5 前世の夫婦関係
その日の夜、シーラは体調不良を理由に晩餐会を欠席した。
父は特に気に留める様子も無く、義母と異母妹と共に夕食を摂った。
元より、あの場においてシーラはいてもいなくても変わらない存在だった。
そのため、いなくなったところで気にする者は誰もいない。
そんな家族たちの無関心が昔は悲しかったけど、今はむしろ好都合だった。
最後まで自分を愛さなかった家族のことなど、今はどうでもよかった。
――問題は、彼女が四年後に悲運の死を遂げてしまうということだ。
「まずは、状況を整理しないといけないわね……」
シーラが戻ってきたのは、ヘンドリックによって地下室に閉じ込められたときから遡ること四年。
王立アカデミー第三学年の春だ。
「ヘンドリックと結婚したのが卒業後すぐだから……結婚まではあと一年あるのね」
せめてもう少し前に時間が巻き戻っていたら。もっと他に何かできたかもしれないと思うが、回帰できたことだけでも奇跡のようなものだ。我儘は言っていられない。
「ヘンドリックは……もうすでにデイジーと愛し合っているようね」
第三学年といえば、ちょうどシーラがデイジーとヘンドリックを巡っての熾烈な争いを繰り広げていた時期だった。
とはいっても、ヘンドリックの気持ちはデイジーにあったので、シーラに勝ち目なんて最初から無かった。
むしろ彼女がデイジーと対峙すればするほど、ヘンドリックの心は離れていった。
今思えば、前世でシーラが取った行動全てが意味の無いものだったのだ。最初から彼の愛はデイジーにあるため、自分が何をしようが変わるはずがない。
そんなこともわからないほど、シーラは恋に盲目になっていたのだ。
彼女は学園にいる間、婚約者という立場を利用し、何かと彼の行動を制限した。
ヘンドリックが男女二、二で食事に行ったときも、その場に乗り込んで泣き喚いて彼を困らせたりしていた。
『他の女と一緒にいないで!』
『私以外の女とダンスなんか踊らないでよ!』
そのようなシーラの行き過ぎた行動を、ヘンドリックは間違いなく嫌悪していた。
いつからか、彼の自身を見る瞳に憎悪が宿るようになった。
そんな彼はシーラと真逆のデイジーに思いを寄せ、彼女との婚約を破棄しようとするのだ。
結局婚約を破棄することはできなかったものの、ヘンドリックは周囲にシーラと結婚したくないと何度も漏らしていたという。
彼と結婚したとき、シーラはデイジーに勝ったのだと喜んだ。彼女がどれだけ愛されていようと、彼の本妻になったのは私なのだと。
しかし、最初から彼女に勝ったことなど一度も無かった。
――ヘンドリックはシーラに内緒で、デイジーを愛人にしていたのだ。
『あの女と別れたのではなかったのですか……!?まだ付き合ってるって一体どういうことですか……!?』
『……』
シーラが問い詰めると、彼は彼女を冷めたような目で見つめた。
秘密を知られたというのに、特に焦る様子も見せなかった。面倒臭い、話したくないと言ったような感情がその表情から読み取れた。
『……悪いが、君のことはどうしても愛せない』
『……!』
『俺からの愛を求めないでくれないか』
ヘンドリックはそれだけ言うと、そのままシーラの前から立ち去って行った。
シーラは結婚してからというもの、一度も彼に抱かれたことが無かった。
それからヘンドリックはデイジーのいる別邸に入り浸るようになり、シーラの元へは帰らなくなった。
二人の夫婦関係は破綻しており、夢に見ていた彼との結婚生活はシーラにとって地獄そのものとなってしまったのだった。
前世を鮮明に思い出したシーラは、暗い気分になった。
三年間の結婚生活で、彼女が幸せだと感じたことは一度たりとも無かった。
ヘンドリックもシーラと結婚なんてしたくなかっただろうし、心優しいデイジーも日陰者として三年間の日々を過ごさなければならなかった。
そのような点から、出た結論はただ一つ。
「やっぱり……婚約破棄……するのが一番よね……」
それ以外の選択肢は無かった。
このままヘンドリックと結婚してしまえば、きっと彼女はまたあのような惨めな暮らしをすることとなる。
一筋縄ではいかないだろうが、勘当され、修道院へ行くことになってもかまわない。きっとそこは、あの公爵邸よりかはずっとずっとマシだろうから。
(今世は修道女か平民コースか……どちらでもいいわ。ヘンドリックとの結婚がなくなるのなら)
そんなことを考えていたそのとき、突然部屋の扉がノックされた。
「――お姉様、中にいる?」
「……アメリア?」
外から聞こえてきたのは、シーラの腹違いの妹・アメリア・アンダーソンの声だった――
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