これ以上お前の話に付き合っている暇はないんだ」



ロイドはデイジーを通り過ぎ、会場へ戻ろうとした。

ちょうど横を通る際、デイジーはおもむろに口を開いた。



「――学園長様、シーラ・アンダーソン令嬢のことが気になっていらっしゃるのではありませんか?」

「…………何故それを」



つい口から滑り出たその言葉に、デイジーがあぁやっぱりと恍惚の表情を浮かべた。

彼女は嬉しさのあまり、彼の腕にしがみついた。



「わかりますよ、あなたのことなら何でも知ってるんです――ずっとあなたのことを攻略したくて、努力してきたんですから」

「……攻略?」



余計、言っていることの意味がわからない。

自分がこんな小娘に攻略されるなど、絶対にありえない。たとえシーラと結ばれることができなかったとしても、彼女とだけは一緒にならないだろう。



(滅茶苦茶だな……)



ロイドのデイジーへの嫌悪感はもはやマックスに達していた。

そしてこの後、彼の逆鱗に触れる一言が彼女の口から発せられる。



「でもダメです、シーラは悪役令嬢なんですから。あの子はどのルートでもヒーローたちから虐げられ、悲惨な末路を迎えないといけないんです……ッ!」



その瞬間、ロイドが掴まれた手を振り払い、バランスを崩してよろけたデイジーは後ろの池に落ちてしまった。



「キャアッ!!!」



巨大な水しぶきと同時に、彼女の体は池に沈んだ。

ドレスの重みのせいか、デイジーは自力で這い上がることができなくなっていた。

アリーナの裏にある池は大きくは無いが、深さはかなりある。



「た、助け……」

「……」



ロイドは必死で助けを求めるデイジーを、何の感情も抱かずにじっと見下ろしていた。

――あぁ、いっそこのまま殺してしまってもいいのではないだろうか。

そのような思いが一瞬脳裏をよぎったが、いくら彼でも何の罪も無い生徒を殺すのはまずかった。



彼女の体が完全に池に沈み込む寸でのところで、彼は腕を掴んでその体を引っ張り上げた。



「ケホッ……ケホッ……!」



地面に膝をついたデイジーは、口から水を吐き出し、寒さからか体を震わせていた。

そんな彼女を前にしても、ロイドは可哀相という感情すら湧き上がらなかった。



(……あの女、このままだとシーラに何かしでかしそうだな)



自分はどのような目に遭ったところでかまわないが、シーラにまで危害を及ぼされるのは耐えられない。

ロイドはデイジー・キャンベルという少女の身元を詳しく調べることを決めた――




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