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二度とあなたの妻にはならない  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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4 無関心な父親

スクールバッグを持って学園を出たシーラは、侯爵家の馬車に乗り込んだ。

特に寄り道することも無く実家の侯爵邸まで帰る。いつもと変わらない王都の街並みを眺めながら、馬車は進んでいく。



ちょうど空が夕焼けに染まっている頃だった。これから果てしない夜が訪れるのだと思うと、何故か気が滅入った。

真っ暗な夜は、どうしてもあの地下室での出来事を連想してしまうからだ。



(回帰したばかりだからか未だに前に進めていないのね、私)



しばらくすると、馬車は侯爵邸へ到着した。

シーラは御者の手を借りて、そっと馬車から下りた。目の前に、懐かしい大豪邸が広がった。



――アンダーソン侯爵家。

シーラの生家であり、王国にある侯爵家の中でも一、二を争うほどの名門だ。

父親であるアンダーソン侯爵は宰相を務めており、国王陛下の側近でもある。一昔前までは公爵家にも引けを取らない権力を持ち合わせていたこともあった。



そのため、公爵家ですらアンダーソン家を軽々しく扱うことはできない。



「お嬢様、お帰りなさいませ」

「……ただいま」



機械のように挨拶をする侯爵家の使用人たちが、シーラを出迎えた。彼女と目を合わせようともせず、ただ淡々と毎日決められた台詞を口にするだけ。

虐げられているわけではないものの、まるでロボットのようだと彼女は感じた。

使用人たちのそのような態度は今に始まったことではないため、特に気にしなかった。



邸宅に入ると、老齢の執事が彼女に声をかけた。



「お嬢様、旦那様がお呼びでいらっしゃいます」

「……お父様が?」



いつも自分に興味の無いはずの父が、珍しくシーラを書斎に呼んでいた。

前世でも、このような展開はあまりなかったため、少しだけ驚いた。



「……今すぐに行くわ」



シーラはカバンを執事に預け、父のいる執務室へと向かった。

彼女が父の執務室に入ったことは今まで数えるほどしかない。



元々、父親とは関わりがあまりなかった。

母がまだ存命だった頃から、父は外に女を作って家に帰らなかった。愛人とその間に生まれた子を侯爵邸に迎え入れてからは余計にシーラの居場所は無くなった。



冷たかった父が、腹違いの妹に愛情を注いでるその場面にどれほど胸が締め付けられたか。彼女は幼い頃、父親から愛されたいという一心で勉学に励んだ。

しかし、どれだけ彼女が努力しようとも、何の効果も無かった。父はいつも、大して優秀でもない異母妹の方を可愛がるのだ。



そこでシーラは、自分が今までやってきた努力の結晶が何の意味も無いものであることを悟った。

父は何も、二人を優劣で差別していたわけではないのだ。生まれたときから持つ血筋が、彼女たちの運命をハッキリと分けていたのである。



シーラは父からの愛を諦め、その代わりとしてヘンドリックに愛情を求めるようになったのだ。しかし、異常ともいえるほどに重すぎる愛は彼女自身を壊し、彼をも苦しめた。

今思えば、誰も幸せになることのない哀しい恋だった。



ヘンドリックが彼女を拒絶し、正反対のデイジーに心を抱いてしまったのも仕方が無いことだったのかもしれない。



大きな茶色い二枚扉の前に立ったシーラは、緊張しながらも手でそっと扉をノックをした。



「――お父様、シーラです」

「入りなさい」



中から父親の声が聞こえ、シーラはゆっくりと重い扉を開けた。

執務室から外が見える窓の前、正面にある机に父が座っていた。



「……」



威厳溢れるその姿に、シーラは委縮してしまった。



黒い髪の毛をオールバックにし、あごから短い髭を生やしている。成人前の娘がいるとは思えないほどに若々しく、今でも社交界では人気があるのだという。

そんな彼は侯爵令嬢だったシーラの母親と婚約することになるが、彼女を愛することなく外で別の女を囲った。



――まるで、前世のヘンドリックとデイジーのように。



父は手元にある書類を眺めたあと、ため息を吐いた。



「………また学園で問題行動をしたそうだな」

「……お父様」



数日前、シーラはヘンドリックのことでデイジーに怒鳴り込みに行ったばかりだった。

婚約者のいる男性と行動を共にするなんてみっともないだの恥知らずだの何だの言っていたら、デイジーが泣いてしまったのだ。



その場面を運悪く、ヘンドリックに目撃されてしまったのである。

彼は状況を確かめることもせず、泣いているデイジーをその胸に抱きしめた。



『君がそんなことをする人間だとは……失望したよ』



ただ一言、シーラに向かって吐き捨て、デイジーを連れてその場から去って行った。

最初から、シーラには弁解の余地すら与えられなかった。暗殺者を雇った黒幕だと決めつけられ、地下へ連れて行かれたあのときのように。



「レイヴィス公子もなかなかに人気のある男だ……女性から言い寄られることもあるだろう。多少の遊びくらいは大目に見てやれ。そんなもので公爵夫人が務まるのか?」

「お父様……」



――あなたは知らないでしょうけど、多少の遊びと言えるような軽いものではないんです。

あなたが義理のお母様を深く愛しているように、彼もまたあの子を心から愛しているんですよ。



当然、そんなことが言えるわけもなく、シーラはただ頭を下げた。



「……申し訳ありません、お父様。二度とこのようなことはいたしません。レイヴィス公子に迷惑をかけないと誓います」

「……そうか、それはよかった。わかったなら部屋に戻りなさい」



彼にとって、娘の気持ちなんてものは大して重要ではない。ただ、家の名誉に傷が付くような真似をしてほしくないのだ。



それだけ言い終えると、父はすでに興味を失ったかのように手元の書類に視線を落とした。

シーラは小声で失礼しましたと言うと、できるだけ音を立てないように部屋から出て行った。



――その間、父は一度たりとも彼女を視界に入れることは無かった。




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